第44話 クレドの店長、イブ

 イブというキャラを意識したのは、俺が精魂疲れ果てていた時のことだ。


 魔の十連勤(上位互換で地獄の三十連勤、破滅の五十連勤と続く)を終えて、何か変な脳内物質が出ていて寝られなかったあの夜、俺は匿名掲示板まとめ動画を垂れ流していた。


 内容はもちろんケイオスシーカー関連のまとめだ。『ケイオスシーカー!』に生涯を捧げていた俺ではあったが、どうしても頭が動かないときは、垂れ流しで済む動画がよく染みた。


 そんな中で話題になっていたのが『イブのキャライベ、あまりにも包容力にあふれている』というスレタイのまとめだった。


 イブ。ふわふわのピンク髪が特徴的な、癒し系のお姉さんキャラだ。緑のヴェールを被り、髪飾りにちょっと不気味な目玉のアクセサリーを付けている、怪物少女らしい怪物少女。


 特徴はやっぱりでっかくてなっがくてふっといおっぱいで、ゆったりとした店の制服から谷間がうかがえる。シンプルに良い体形に、うんうんと頷いてしまう外見をしている。


 だが、まとめ動画で語られているのは、キャラの外見ではなく内面についてだった。


『イブのキャライベは、元気な時に見ると普通なんだけど、マジで疲れてるときとかに見ると涙が出る』


『分かる。染みるよな……イブのキャライベは』


『いい……いいんだよ』


 何だかしみじみ味わうようなレスが多くて、俺は導かれるように『ケイオスシーカー!』を起動していた。


 俺は無論当てたキャラのキャライベント(固有に用意されているストーリー)は速攻で見るタイプなのだが、機会があれば振り返って読み直すこともある。


 今回はまさにそれで、内容をふわっと覚えている、という状態で、俺はイブのキャライベを選択していた。


 そして、衝撃を受けた。


『頑張りすぎて壊れてしまうくらいなら、わたしが甘やかしてダメにしちゃうんですからね?』


 元気な時にはほとんど響かなかったその言葉が、俺の心にオアシスの一滴のように染み渡った。


 イブは、そういう怪物少女だった。作中で激務に追われている教授が、疲れ果てている。そういうところを、不思議に、見計らったように現れる。


『教授が疲れていそうな気がしたので、ホットミルクを作ってきましたよ♡』


『教授、時には甘えることも大事ですよ? さぁ、わたしの膝にどうぞ?』


『子守歌、聞きますか? 恥ずかしい? うふふ、大丈夫。ここにはわたしと教授しかいませんよ』


 甘やかし方も相当なもので、もうダダ甘に甘やかしてくれる。元気な時に見ても「あーはいはいママキャラね」としか思わないシーンが、疲れているとこんなにも染みる。


 気づけば俺は、つうと涙をこぼしていた。声もなく涙を垂れ流しながら、キャライベを熱心に見つめていた。


 そんな俺の眼差しを受けながら、イブは冗談めかして言うのだ。


『教授、今日も疲れてますね。大丈夫ですか? 飲みますか? わたしのおっぱ―――』




「俺はッ! イブを救い出すッ!」




 俺の手の内から光が瞬いた。闇覗きで見た悲劇の寸前の時空と、俺が今まで三人といた時空が、魔術の力で合一する。


 結果、俺たち四人に加えて、イブが現れた。そして俺たち全員を囲うように、主失いの異形たちが。ゆっくりと俺たちに迫ってくる。


 驚きに声をあげるのはイブだ。


「ッ!? 何ですか、新手―――ナゴミちゃん!? それにジーニャちゃん、ウルルちゃんに」


 主失いと対峙していたイブが、俺を見る。元々俺に招待状を出して、ここに呼び出した張本人。ピンクのふわふわした長髪、緑のヴェール、神秘的な雰囲気。


 森の喫茶店クレドの店主、イブは、俺を見てほっと安堵の息を吐く。


「……教授、来てくださったんですね」


「もちろん。初めましてだけど、多分お互いにじゃないんだろう? その辺りの話はおいおいするとして、まずはこの窮地を抜けよう」


「ええ、教授♡ では、わたしイブも、教授の指揮下に入ります」


 流石はイブ、話が早い。ゲームでも異様に察しのいいキャラだった。というか、そもそものだろう。予知能力があるのでは、という考察をちらと見たことがある。


「みんな、よく聞いてくれ!」


 俺は急激に変化した状況に動揺するみんなに、声をかける。


「敵は主失い! 魔道の化身だ! 戦闘に備えろ!」


「おっ、オヤブン! 主失いはマズイぞ! あいつら蹴っても殴っても意味ないんだ! さっさと逃げるに限るぞ!」


「そっ、そうだよ! ドリームランドでも結構な街があいつらに滅ぼされてるんだからね!」


「店長。こんなのと戦ったらだめだよ。死んじゃう。は、早く逃げよう?」


 悲鳴のように声をあげるジーニャとウルル。イブに必死になって言うナゴミ。それにイブは、安心させるように穏やかな声音で言った。


「大丈夫よ、ナゴミちゃん。教授は、魔道の探究者。魔道そのものに『魔道に抗するもの』と認められた者。だから、教授がいれば大丈夫なの」


「理屈はよくわからんけど、俺がいれば大丈夫だ。攻撃は通じる。さぁ構えてくれ! 連中をぶちのめすぞ!」


 イブの説明と俺の鼓舞に、「わ、分かったぞ! オヤブンがいるなら何とかなる! 信じる!」とジーニャが構える。それに、他二人も影響を受けた。


 ナゴミが「う、もうどうなっても知らないからっ」と主失いたちを睨み、ウルルが「えぇっ!? も、もー! じゃあウルルも逃げられないじゃない!」と体勢を立て直す。


 それに俺は、鼓舞を飛ばした。


「よし、みんな覚悟は固まったな。でも、安心してくれ。俺がいれば負けない。この程度、一掃してやろう」


 俺はゲーム画面を展開する。そして、言った。


「さぁ、蹂躙だ」


 『戦闘開始』ボタンをタップする。怪物同士のぶつかり合いが、始まった。










―――――――――――――――――――――――


New!


名前:イブ

所属:ドリームランド/森の喫茶店クレド

二つ名:忍耐強き観測者

あだ名:占い師のママ

外見: 緑色ヴェールのピンク髪巨乳美少女。頭部に目玉を思わせる模様や飾り物を付けている。谷間の露出した、ゆったりとした服を着ているのが特徴。「大丈夫ですか? 飲みますか? おっぱ(毎回ここで遮られる)」

特殊能力:黒血:黒血と呼ばれる自立行動する黒い塊が、最大で敵五体に密集してダメージを与える。

通常能力:【反転】:敵が状態異常でない場合、動揺の状態異常を付与し、味方が状態異常である場合は解除する。

攻撃属性:闇

防御属性:混沌


イメージ画像

https://kakuyomu.jp/users/Ichimori_nyaru666/news/16817330659413277888

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