第49話 キャライベント:イブ1 真っ黒な揺りかご
イブという怪物少女は、見ての通り他人の世話を看るのが大好きだ。
従業員であるナゴミが緩いのもイブが甘々というのがまずあるし、俺のゲームでの記憶からして、いついかなるときもダダ甘だった。根本誰にでも甘いのだ。
さてそんなイブが、『今から教授はわたしの赤ちゃん』宣言をしたとなれば、その程度も窺い知れようというもの。
つまり、俺は赤ちゃんにされていた。
「きゃぁぁぁあああああ♡♡♡♡♡ 可愛いです! 可愛いですよ教授!」
『うわぁ……』
イブの黒血は、イブの意思に従って動く。だからイブがもし『黒血で教授の赤ちゃん服を作りたい』と考えればその通りに動く。
だから、そうなった。
立派な成人男性俺は、黒血の赤ちゃん服を身に纏い、黒血の揺りかごに収まっていた。
「……何年ぶりだろうこの視点」
俺の瞳は虚無を見つめている。まさか赤ちゃんにされる宣言でここまでやられるとは。ここまでも大概おもちゃだったが、ここまで本格的におもちゃにされるとは思ってなかった。
「お、オヤブン……? 目に光がないけど、大丈夫かー……?」
「イブ様……流石にこれは、ひどいよ……教授が可哀想……」
「店長、ものすごいことするね……」
三人がドン引きしている。俺は虚無に堕ちている。さてイブはと言うと。
「とっても! とっても可愛いですよ教授♡♡♡ ああ、ちょっと想像してなかったくらい可愛いです……♡ おしゃぶりもつけましょうね~」
口におしゃぶりを突っ込まれる。きゅぷきゅぶとしゃぶる。今の俺は言いなりだ。
「きゃぁぁああああ♡♡♡ 可愛い! 可愛いですよ教授♡ このまま飲みませんか? わたしのおっぱ」「店長、服をまくるの止めて」
ナゴミの制止に、イブは唇を尖らせて「仕方ありません……」と断念する。いや、ゲームでも見た所作だったけど、現実にされそうになるとビビるな。すっげ。
だがイブの盛り上がりは止まらない。
「ああ。可愛いです。本当に可愛いです教授♡ このままウチの子になりませんか? なりましょう?」
「い、いやいや、イブ様、それはいくらなんでも……」
困惑するウルルに、イブはむしろ勢いづく。
「いいえっ! 教授をわたしの赤ちゃんにします! 決めました! 教授もいいですね? ずっとずっと大切に育ててあげますから♡」
「だっ、ダメだぞー! オヤブンはすごい人なんだからなー!?」
流石に止めに入るジーニャ。するとイブはにっこり微笑んで、また首から黒血を出した。
黒血がするりとジーニャに集まる。静かに拘束する。そしてさりげなく宙に浮き始める。
「なっ、何だーっ? う、ウチに集まって、にゃっ、にゃぁあ!? う、浮いてる、浮いてるぞー! にゃぁあああああ!」
そしてジーニャは、空高く飛ばされていった。俺、ウルル、ナゴミの三人で、大口を開けて青ざめる。
「ジーニャちゃん、またあとで会いましょうね。ああ、心配しなくても大丈夫ですよ。ジーニャちゃんが暴れるくらいでは、剥がれないくらいの強度にしましたから」
「にゃあああああぁぁぁぁぁぁ……」
空へと遠ざかっていくジーニャの悲鳴を、穏やかに見送るイブ。ヤバい。ヤバいぞ。イブって暴走するとここまでヤバいのかお前。
その隙を縫うように、ウルルとナゴミの二人が俺に顔を寄せてくる。
「教授……お願い、逃げてっ。ここはウルルたちが引き受けるから」
「店長正気じゃないよ。教授の赤ちゃん姿に発狂してる。昔から可愛いもの見ると我を失うけど、今回はその比じゃない」
俺はおしゃぶりを吐き出して問い返す。
「任せていいか」
「一旦教授から引きはがせば冷静になると思うからっ。だから、早くっ」
「行って! 教授、今は逃げて!」
「分かった!」
俺は素早く立ち上がり、揺りかごから脱出する。揺りかごの黒血が俺に覆い被さろうとしてきたが、ウルル、ナゴミがそれを阻止した。
「助かる! イブ! 冷静になるまでさようならだ!」
「させませんっ! 教授、あなたの服は今、わたしの黒血なんですよっ!」
黒血のベビー服が変形して、俺の逃亡を食い止めようとする。だが俺はそれを、にゅるりと身をよじって抜け出した。
「えっ? はっ? 何でっ? 今何で教授黒血から抜け出せたんですか?」
「俺はどんな窮地からも逃亡できるんだよぉ!」
「くっ、それでも黒血を用いればこの程度―――えっ!? 速っ!?」
追ってくる黒血を素早く避ける。俺は回避には自信があるんだ!
「え、えぇぇええ!? 何でっ? 何でなんですか? 人間どころかジーニャちゃんも逃がさない黒血を、人間の教授が何でぇっ?」
「ハハハハハ! 頭が冷えたころにまた会おう!」
俺は猛ダッシュでその場を逃げ延びる。そうしながら「そういえば、こういうやり方だったよな」と俺たちから逃げる怪物少女の捕まえ方を思い出しながら――――
Δ Ψ ∇
素早く移動して追っ手を振り払ったあたりで、俺は近くに気配を感じ取っていた。
結論から言って、ウルルの推測は正しかった。俺たちに近づかず遠ざからずの位置を保っていた怪物少女は、俺たちが信用できるかどうかについて、俺たちを観察していた。
だから、俺たちの暴れ放題は、中々に的を得ていたのだ。しかしそれでも俺たちに近づき切らずにいた理由は、その怪物少女の生来の臆病さゆえ。
平たく言えば、「何となく信用できそうだと分かっても、万が一襲われたら逃げられない」と考え、近づけなかったのだ。
ではどうすればいいか。それは単純で、「襲われても逃げられる状態」と認識したなら、件の怪物少女は近づいてきてもいい、ということになる。
もっと言うなら「自分よりも弱い奴しかいないなら、近づくに値する」ということだ。
だから俺は、一通り進んだ先で、適当な切り株を見つけて座り込んだ。
「……」
気配が、動く。足音が近づいてくる。俺はダメ押しに、一言を添えた。
「ふぅ、やっと逃げ切れた」
俺が疲れていると判断して、近づいてくる足音が早くなる。そうして、怪物少女は現れた。
ネズミのような、大きな耳を頭に生やした少女だった。ボロの服を着て、腰にボウガンを装備している。背中に背負っているカバンのふくらみは、盗み出した道具か。
そんなネズミ耳ボウガン娘は、俺に警戒の視線を向け、こう言った。
「ぢゅー……変態どものペット人間。お前も、ここに迷い込んだのか」
「弁解させてくれないか?」
あまりに不名誉な呼び方だった。
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