第47話 キャライベント:ナゴミ1 くすぐりの約束
ナゴミは言った。
「ウルルの見てて思ったんだけど、これ本当に意味ある? このことを口実に好き勝手してるだけじゃない?」
その質問を受けて、全員の視線がウルルに集まった。ウルルはすっと視線を逸らす。確かにレギュレーションには従ってたけど完全に私利私欲だったしな。
だが、黙っているウルルではない。口をもにょもにょ動かしてから、「じゃ、じゃあ!」と言い返す。
「じゃあ、ナゴミがいい案出してよ! ウルルだって真剣に考えたんだから!」
「う……それは、そう、だけど」
一転して攻守交替。ナゴミは難しい顔で目を背ける。
そこで、近くの茂みで、不自然にガサゴソと大きな音がした。みんなの視線がそちらに向かう。
同時、何か人間大の影が、猛烈な速度で茂みから飛び出して逃げていった。目にも止まらぬ速さだ。だが、全員がそれで分かった。
「あ、アレか……。本当に速いな」
「しかも、本当に近くに居たぞー……。ってことは、仲良くして優しさアピールって、実は効果あったのかー?」
ジーニャの言葉にざわめく一同である。一方勝ち誇るのはウルルだ。「ふっふーんだ!」と胸を張る。
「ほらねっ。やっぱり効果あるんだから! だから、ね? 教授~、もう一回~」
「いや、だとしてもウルルはもうダメ」
「なんでー!?」
ナゴミの却下に、怒髪天のウルルだ。にしても今のおねだりするウルル、卑しかったな……。すごい卑しい顔してた……。かわいい……。
と思っていたら、俺の腕をナゴミが抱き寄せる。
「だって、こういうのは順番でしょ? ウルルの番は終わり。次はあたし」
「あっ、くぅ……。泥棒猫め……」
悔しがるウルルだ。絶対それ言いたいだけだろ。
が、推したちにおもちゃにされるという図もとてもいいものだ。こんな幸福に浸っていていいんですか、という困惑はあるが、享受できる内は享受しておこう。教授だけに。
「じゃあえっと、俺は次なにをすればいいのかな?」
「……教授は抵抗とかないんだ。あたしも結構強引というか、ウルルにもかなりのセクハラ受けてたけど」
「俺はセクハラを受けた側だった……?」
衝撃の事実だ。ラッキースケベだと思ってた。
「……ふーん……」
俺の反応に、何かを察知したナゴミ。「じゃあ、さ」と僅かに躊躇って、俺を上目遣いで見上げてくる。
「教授のことくすぐっていい? さっき、言ってたよね。『どうしても誰かをくすぐりたくなったら、俺をくすぐってくれ』って」
「男に二言はない」
「わ。ふふ、こんなところで男らしさ出しても意味ないでしょ。あはは。でも、そういうところ、ちょっと好きだよ」
目を細めて、ナゴミは笑う。優しげな笑みだ。キツイ目を細めて、ほどけるようにナゴミは笑う。
「じゃあ、仲良しの証というか、作戦の一環というか、アピールというか。思いっきりくすぐるけど、いい?」
「いいよ。さぁ笑い殺してくれ」
俺が両手を広げると、ナゴミは今までの優しさがにじみ出るような笑みではなく―――初めて、小悪魔のような、意地悪な笑みを浮かべた。
「後悔しても、知らないからね」
ナゴミは言って、俺のわき腹にそっと手を添えた。くすぐられる、という前提だと、この時点で少しこしょばい気持ちになる。
だがそこから、ナゴミは中々俺の体に手を触れなかった。何だ? と思っていると、ナゴミは俺の耳に口を寄せて、言う。
「……こちょこちょこちょこちょこちょ……」
「……ふ、くく、え? くっ、はは、あはははっ」
俺は触れられていないはずなのに、わき腹の辺りにくすぐったさが昇ってくるような気持ちになる。なっ、何だ? 感覚がバグってる。俺触られてないのにくすぐったいぞ!?
「こちょこちょこちょこちょ。ふふ、ね、くすぐったい? くすぐったいでしょ、教授」
「え? 何? 何だこれあははははっ! ナゴミ魔法か何かつかっ、あははははっ!」
「ううん、使ってないよ? 教授に錯覚させてるだけ。くすぐられてるって思うだけで、くすぐったくなっちゃうんだよ。不思議だね」
「あははははははっ! や、こ、これやば、あははははははっ!」
俺はわき腹の辺りに走る謎のくすぐったさにやられて、笑い転げてしまう。触れられているなら手を退かせばいいが、ナゴミは手を触れていない。
「ほら見て? 教授。あたしの指がこちょこちょこちょって、教授のわき腹の辺りをくすぐってるよ? 教授には指一本触れないまま、指がこんなに動いてるよ?」
「あはははははははっ! あははははははははっ!」
「ほら、こちょこちょこちょ、こちょこちょこちょ」
「ひっ、ひー! あははははははははっ!」
俺は生涯でもこんなに笑ったのはいつぶりだろう、というくらい笑ってしまう。足がガクガクと揺れている。まるで生まれたての小鹿のように震えている。
「も、も、やめ、なご……」
「じゃあ、ラストスパート、えい」
「――――――ッ」
ナゴミの指が直接俺のわき腹に触れた。途端、俺のくすぐったさが爆発する。
「アッハハハハハハハハハハハ! ひーっひーっ、アッハハハハハハハハハハハハ!」
「ふふ、教授可愛い……。くすぐったいね。こちょこちょ楽しいね。こんなにガッツリ人をくすぐったの久しぶり。またくすぐってもいい?」
「アッハハハハハ! ひっ、アッハハハハハ!」
「答えられない? ってことは、いいってことだよね。じゃあ、次もよろしくね? 教授……♡」
ナゴミの手が俺から外れる。途端俺は、全身から力が抜けて崩れ落ちた。「オヤブーン!」「きょっ、教授ー!」とジーニャとウルルが駆け寄って俺を支えてくれる。
「オヤブン! オヤブーン! 気を、気をしっかり持つんだぞ!」
「これが、ナゴミの本気のくすぐり……! 教授が白目剥いてるよぉ! 顔のありとあらゆる穴から体液が出てるよぉ!」
ジーニャとウルルは阿鼻叫喚である。他方イブは俺のそんな姿を見て、「まぁ……」と顔を赤らめている。俺はゼーゼーと喘ぐばかり。思ったより体力使うなくすぐり……!
そんな俺の姿に、流石に罪悪感を覚えたのだろうか。ナゴミはハッと我に返って、「や、やり過ぎた……?」と不安そうな顔で近づいてくる。
「ね……大丈夫? 教授……。その」
つい謝りかけるナゴミに、俺は制止の手をかざした。
「い、いいや、謝る必要なんかない。ふくっ。俺が良いって言ったんだ。ふひっ。だから、ナゴミに攻められる謂われはない。ひひ。だろ?」
いい感じのセリフだったのに、くすぐったさがちょっと残って気持ち悪い笑いがちょこちょこ出てしまっている。くすぐり、恐るべし。
「教授……」
だがナゴミは、さほどそれを気にしないでくれた。どころか、俺のフォローに涙ぐんでいる。感動の一瞬みたいな雰囲気が流れている。何だこの空間。全員が正気じゃない。
「じゃ、じゃあ、次もくすぐっていい?」
「い、いいよ。ただ、その、……あんまり周りの目がないところで頼みたい」
笑い死ぬのは別にいいけど思ったより恥ずかしい。俺は袖で顔中の体液をぬぐう。うわぁ。
「さて、それで」
効果があったのか、と周囲を見回す。何となく、視線がある気がするな……。やっぱり見られているのか。なるほど、本当に効果はあるらしい。
……まぁ、抱かれているのは安心感ではない気はするが。多分動物園の動物を見るようなノリで見られているのでは、という気がしている。
「どう思う?」
俺の漠然とした問いに、みんなが答える。
「見られてると思う。視線を感じるぞー。ウチはこういうの鋭いんだ」
「ウルルも同じ。見られてる。ジーニャとウルルのこういうのは、そんなに間違いないよっ」
他二人はピンと来ていない様子だが、これだけ二人が確信をもって言うなら恐らくあっているのだろう。
俺も、ゲームでもこんな流れだった、という気がしてきている。
あと少しで思い出せそうだ。決して推しと戯れたいがために動いていないわけではない。思い出すにはあと少し必要なのだ。ほんとほんと。
と、そう思っていると、不意に怪物少女のみんなが反応した。
「主失いたちが、わたしたちに集まってますね」
「オヤブン、気を付けてほしいぞ。結構数がいそうだぞー……」
「教授とイブ様がいるからそんなに危険ではないだろうけど、イチイチこういう風に茶々が入るのやだなぁ……」
「しょーがないよ、ウルル。歯を食いしばってやるしかない」
四人が周囲を警戒する。木陰の中に、うごめく影がある。俺は少し考え、「よし、いいタイミングだし、やっちゃうか」と呟いた。
「みんな、一旦警戒解除作戦は中断だ。この辺りから主失いを一掃しよう。特に、イブっていう大きな戦力も揃ったことだしな」
この事件の完全な解決には至らないが、クレド喫茶店を平和にするために、必要で重要な工程だ。それに、俺の考えるメイン目的その2でもある。
つまりは、稼ぎだ。
「せっかく寄ってきてくれたんだ。手当たり次第に始末してやろう」
主失いたちから得られるものは多い。俺は、ニヤリと笑う。
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