第52話 帰宅

 テラスに戻ってきたとき、みんな揃ってへとへとだった。


「無事解決した~~~」


 ウルルがヘロヘロの声で言いながら、机の上に伸びる。ジーニャも「疲れたぞー……」とその横に伸び、ナゴミに至っては無言で潰れる。


 俺もまぁまぁ大変で、椅子に腰掛けて「中々ハードだったな」と一息だ。


「みなさん大変でしたね。わたしからサービスのナイトミルクです」


「お」


 すると、イブが、人数分のナイトミルクを用意してくれた。みんな「やったー!」とか「染みるぞー!」とか言いながら飲んでいく。


「俺は飲み損ねてたからなぁ」


 いただきます、とこくこく飲む。ん! これはうまい。とてつもなく濃厚だ。こんなミルク飲んだことないな、とちょっとビックリする。


「教授、いかがですか?」


「ああ、これ本当においしいよ」


「良かったです♡ ズーカちゃんから取り戻した機械で、さっそく絞ったんです」


「へぇえ」


 なるほど、あの機械は搾乳機だったか、と納得する。それから、僅かに首をかしげる。


 ……何の乳を搾ったのだろうか。


 俺はイブを見る。イブは微笑んで俺がナイトミルクを飲む様子を見つめている。その頬は、大変だったのか僅かに上気していた。


「……」


「教授、良ければ感想をいただいてもいいですか?」


「え、うん。すごい濃厚でさ、今まで飲んだミルクの中じゃ、一番おいしいかもしれない」


「本当ですか? 嬉しいです……♡」


「……」


 俺は妙な予感と連想が脳裏によぎったが、ナイトミルクを純粋な気持ちで飲めなくなりそうだったので、忘れることにした。おいしいなーナイトミルク。何のミルクだろうなー。


 そうやってみんなでナイトミルクを飲んだ後「さて」と俺が見るのはズーカだ。ズーカは一人、コップを両手で握り締めて、不安そうに地面を見つめている。


「これから、ズーカの話をしたいと思う」


「っ! ……ちゅー……」


 俺は立ち上がり、ズーカの隣に座った。ズーカの背中をトントンと軽く叩いてから、イブに言う。


「ズーカはさっき言った通り、主失いたちに故郷を追われてる。一緒に過ごしてた眷属たちも、ほとんど失ったそうだ」


「それは……分かりました。ズーカちゃん、良ければ、わたしたちと一緒に過ごしませんか?」


 元々そのつもりだったのだろう。躊躇いなく、イブはズーカに近寄って、目線を合わせるようにしゃがんで申し出た。


 一方、気まずそうに躊躇ってしまうのはズーカだ。


「……ちゅー。いいのか? ぼく、ここから物盗んだのに……」


「うふふっ。それは良くないことですけど、だからと言って拒んだりはしませんよ。でもまぁ、そうですね。施しが気になるなら、お店の手伝いを少ししてくれると嬉しいです」


 イブの微笑みに、ズーカは「ちゅう……」と手をもじもじさせる。それから、こうイブに問いかけた。


「あの、ぼく、あんまり変態行為は詳しくないから、簡単なのから教えてもらえると……」


「えっ、ちょっ、ちょっと待ってくださいね? へ、変態行為? しませんよそんなこと。えっ?」


 一気に場の空気が変わる。優しく見守る形から、自分の過去の行いに、胸に手を当てる時間に変わる。


「だ、だって、お前きょーじゅを捕まえて赤ちゃんに……」


「あ、あ、あれは、ですね。その」


 弁解の言葉もないイブに、からかうようにナゴミが言う。


「店長、言い訳できないよ。あれは変態行為で間違ってなかった」


「お前も、きょーじゅのことくすぐってた」


「っ。あ、あれはその、ちょっとしたおふざけっていうか」


 戸惑うナゴミに、ウルルが笑う。


「あははっ! みんな言われてるー!」


「お前はきょーじゅに叩かれて喜んでた」


「ち、違うもんっ! 違くないけど、あれは猫なりのスキンシップなんだから!」


 ズーカを中心に、俺をおもちゃにした面々が慌てふためていてる。俺がその姿を面白く眺めていると、ジーニャが俺の手を掴んできた。


「ジーニャ?」


「オヤブン、ウチもう帰りたいぞー。疲れちゃったぞ」


「ああ、そうだな。ま、この場は丸く収まりそうだし、帰ろうか」


 俺は銀の鍵を取り出して、呪文と共にガチャリと回す。開かれる時空の扉をくぐる。


 すると、追ってくる声が三つ。


「教授っ、教授からも何か言ってもらえませんか?」「ね、教授。あたしと教授の仲だもん、くすぐりは変なことじゃないよね?」「教授~! 猫のお尻叩きは普通だってズーカに~」


 それに答えたのは、俺ではなくジーニャだった。


「オヤブンの貸し出しは終わりだぞっ。ウチだけのオヤブンなんだからなー!」


 んべっ、と舌を出して、ガチャとジーニャは時空の扉を閉じにかかる。


 しかしギリギリでイブが手を挟んで、移動を阻止した。そうなると、立場が決して強くはないジーニャは「う゛」と困ってしまう。


 だが、イブはすでに俺たちの帰還を受け入れていた。


「教授、今回はありがとうございました。またいつでもお越しくださいね。それと―――」


 そこでイブは、初めてどこか含みのある笑みを浮かべた。


のことを、どうかよろしくお願いいたします」


「……お父様?」


 俺の反復に言葉を挟まず、イブはするりと指を抜いた。時空の扉が閉ざされる。森の喫茶店クレドのテラスの景色は遠ざかり、ミスカトニック大学の光景が俺たちを包み込む。


 今のは、何だったのだろう。そう思った瞬間その思考をかき消すように、ジーニャが俺にぶつかってきた。


「ジーニャ?」


 俺が名を呼ぶと、ジーニャが俺の腕を飛び込むように抱きしめて、俺の顔を見上げてくる。


「オヤブンもオヤブンだぞ! 一緒にお出かけしたんだから、もっとウチに構って欲しいぞー!」


「それは……そうだな。悪かったよ」


 ジーニャの頭をなでると「えへへ……」とジーニャは俺に頭をこすりつけてくる。それから、ジーニャは言った。


「オヤブン、ウチ腹ペコだぞ! 一緒に食べよ?」


「そうだな。俺も腹ペコだ。じゃ、二人で食べるか」


「うんっ!」


 輝かんばかり笑みを俺に向けて、ジーニャは俺にギュッと抱き着いてきた。これはジーニャにしてやられたな、と思いながら、二人で食堂に歩き出す。




         Δ Ψ ∇




「―――よろしくお願いします、ね。別に君に言われることではないさ、イブ」


 食堂に向かう廊下の途中で、クロがそう呟くのが、聞こえた気がした。











―――――――――――――――――――――――


更新


名前:ズーカ

所属:ドリームランド/森の喫茶店クレド

あだ名:ネズミ耳ボウガン娘

外見:身長120cm台の茶髪にネズミっぽい大きな耳が付いている少女。エプロンの付いた店員服を着て、ひょろりとしたネズミの尻尾を揺らす。腰にはボウガンを付けている。

特殊能力:魔法のキノコ:幻覚効果を起こすキノコを投げつけ、胞子を炸裂させる。範囲の敵にダメージを与え、幻覚の状態異常を起こす

通常能力:『ボウガンだぞ! ちゅー!』:一定時間ごとにボウガンで射撃を行い、敵にダメージを与える。ボウガンが当たるごとにコスト回復力が上がる。

攻撃属性:混沌

防御属性:闇(☆3以上で解放。解放前は『物理』)




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