第48話 稼ぎ:クレドイベント

 ここで一つ、『ケイオスシーカー!』の戦闘における重要な仕様について確認しておきたい。


 このゲーム、というか世界には、属性がある。火、水、土、風、みたいな奴だ。だが、ちょっと異色な属性になる。


 混沌、闇、霧。


 ここに物理属性を加えた四つが、基本的な属性になる。どれがどれに強いとかではなく、混沌の攻撃属性は混沌の防御属性に刺さる、という感じだ。属性合わせゲーである。


 で、この属性だが、基本的に攻撃側はそう大きな要素ではない。物理属性の攻撃と霧属性の攻撃は、人間からすれば大差ない。被弾箇所が落ちるか現代アートになるかの違いだ。


 では何が重要なのか、というと、それは防御属性になる。


 防御属性はそれぞれ性質があって、基本的に物理以外の属性は、合っている属性でないと効果がない。


 例えば混沌属性は、高い防御力と回復力を持つ。物理属性で倒すのは不可能ではないが困難だ。弱ければ効かないし、効いてもすぐに再生する。


 闇属性はそもそも当たらない。スケスケ吸血鬼ことレイなどが分かりやすい例だろう。透明だから当たらない。ジーニャみたく回避力が高いのも闇属性に分類される。


 霧属性は物理的な存在ではないから、物理攻撃は無効になる。これは俺も噛み砕けていない。霧は見えるが触れられない。だから攻撃も効かない、みたいな話だと言われている。


 その為、防御属性が付いているとかなり強く、逆に防御属性付きには攻撃属性が合っていないと勝負にならない。


 だから初心者ほど☆3が重要なのだ。☆3は相手に対抗属性がいなければ無双できる。少なくとも負けはないという状況になる。


 要するに、だ。


「ワハハハハハ! ざまぁみろ主失いどもめ! お前ら霧属性はなぁ! こっちの混沌&闇防御パーティ相手には勝ち目がないんだよぉ!」


 イブの黒血により、多くの主失いたちが沈む。こちらの損耗はほぼゼロだ。実に気分がいい。


 ザコ主失いたちの攻撃を食らっても、こっちパーティは何の痛みもない。何故なら☆をあげたから。


 そう。クレドに登場するザコ主失いたちは、揃って霧の攻撃属性なのだ。対するこちらの防御属性は、ジーニャ闇、ウルル混沌、イブ混沌、ナゴミ闇。


 みんな限界突破して☆3になってしまえば、向こうの攻撃はほとんど完封してしまうのだワハハハハハ!


「まぁイベントみたいに、無理やり先に進んで稼ぎたいときくらいしかしないけどな! 『名無しの遺灰』足らねぇよチクショウ!」


「オヤブン! すごいぞさっきの儀式! 主失いたちの攻撃、全然当たらないぞー!」


 先頭に立ってタンクを務めるジーニャが言う。闇防御属性だもんそりゃあ当たらないさ。


 一方主失いたちはまったく別の理由で無敵らしく、今回のようなザコ主失いは、俺が『混沌分かち』の魔術を掛けると物理属性に落ち着いた。殴れば効くということだ。


 ちなみに『名無しの遺灰』とは限凸(限界突破=☆上げの略)の素材だ。本人遺灰でなくとも使える便利なアイテムだが、貴重なので基本数が足りない。


 そんな訳で俺たちは、ほぼ無敵状態を構築して主失いたちを掃討していた。


 東に主失いの気配あれば突撃してこれを滅ぼし。


「ウルル!」


「いっけぇ~!」


 西に主失いのうめき声あれば急襲してこれを滅ぼす。


「イブ!」


「はい、教授♡」


 ウルルの大猫が一直線に敵をなぎ倒し、イブの黒血が数体単位で敵をすり潰す。そんな体制は実に爽快感があって、ドッカンバッコン吹っ飛んでいく主失いの姿はスカッとした。


 その度に俺は奴らが落とした成長素材をかき集めてはアイテムボックスに収納し、さらなる突撃を繰り返す――――


 そんな、何度目かも分からない戦闘を終えて、俺たちは一息ついていた。


「うぉっほほほー! アイテム! いっぱい! 稼ぎ! いっぱい! これだからイベントはたまんねぇなぁおい!」


「教授が見たことないはしゃぎ方してる……」


 ウルルがちょっと引き気味だ。なんかムカついたのでお尻を何度か叩く。「うにゃぁ~ん」とウルルが悶える。


 するとナゴミが問いかけてきた。


「でも、教授って結構落ち着いた雰囲気だったから、意外ではあるよね。戦闘が終わるたびに地面漁ってたけど、何集めてたの?」


「え? みんなの成長素材」


「……あたしたちのためのものなの? 教授が得するものじゃなく」


「俺は別に……」


 俺が贅沢しても、みたいな気持ちがある。というか怪物少女の推したちに囲まれた生活が何よりも贅沢なので、これ以上求めても、みたいなところだ。


 そういうと、ナゴミが口を閉ざしてしばらく俺を見た。


「え、どした」


「いや。教授って、本当にとことんあたしたちの味方なんだなって。あたしたちは同じグループなら仲いいけど、他はあらゆる生物が敵、みたいなところがあってさ」


 店長とかノース様は家族みたいなものだから、仲いいのは当然だけど。と俺を見る。


「人間なんか普通、あたしを見たら震えて縮こまるか、攻撃してくるのにね。あたしたちのために何かかき集めて、それがたくさんあるだけでそんな喜べるなんて、不思議」


 ふふ、とナゴミは笑う。俺はそれに、怪物少女という境遇を思う。


 怪物少女は、基本的に嫌われている。ウルルくらいのものだ、人間から人気がある怪物少女は。他の怪物少女は、軒並み恐怖、嫌悪、畏怖の対象だ。


 その理由は何となくわかる。怪物少女の担う『怪物』の称号は伊達ではない。彼女らの体のどこかには異形があるし、眷属はちゃんと怪物だし、少し力を籠めれば俺を殺せてしまう。


 だが、だからこそ、その力を懸命にコントロールして俺を怪我させまいと振舞ってくれるのが、愛おしいのだ。誰からも助けてもらえないなら、俺が助けたいと思うのだ。


 ……なんて熱く語るわけにもいかなくて、俺は「俺はみんなが大好きだから」とおどけて見せる。ナゴミは「だ、大好き、ね」と照れた風にそっぽを向く。


 そこで、ジーニャがナゴミに突撃した。


「でも、なんかすごいぞー! 出会ったら最後の主失いたちを、ウチたち、バッタバッタとなぎ倒してるぞー!」


「主に倒してるのは、店長とウルルだけどね。でもあたしたちもまぁまぁ倒してるし、確かに不思議な気分だよ」


 みんな楽しそうな顔で話し合っている。俺がその様子をほほえましく眺めていると、イブが近寄ってきた。


「戦果は上々ですね、教授」


「ああ、いい感じだよ。まぁ落とすアイテムの中に論文はないし、戦っててどんどん発見があるから、『ああやっぱり論文は俺の手で書くんだな……』ってなってるけど」


「うふふふっ。世界でも最前線の魔道研究者ですもの。教授には頑張っていただきませんと」


 俺は目を細める。そうなんだよな。怪物少女の経験値アイテムとして論文を書いてると、割とちゃんと研究者をしてしまっているのだ、俺は。教授なんて名ばかりと思っていたのに。


 魔道とかいう謎の概念はどうでもいいが、怪物少女のレベルは上げなければならない。結果俺は論文を書き、魔道は僅かずつその姿を照らされていく。


 魔道側も憤懣遣る方ないだろう。俺のようにやる気のない奴が、一番にその姿を捉えているのだから。


「でも、かなり片付いた感じはあるな。森に賑やかさが戻ってきた、というかさ」


「分かりますか? これがこのクレドの密林の、本当の姿なんです。主失いが現れ始めた頃からしばらく、シンと息をひそめていて」


 思い出して語るイブの表情は暗い。「ですから」とイブは表情を温かく綻ばせた。


「あと一押し、というところかもしれませんね」


 言いながら、イブが俺に近づいてくる。


「では、掃討で中断していてた油断作戦に戻りましょう? 最後はわたしが、教授にまったく危険性がないことを、伝えて見せましょう。さぁ教授、横になっていただけますか?」


 柔和な笑み。だがその手に握られているのは、腰回りに着けていた哺乳瓶、ガラガラ。優しげな表情に見えるのに、圧がすごい。


「……何が始まるんですか」


 俺の質問に、イブは微笑んで答えた。


「教授を今から、わたしの赤ちゃんにするんです」


 ひぇ。

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