第41話 運営に人の心がない

 さて、ではさっそく店長を探しに行こう、ということになったが、手掛かりがなければどうしようもない。


 しかし、そういう時にこそ頼るべきが魔術だろう。捜索の魔術。


 つまりは、ガチャだ。


「……ピックアップしてる……」


 俺がゲーム画面からガチャ画面を開くと、「ピックアップ!」という背景画面と共に、ここの店長の姿が映し出されていた。


 『森の喫茶店クレド、店長、イブ』


 ふわふわのピンクの長髪に、緑色のヴェールを被った神秘的な容姿をしていた。頭には目玉を思わせる髪飾りがいくつかある。


 占い師っぽいよな。服もかなり着崩してるし。占い師のママ感がある。


 男として目が行くのはその巨乳と谷間で、作中でも屈指の巨乳がゆったりとした服で、惜しげもなくその谷間をさらしている。


 えっち……実にえっちだ……助けなければ……と思う一方で、俺はゲーム画面の「ピックアップ!」という文字をもう一度見る。


「……人の心がない」


 捜索の魔術って、要するに怪物少女の「命の危機ですよ」という状態に反応する魔術だ。強かったり死ににくいキャラはレアリティが高い、ということに最近気づいてきたが。


 要するに、ピックアップは、「普段なら死ににくいこのキャラが今なら特に死にやすい状態ですよ! ねらい目ですよ!」という意味に他ならないわけで。


「……マジで人の心がない……!」


 運営! といいたくなるが、このゲーム画面に本当の運営などいない。あくまでもクロから授けられた複合魔術による情報というわけだ。ひでぇぜ。


 そんな訳で俺は、一人机の前に立って、腕を組んでいた。


 他の三人は一旦席を外してもらっている。流れ的にジーニャ、ウルルがナゴミを元気づけるような感じだろう。その隙に俺は、店長ことイブの場所を当てておこう、と思ったのだ。


「じゃあ捜索の魔術するから、クロ」


「そろそろ呼ばれる頃だと思っていたよ」


「うお、びっくりした」


 まばたきの前後で、俺の目の前の机にクロが腰かけて現れたものだから、俺は目を丸くしてしまう。「アハハッ!」とクロは悪戯が成功したような、意地悪な笑みを浮かべた。


「マスター、君の目的は分かっているよ。さぁ、忍耐強き全知の賢者を、捜索の魔術で探し出そうじゃないか。……と、言いたいところだけれど」


「ん?」


 肩を竦めたクロに、俺は首をかしげる。クロは、やはり意地悪な笑みを浮かべて、指を鳴らした。


「ここではボクは、君以外には触れられないからね。場所を大学に移そう」


 指鳴らしの音が響く。すると俺の懐から銀の鍵がひとりでに浮かび、空中で鍵穴へ入り、ガチャ、と音を鳴らした。


 扉が開くように、俺たちの場所が大学の捜索室に切り替わる。銀の鍵が、再び俺の懐に戻ってくる。


「……何か、今ものすごい不思議な光景が」


「捜索の魔術はボクの役目だからね。君にだって譲ってやらないよ、マスター」


 言いながら机から飛び降りたクロは、手早く準備を始めた。地図。俺がよくわからない諸々のアーティファクト、そして懐中時計。


「にしても、捜索の魔術をここまでちゃんと活用できるのは、君くらいのものだろうね、マスター」


 準備を進めながら、クロは言う。


「捜索の魔術は、いずれ、あるいはすでに起こってしまった悲劇のありかを探る魔術だ。その場所に行けば、すでに死んだ怪物少女の死体があるか、あるいは未来の死の可能性がある」


 ―――どちらにせよ、君は彼女らの死を目の当たりにする。


 クロは言って、俺を見る。


「普通、見たくないものに蓋をするのが人間だろう? けれど君は、スピリットジュエルがあるとはいえ率先して探しに行き、心を痛め、時空を歪め、怪物少女を悲劇の運命から救う」


「当然だろ」


 俺は口を曲げて答える。


「ガチャは回すもんだ。石だけあっても意味がない。本当に大切なのは、怪物少女のみんななんだし」


「つくづく君は、教授になるべくしてなったんだと思うよ」


 クロは肩を竦める。今更な質問だ。俺は伸びをして、気分を入れ替える。


 入れ替えた気分のままに、俺はクロに尋ねた。


「話変わるけど、石ってどうやって補充するんだ?」


「ん? 君が色々と頑張ってるのに応じて、ボクからこまめに上げてるじゃないか」


「いや、クエスト報酬の話じゃなくてさ」


 俺はゲーム画面の、課金画面を開く。それに応じて、クロが「ああ……」と微妙な顔をする。


「これ、何かを代償にして、クロから石、スピリットジュエルを貰えるんだろ? でも、何が代償になるんだろうと思ってさ」


 前世ではもちろん現実の金銭だった。俺ほどの廃課金は中々いないほど課金したものだ。それはそれとして、この世界ではどう扱われるのか、という質問になる。


 この世界の金銭は、そのままゲーム内通貨の一部として消費される。だから、この世界で稼いだ金でジュエルを交換できる、ということはないだろう。


 何せ、それが成り立てば、無限ループで資源を増やせてしまう。この世界はそんなに都合はよくないはずだ。


 クロは言った。


「君は、今大体数万のジュエルを持っているはずだ。ただ見つけるだけなら、確実な量だと思うけど?」


「そうだな。でも気になってさ。これは『そういうこと』ができるんだろ? けど、ぱっと見じゃあ分からなくて、質問してる」


「そうだね。だが、今は一刻を争うはずだ。さっさとやってしまおうじゃないか」


「いいや、霧払いの魔術がある以上、手遅れってことはあり得ない。急ぎたいのはやまやまだが、それは俺の気分の問題だ。事実としては違う」


「……中々手強いじゃないか、マスター」


 話題逸らしが効かなくて、クロは苦しい顔をする。それから、「分かったよ」とため息を吐いた。


「そんなに知りたいのかい?」


「ああ。いざという時は頼らざるを得ないかもしれない。そういうことは、知っておくに限る」


「ボクとしては、その機能は可能な限り使わずにいてほしいものだけれどね」


「それで隠してたのか?」


「もちろんさ。せっかく見つけた君のような逸材を、つまらない理由で失いたくないからね」


 その言葉で、俺は何となく察する。クロは一呼吸おいて、俺を見た。




「―――スピリットジュエルを魔術で増やそうとする場合、代償になるのは君の寿命だよ、マスター」




「……そんなところだろうとは思ったけど」


「まぁまぁ貴重なんだよ、スピリットジュエルはね。概念的なアーティファクトに分類される。君の精神を守るものとはいえ、可能なら寿命変換の魔術は使わない方がいい」


 現実に限りなく似た形で処理されるんだろうな、とは想像していた。だから、納得感がかなり強い。


 確かに課金も、限度を超えてすれば寿命そのものを削るようなものだ。長生きするには金が要る。健康にも金がかかる。カップラーメンしか食わずにいたら、栄養失調でお陀仏だ。


 だが、微課金程度のものなら、生活の余剰金で済む。寿命には大きく差し障りないはずだ。俺はクロに問う。


「寿命と石のレートは、どんなもんかな」


「寿命六時間で、捜索の魔術一回分のスピリットジュエルを得られるよ。今みたいに特定の誰かを見つけられそうなときは二百回で確実に見つけられるから」


「千二百時間……五十日、寿命が減るわけだ」


「そうなるね。七回それをすれば、寿命はほとんど一年減る」


「俺の寿命は何年あるんだ?」


「知らないよ。君の生き方次第だね。少なくとも、大学の食事的に不健康ではないはずだよ」


 くぅ、と思う。塩梅が難しい。健康的に過ごせば寿命が何年延びる、みたいな話と、確実に減らされる石の分の寿命とが混在している。


 二百回で確実に見つけられる、というのは、つまりピックアップガチャにおける天井のようなものだ。


 ガチャを回した回数が一定回数に達すると、ピックアップされているキャラが手に入る。これをソシャゲでは天井と呼ぶ。


 天井までガチャを回す過程で、他にも余計に高レアリティ、☆3のキャラが当たる場合も多い。だから☆3キャラ一人に対して一天井必要という訳でもない。


 ない、が。


「……!」


 俺は覚悟の眼差しで、課金画面に指を差し向ける。それにクロが、戸惑いの声をあげる。


「え、マスター? さっき話したじゃないか。店長一人を確実に見つける程度のジュエルはたまってるねって」


「ハァ……ハァ……!」


「ねぇ、聞いてる? 何で変換の魔術をしようとしてるんだい? ねぇ!」


「クロ……」


 俺は言う。


「課金はなぁ……とりあえずマンスリーパックは買っておくべきなんだよ……。じゃなきゃ、本当に回したくて仕方ないときに、恒常のうまくない奴を買わなきゃいけないんだ……」


「何を言ってるんだい? 確かに月の巡りで、その分初めはジュエルを手に入れやすい変換方法はあるけれども。だからといって、それ全部変換したらまぁまぁの寿命がなくなるよ」


「課金はな……初めにしておかなきゃ、意地が出るんだ。その所為でピックアップでも助けられない怪物少女が出るかもしれない。そんな……そんなの……」


「ま、マスター?」


 俺は、涙を流して叫んだ。


「そんなの! 俺には耐えられない! 課金だぁああああああ!」


「まっ、マスタァァアアアアア!」


 俺は課金画面をタップして、初心者パック、マンスリーパック、その他お得な課金対象のすべてを購入した。クロが口をあんぐり開けて、俺に伸ばした手を空振りさせている。


 課金を決定する度に、俺の背筋にゾクリとした冷たさが走る。ああ……これが寿命課金……。さらば約五週間分の寿命……。


「……俺は、戻ってきた……。課金の修羅道に……」


「バカッ! マスター、君は大バカ者だ! 嫌な予感がしたんだ! だから説明したくなかったんだ!」


 怒り心頭のクロである。俺は涅槃に入ったような気持ちで、クロに微笑みかけた。


「じゃあ、捜索の魔術やろうか」


「バカッ! ……ああ、もう! 仕方ないからやるけれどね! 覚えておくことだね! ふんっ!」


 何をどう覚えておけばいいのか分からないが、クロは怒りながらも捜索の魔術の準備を終わらせた。俺は「10回捜索」ボタンをタップする。


 ゲーム画面と現実のクロの動きが一致する。クロの手元で懐中時計が揺れる。振り子時計のように。催眠術のように。


「チックタック、チックタック、チックタック、チン」


 そして地図の上で、懐中時計の破片が散らばった。


 現実ではパーツのそれぞれが地図の様々な場所に、導かれるようにいて転がっていく。現実ではその場所に魔法陣が現れ、レアリティごとに色が付けられて円の形に並んでいく。


 ―――その中に、一つも☆3キャラは、いない。


「これで一回目だね。メモは取り終えたよ」


 現実のクロが、地図上から素早く場所のメモを取って、懐中時計を組み立てた。それから「早速探しに行くかい? 運が良ければ見つかるかも」という。


 俺は首を横に振った。


「この中に店長……はおろか、高レアリティ怪物少女は一人もいない。次を回そう」


「ああ、マスターは出た怪物少女がわかるんだったね」


 クロの言葉に、俺は頷く。無論、☆1、☆2怪物少女は出ている。そのこと自体は嬉しい。


 何せそれは、怪物少女の危機を、あるいは悲劇から救い出せるということだ。そしてその怪物少女が仲間になってくれるということだ。嬉しくない訳がない。


 が、ソシャゲプレイヤーたるもの、理解できるだろう。


 低レアキャラが来て嬉しくなるのとは全く別の文脈で、高レアキャラを求める気持ちを。キャラに序列があるのでなく、ガチャに序列があるという感覚を。


 そして―――ピックアップを回す時、ピックアップ以外はゴールにはなりえないのだ、という感覚を。


「……マスター? 随分厳しい顔だね」


「ああ、いや。ちょっと過酷なガチャに思いを馳せててな。ふぅー……落ち着け俺。冷静になれ。今回はイブを探すんだ。イブが出ればゴール。撤退。他に☆3が出れば万歳。そして」


 俺は、キリリと眉を寄せる。


「イブが出なければ天井まで突っ走る!」


「マスター?」


 クロがキョトンと俺を見ている。俺は何だか嫌な予感が背筋に走るのを感じて、口端を引き締める。


「……で、でもまぁ、まだ十連だしな。☆3の確率は3%あるし。序の口序の口。全然痛くない」


「……自分に言い聞かせてない?」


「言い聞かせてない」


 俺は二回目の「10回捜索」をタップする。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る