第51話 巨躯の主失い

 ズーカの悲鳴を頼りに道を進むと、俺の予想通り主失いたちがズーカの前に立ちふさがっていた。


 無数にいる人間大の主失いたちに、最奥からゆっくりと迫る、巨大な主失い。その姿はどこかナゴミの眷属に似て、全身漆黒のカオナシの悪魔の巨人が、蕩けたような形だった。


「ズーカ!」


「きょ、きょーじゅ……! こ、こいつが、こいつがぼくの眷属たちを……!」


 ズーカは、怯えたような及び腰で、その場に立っていた。開けて見えるその空間は、主失いたちが木々を倒しながら進んだ痕跡。ズーカは密林に追い詰められる形で立っている。


 俺は瞬時に状況を掴んで、強く言った。


「分かった! ズーカ、俺の指揮下に入ってくれ。みんなでこいつを倒すぞ!」


「ぢゅっ!? あ、主失いには勝てない!」


「いいや、勝てる! 俺たちならな!」


 俺はカオナシ巨人を指さして、呪文を唱える。


「『今の全ては理解しえぬ。混沌は理解しえぬ。故に今は混沌。混沌よ分かたれよ。我、トリックスターの不可知を冒涜せん』!」


 『混沌分かち』の魔術が、カオナシ巨人を始めとした主失いの薄膜を溶かした。「ぢゅっ!?」と動揺するズーカに遅れて、他のみんなが集まってくる。


「オヤブン! オヤブン、アレ!」


「キャアアア! おっきすぎ! 何あの主失い!」


「うわ……。これは、すごいね」


 パニックに陥る三人トリオ。一方、かけらの不安も抱いていないのは、俺への信頼感のためか。


「教授、たびたび申し訳ございませんが、指揮をお願いしますね」


 イブに頼まれ「みんな、冷静になってくれ。これからあいつを倒すんだぞ」と呼びかける。


「お、オヤブンが言うなら、そうするぞー!」


 言うが早いか、ジーニャが前に出る。続いてナゴミが「ま、ここまですごいことしまくってきた教授だしね。信じてるよ」と俺の横から前衛に並ぶ。


 前衛はジーニャ、ナゴミの二人。中衛はイブ。後衛はウルル。そして俺同様、後方支援ポジにズーカが立つ。


 俺は大声で、みんなに注意喚起をする。


「聞いてくれ! あのデカブツは混沌の攻撃属性だ! つまりイブ、ウルルが攻撃を食らうとかなり痛い! ジーニャとナゴミで守ってやってくれ!」


 『了解!』と四人が言う。すると、不安そうにズーカが俺に尋ねてくる。


「きょーじゅ、ほ、本気か? 主失いには、攻撃が通じないんだ。戦ったら、みんなまとめて食べられちゃうよ……」


「心配しないで、ズーカ。俺たちは負けない。さぁ、構えて。あいつらの無敵は解いたけど、油断していい敵じゃあない」


「えっ、無敵といた?」


 俺はゲーム画面から、『戦闘開始』ボタンをタップする。みんなの指揮ができるようになる。


 俺は言った。


「さぁ、今回の騒動のラスボスのお出ましだ。イブ、君はザコどもの一掃を任せる。ズーカ、君も同じだ」


「承知しました、教授」「え、う、うん。わ、分かった」


 穏やかなイブに、慌てながらも頷くズーカ。続いて、俺は残る三人に言葉をかける。


「で、ジーニャ、ウルル、ナゴミ。君たちが敵ボス打倒の要だ。頑張ってくれよ?」


「な、なんだってー!」「えっ、えっえっ、ええー!」「……教授、本気……?」


 三人がそろってどよめく。俺はカラカラと笑って、「来るぞ! 備えて!」と鋭く告げた。




         Δ Ψ ∇




 さて、まずズーカのスキルについて、一度確認しておこう。


 ズーカのスキルは、特殊スキル『魔法のキノコ』で広範囲を幻覚毒エリアに変えて、混乱の状態異常を与えるというもの。もう一つは定期的にボウガンで撃つものだ。


 なので、定期的にキノコを敵の密集地に投げておくだけの、とてもシンプルなスキルだ。するとその一帯の敵が同士打ちを始める。範囲攻撃なのでイブと連携して使えばいい。


 問題は、残る三人だ。


「「「……!」」」


 冷や汗を垂らして、巨躯の主失いに向かうジーニャ、ウルル、ナゴミ。眷属という手下はいるものの、基本的には組織の下っ端に当たる三人。


 だが、だからこそ、強いボス一人を確実に削り殺す、鋭い刃を持っているのが三人だ。


 俺は呼びかける。


「三人とも、自信を持ってくれ。君たちは強い。特に、俺が指揮したなら、普段から強い奴の何倍も強くなる」


 俺の言葉に、三人の不安が落ち着く。そろって深呼吸をして、鋭く敵を睨みつける。


「俺が指示を出す瞬間まで、耐えてくれ。俺はみんなに、勝利を約束する」


 みんなが頷く。俺の最初のスキル発動をきっかけに、全員が走り出した。


 最初に俺は、敵陣にズーカに魔法のキノコを発動した。ズーカはカバンから取り出した毒々しい色のキノコを戦場に投げ入れる。


「ちゅー!」


 空中で弧を描いて、キノコが地面に当たる。すると、毒の胞子が散らばった。そこに巻き込まれたザコ主失いたちは、お互いに攻撃を始める。こちらには見向きもしない。


「みんな! ズーカの魔法キノコの幻覚効果だ! 敵は幻覚を見てまともに攻撃できない! 攻撃に集中してくれ!」


 言いながら、俺は次にイブのスキルを発動する。イブは頸動脈を切って黒血を飛ばし、小さな主失いたちを一人一人削っていく。


「教授の言う通り、普通の主失いたちはわたしたちでどうとでもなりますね。気兼ねなく、巨大な一体に集中してください」


「ああ、助かる」


 俺はコストが溜まるまで、カオナシ巨人―――巨躯の主失いたちに格闘する三人に注目する。


 三人は、素の状態では悪戦苦闘している様子だった。カオナシ巨人の大きな一撃を大慌てで避け、攻撃もさして通っている感触がない。


「おっ、オヤブン! そろそろっ、そろそろキツイぞー!」


「教授~! はやくっ、はやく~!!!」


「ちょっ、こ、これ、キツイって……! やっぱり、あたしたちには荷が重いんじゃ」


 俺は確信をもって言う。


「この中で一番この三人がジャイアントキリングに向いてる。落ち着いて。絶対に勝てる」


 その一言で、三人は歯を食いしばって再び立ち向かう。その信頼が愛おしい。報いねば、と思わされる。


 だから俺も、強く我慢した。三人のスキルは、ある程度消耗した状態で、畳みかけるように使うのが適切だ。だから待つ。三人を少しでも楽にしてあげたい気持ちを押し殺す。


 焦れる気持ちを抑え込む。タンクの二人がカオナシ巨人に吹っ飛ばされる。それでも立ち上がる姿に俺は拳を強く固め、十秒―――コストがすべて溜まり、俺は叫んだ。


「三人とも! 待たせたな! ここから一気に勝つぞ!」


「「「了解!」」」


 俺はジーニャ、ウルル、ナゴミの三人の通常スキル、特殊スキルを、カオナシ巨人に畳みかける。


「まずナゴミの特殊スキル」


 ナゴミが飛翔し、カオナシ巨人の注目を集める。カオナシ巨人の攻撃が空中のナゴミに向かうが、逆に言えば他の二人が視界から外れる。


「次にウルル」


 その隙にウルルの通常スキル『夢遊行』を解放する。するとウルルはカオナシ巨人の中に飛び込み、一秒の後に脱出した。


 ぐら……、とカオナシ巨人の体が揺れる。ウルルが得意げに言う。


「あんたの夢、ウルルが操ってやったんだから! まともな攻撃なんかできないでしょ!」


 ウルルの『夢遊行』はかなり強力で、睡眠デバフの後に混乱を付与する。つまりしばらくカオナシ巨人はスタン状態で動けない。


「そこに、一発目のウルルの巨大猫だ」


「いっけぇえええ!」


 巨大な猫がカオナシ巨人にぶち当たる。カオナシ巨人がその一撃に揺れる。だが奴は目覚めない。巨猫で防御力の低下も入った。消耗している中で、さらに追い込む!


「ジーニャ! ナゴミ!」


「いっくぞー!」


「分かった。くすぐってくる」


 ジーニャの特殊スキルを発動し、攻撃速度を上昇させる。それに合わせて、ナゴミのくすぐりでさらに防御力を下げる。


 そこでジーニャがガンガン攻撃していくから、見る見るうちにカオナシ巨人のHPが削れていく。ダブル防御力低下はかなり効果があったようだ。


 カオナシ巨人が目覚める。しかしウルルの『夢遊行』は、目覚めた敵に混乱を付与する。混乱の効果は同士打ちの誘発だ。まだ三人はノーガードで戦える!


 その時、イブが叫んだ。


「教授! 他の主失いたちはもう殲滅しました! 残るは巨躯の一体だけです!」


「きょーじゅ! ぼくも手伝える!」


「ああ! 全員で倒すぞ! ウルル! イブ!」


 ウルルの巨猫がカオナシ巨人に再び突き刺さる。黒血がカオナシ巨人にまとわりつく。その上からジーニャが殴り、ズーカのボウガンが突き刺さる。


 最後の一撃は、ナゴミが決めた。


「行くよ」


 空に飛んでいたナゴミが、滑空で急襲を仕掛けた。カオナシ巨人の頭に突き刺さるは強烈な蹴り。バランスを崩したカオナシ巨人は大きく揺らめき―――


「みんな、お疲れ様だ」


 どう、とカオナシ巨人は倒れ、その場に溶けるようにして消えていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る