第43話 店長捜索隊
枝葉をかき分けるようにして進む。
「うわぁ、これキッツイなー。わぷっ、ぺっぺっ!」
「どうしたの、ジーニャ」
「虫食べちゃったぞー……」
「この森の虫かぁ……。多分毒とかはないと思うけど、あんまりお勧めはしないかな」
「好きで虫は食べないぞ!」
先頭を行くジーニャが、頬を膨らませて歩調を早める。それに「ごめんごめん」とナゴミが苦笑気味に謝っている。
四人で、森の奥へと踏み込んでいた。
店の入り口から中心部のテラスとは違って、奥の整備されていない森は、鬱蒼としていた。その中でも、辛うじて歩けそうな獣道。そこを、強引に進んでいた。
「うぅ~……。まさかちょっとした道案内が、こんなことになるなんて~」
ウルルは涙目で言っている。そんなウルルの脇の辺りに、ナゴミが触れた。
「ごめんね、面倒ごとに巻き込んで。でも、ウルルの力が必要でさ」
「アハハハハハハハハッ! なごっ、ナゴミっ! くす、くすぐってる! ものすごいテクニシャンにくすぐってる!」
「おっと。つい癖で」
パッ、と両手をあげて、くすぐりを止めるナゴミ。ウルルは獣道に崩れ落ち、「ゼー、ゼー」と息を荒くしている。
文句を付けるのはジーニャだ。
「ナゴち、見境ないぞー……」
「く、くすぐられる方の身にも、なってよね……」
「う、ご、ごめんって」
ナゴミは二人に叱られ意気消沈している。俺はその様子を見ながら、そういえばナゴミのくすぐりって、癖どころか通常スキルだったよな、とか思う。
根が深い。種族の本能説がある。
そんなやり取りを眺めながら、俺は「ウルル、大丈夫か?」と地面に手をつくウルルに声をかけた。ウルルは「教授~」と言いながら俺に縋りついてくる。
「ナゴミの魔の手から守って~」
「ま、魔の手」
「ナゴミに精神ダメージがどんどんと」
毒牙だの魔の手だの、散々な言われようだ。
とはいえ被害者二人が嫌がっているので、ナゴミをかばう訳にもいかない。だが、俺はあらゆる推しに寄り添いたい。
なので俺はナゴミに告げた。
「ナゴミ、その、どうしても誰かをくすぐりたくなったら、俺をくすぐってくれ。俺は怒らないから」
「……え? い、いいの?」
「ああ、もちろん。ナゴミにくすぐられるのはむしろご褒美だよ」
「それは気持ち悪いけど」
「うっ」
ナゴミの反応に俺が傷つく。
「……けど、くすぐってもいいよ、なんて言われたの初めてだから、それは嬉しい、かな。……ありがと」
わずかに顔を赤くして、目を逸らしながらナゴミは言った。俺は「喜んでもらえて何より」と微笑む。
「……ところでウルルはいつ離れるんだ?」
「スンスン……あぁ~教授のニオイ~……癖になりゅ~」
「ウルルはウルルで危険だぞー! 離れろウルルー!」
例のごとく俺から引きはがされるウルルである。
さて、そんなやり取りをしながらしばらく歩いていると、少し開けた場所に出る。「やっと動き回れるぞー!」「ウルルも~!」とジーニャとウルルが周囲を走り回る。
地図を見れば、目的の場所はここの様だった。だが、死体はない。ないが、捜索の魔術が反応した。
つまりは、まだその悲劇は訪れていない、ということだ。まずはその事に安堵しつつ、俺は「クロ」と呼ぶ。
時が止まる。俺の横から、クロが前に歩み出る。
「お呼びかな? マスター」
「こういう時は、これから悲劇が起こるってことだよな」
「そうだね。すでに起こったことは霧払いの魔術で干渉する。逆に、まだ起こっていないことは、闇覗きの魔術で観測する。これが捜索の魔術の使い方だ」
言われて、俺は口を引き結ぶ。希望的観測は要らない。俺は推しが平穏無事に過ごしているという実態が欲しい。
「どうすればいい」
「霧払いの魔術は、遺灰とその怪物少女との記憶をよすがにしたね。闇覗きの魔術は、少し順序が違う」
クロは俺を見る。
「捜索の魔術は、時空を無視して対象の遺灰を探す魔術だ。その場の死体から遺灰を回収するのが霧払いの魔術。なら闇覗きは、死の可能性から存在しない遺灰を見出す」
手で、目を覆うんだ。クロの指示に、俺は従う。
「いいよ。君の目は、今闇に包まれた。では次に、呪文を唱えるんだ。ボクに続いて」
「ああ」
「『未来は覗けぬ。闇は覗けぬ。故に未来は闇。闇よ暴かれよ。我、母神の不可知を冒涜せん』」
「『未来は覗けぬ。闇は覗けぬ。故に未来は闇。闇よ暴かれよ。我、母神の不可知を冒涜せん』」
同時、手のひらの向こうに透かしていた僅かな光すら、俺の目に届かなくなる。だがおかしなことに、俺の目は光もなく周囲を捉えられるようになっていた。
手のひらを、目から外す。視界には一面の闇。だが、見える。覗いている。闇を。未来の可能性を。
俺は、そこに近づいていく。
そこにあったのは、闇の中に倒れる、一人の少女の死体だった。探し求めていた、喫茶店クレドの店長。イブ。その、死の可能性がここにある。
俺がその死体に触れると、遺灰になった。突如現れた袋に入って、手の内に収まる。未来の可能性でも、実体があるらしい。とことんこの世界の時空は壊れているようだ。
俺は周囲を見回す。死の可能性が詰まった未来予想が周囲に展開されているのか、周りには無数の異形が立っていた。
「……何だこいつらは」
怪物だ。だが、半ば空気に溶けている。怪物は軒並み気味が悪いが、イブを取り囲む異形はその比ではない。
「『
クロの説明に、俺はああ、と納得する。そうか、このイベントでも出てくるのか。
「怪物少女という主を失い、実態を魔道にのまれた、最も哀れな怪物たち。怪物という表現すら適切でなくなった異形。怪物少女は、怪物の主で、概念そのものだ。失えばこうもなる」
クロは語る。怪物少女と怪物たちは、一心同体の主従関係だ。怪物一体が死んでも大きな影響はないが、怪物少女が死ぬと、怪物たちは『主失い』となる。
主失いは、強い。ゲームでもそういう扱いだった。生きても死んでもいないから、攻撃が全く通じない。逆に主失いからの攻撃は、魔道の力をまとって強化されている。
俺は、ポツリと言った。
「主失いに、イブはやられたんだな」
「そうだね。主失いは強い。魔道そのものだ。怪物少女だけでは、勝ち目はない」
つまり、とクロは俺を見る。
「君の出番だよ、マスター。魔道に対抗できるのは、この世界でただ一人、君だけだ。さぁ、助け出してあげるといい」
「ああ。俺は、そのためにいる」
俺の頭の中で、魔術のやり方が想起される。俺はまだイブが生きている姿を思い浮かべながら、こう言った。
「光あれ」
俺の手の内に、光が現れる。俺はそれを、解き放った。
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