第46話 キャライベント:ウルル1 リラックスなひととき

 さて、ではどうやって怪物少女を捕獲するのか、という作戦についてだが。


「先に言っておきますね。あの子は、足で捕まえることは不可能だと思ってください」


 この中でも一番制圧力に長けたイブが、いの一番にそう言った。


「わたしの黒血を駆使しても、あの子は回避しきって逃げ延びました。尋常ではない逃げ足なんです。ですから、おびき寄せるのが得策だと、わたしは思います」


 普段柔らかな口調で話すイブがそういうと、何とも説得力がある。俺含めて全員がなるほど、と納得の姿勢だ。


「じゃあ、おびき寄せるとなると、食べ物かな?」


「いいえ、教授。食べ物ももう意味がありません。テラスの場所がバレてますから、お腹が減ったらそちらに向かうと思います」


「そこで捕まえる……のも無理なのか」


「恥ずかしながら、逃げられてしまいました」


 イブは頬を赤くして苦笑した。まぁ目玉商品用の機械すら盗まれてるしな。


 となると、と俺は唸る。俺は考えるというより思い出す作業だが、そのとっかかりを得たいのだ。みんなが挙げる案で思い至れるか。


 そこで疑問の声をあげたのはナゴミだ。


「あの、店長。おびき寄せるって言っても、そもそもあたしたちの気配に気づいたら、その子逃げちゃうんじゃないの?」


「うーん、わたしも最初はそう思ってたんですけど、意外に見つかるというか……。だから、あの子が心惹かれる状態であれば、近寄ってくると思うんです」


「そっか、そういうものなんだね。分かったよ」


 納得のナゴミである。俺もその説明なら、ひとまず全部が無駄、ということもないだろうと判断する。少し記憶に引っかかるところもあるしな。


 俺が思い出すのにもよさそうだし、「じゃあ、みんなでどんな案がいいか考えてみようか」と提起する。


 すると、一番に手をあげたのはウルルだった。


「はい! ウルルねっ! いい案があるの!」


「はいウルル」


「えっとね? 多分その子、主失いとかもいるこの危険な森で、心細いと思うんだ。だから、ウルルたちが安心できる相手なんだって分かれば、近寄ってきてくれるんじゃないかな?」


「おお、さっそくいい感じの案が出てきた」


「だからねっ」


 ウルルは、目をキラキラさせて俺に言った。


「ウルルねっ、教授に、お尻をトントンして欲しいの!」


『……』


 場に、沈黙が下りた。その反応に、ウルルが「アレ?」と純朴そうな表情で首をかしげる。


「え、えっと、ウルル? 何がどうしてそうなった?」


「え? だから、優しく撫でられてるところを見れば、教授が優しい人だって分かるでしょ? そうすれば、安心できるって思って!」


「あー……な、なる、ほど。でもお尻をトントンってのは……」


「尻尾の付け根! そこがね、猫はいっちばん気持ちいいんだよっ!」


 ウルルは目をキラキラさせて、そう断言した。


 俺は前世の知識を思い出す。猫動画とかで、確かにしっぽの付け根の辺りをトントン叩かれてリラックスしてる猫の姿を見たことがあった。なるほど、あの要領で物を言ってるのか。


「……」


 しかし、と俺は考える。い、いいのか? 色んな意味で、それは、どうなんだ? まぁお尻、というよりはどちらかというと腰だし、あり、か?


 俺はウルルを見る。ウルルは提案もさることながら、俺に向ける期待でいっぱいの目をしていた。くっ、このキラキラ視線! 俺にあらがうことは出来ない!


「じゃ、じゃあ、一度やってみようか……?」


「やったぁー!」


 ウルル、大はしゃぎである。言うが早いか、座る俺の膝に上半身を預けて「さっ! どうぞ!」とお尻を振り振りアピールだ。


「……で、では」


 俺はごくりと唾を飲み下して、そっとウルルの尻尾の付け根辺りに手を添えた。それから、軽い力加減でトントンと叩く。


「教授! それじゃあ全然足りないよ! もっと強く!」


「えっ、わ、分かった。こう?」


「もっと! スンスン……ふぅ……もっと強く~!」


「こ、こうかな」


「もっと! スンスン……はぁ~……もっともっと!」


 俺はウルルに言われるがままに、尻尾の付け根をだんだんに力を込めて叩く。じわじわ力を入れていき、最後にはお尻叩きの刑みたいな力を込めて叩くことになる。


「いいっ! いいよっ! 教授、気持ちいい~! そう、そうそれ……! スンスン……あぁ~……いい……しゃ、しゃいこう……!」


 ウルルは満足と見えて、よだれを垂らしそうなほど蕩けた表情で声をあげている。


「教授のニオイに、尻尾トントン……。や、やばいよぉ~……とけ、とけりゅ。ウルル、とけちゃうぅうう……!」


「こ、こうか? これでいいのか? 大丈夫かこれ?」


「しゃいこう~……きょうじゅ、しゅきぃ……。きょうじゅ、だいしゅき~……!」


 そこで、流石にストップが入った。


「きょ、教授。そこでいったんやめにしない? まずいから。絵面が本当にまずいから」


「あ、ああ。な、何かヤバい気がすると俺も思ったんだ」


 ナゴミから制止が入って、俺は手を止めた。するとウルルが「ナゴミ……余計なことしないでっ」と不満顔だ。それから、俺を見上げて猫なで声でいう。


「教授、もっとして~! 今の、すっごくよかったから~。ね? ね?」


「うっ、がわいい」


「教授、ダメ。本当にダメ。次に行こ。次の案行くよ。いいね」


「シャー!」


 ウルルがナゴミに威嚇するも、場の空気はナゴミ優勢だ。他二人も微妙な顔をして目を背けている。


 マジで絵面がヤバかったんだな、と反省しつつ、俺は「そうだな、次行こう次」と頷いた。

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