第40話 我ら下っ端三人組!
さて、ここで一度、戦況について考えておきたい。
まず今までも大活躍してきたジーニャだが、戦術的な役割はタンクだ。回避力が高いので、敵の前に立たせて攻撃を集中させても沈まない。一対一で殴り勝てる性能をしている。
ではウルルとナゴミについてはどうだろうか。
ウルルは一応範囲攻撃アタッカーだが、横に範囲が狭い、直線範囲攻撃型だ。ほぼ単体アタッカー。デカ猫の魔法を直線に走らせ、敵の防御力を下げる。何故なら猫が可愛いから。
ナゴミはタンクだ。空中浮遊のスキルがあって、回避と命中を高めながら挑発する。ジーニャは自分に攻撃力を高めるバフも積むが、ナゴミは回避重点という感じ。
つまり、三人そろって、一定範囲を一気に殲滅、ということは難しいわけだ。
一方敵はどうだろうか。ナゴミの眷属―――カオナシ悪魔はナゴミを弱体化させたようなスペックではあるが、とにもかくにも数が多い。
大体三十体程度の数が、ぞろりと俺たちを囲っている。広めの範囲アタッカーがいないとキツイ場面だ。ダニカ、ハミングがいると嬉しい場面だと言えるだろう。
つまりは、アレだ。
「……完全苦手適正ステージだ……」
やりづっら。いや、やるけどね。やるけどやりづらい。ゲーム内イベントでは、別にその場のキャラ以外のキャラを編成してもよかったから気にならなかったが、今回は違う。
いくらか考える必要がある。工夫が必要だ。
「んー……この場面は、オヤブンがいなかったらキツかったかもなー」
それが分かるのか、ジーニャは渋い顔。信頼を寄せてくれているのが可愛らしい。一方、その信頼の無いウルル、ナゴミはひどく不安そうな顔をしている。
「ね、ねぇ。これ、どうするの? ウルルの大猫、こんな数さばけないよ?」
「いつもは店長が何とかするからなぁ……自分の眷属って言ったってさ、数の暴力には限度ってものがあるよね」
そんな二人を見ると、頑張らなきゃな、と思わされた。俺は息を吐いて、気持ちを入れ替える。
「大丈夫、安心して、二人とも。序盤は少し頑張ってもらう必要があるけど、終盤は一瞬だ」
「そうだぞー! オヤブンが言ったらな、本当にそうなるんだ!」
「こ、この状況が……?」
「信じるのは難しいけど、言うことは聞くよ。偉い人だし、賭けるって言っちゃったしね」
渋い反応の二人に、「偉い人扱い嫌だなぁ……」と俺はこぼす。
どうやら、ウルルとナゴミはほとんど勝利を信じてないらしい。彼女ら自身の実力が、ということもあるだろう。三人そろって、怪物少女としては格が低い。
だが、それを覆してこその教授、というものだろう。
俺はじりじりと寄ってくるカオナシ悪魔どもに視線をやる。全方位から迫ってくる図だ。一旦、突破が必要だな。だが、そのやり方も一つ案じる必要がある。
「さぁ、やろう。勝つのは難しい相手だけど、負ける相手じゃない。なら」
俺は、ジーニャのスキルを発動した。
「目標は、圧勝だ」
「いっくぞぉおおおお――――! にゃらぁぁああああああ!」
特殊スキル『食欲走狗』を発動して、ジーニャの攻撃速度と回避力を上昇させる。俺はそのまま拡張指揮を展開して、一番数が厚い場所に突っ込ませた。
「っ!? 教授! 行かせるなら手薄な場所の方じゃないの!?」
「いいんだよ、ウルル。せっかくタンクが二人いるなら、それを活用したほうがいい」
ジーニャはカオナシ悪魔一体の倍の力があると見えて、一対一で戦う分には簡単にカオナシ悪魔を倒していく。だが数の力というのは実に厄介で、横から入る攻撃には苦しそうだ。
「ジーニャ! 苦しいだろうけど耐えてくれ!」
「ダイジョブだぞー! オヤブンのこと、信じてるから!」
本当にジーニャが可愛い。泣きそう。可愛すぎる。
俺は涙を堪えながら、次のコストがたまったのを確認して、ナゴミの特殊スキルを発動した。ナゴミの特殊スキルは空を飛ぶことだ。回避力と命中率を高め、敵に挑発を与える。
そこに付随して、俺は拡張指揮で、ナゴミにウルルを持ち上げさせた。二人はそろって空を飛ぶ。そこから包囲網を抜けた場所に移動させる。
「あ、っていうか俺も戦線離脱しなきゃ」
俺はナゴミに視線を持ってかれたカオナシ悪魔たちの隙間をすり抜ける形で、縦に伸びた戦線を脱出する。
それを上空から見ていたウルルとナゴミが、「アレ? 教授の動きめっちゃ機敏じゃない……?」「はっや。武器持たせたら普通に強いでしょ教授」とか何とか言ってる。
「よし。いい具合だな。ジーニャに集まる敵と、ナゴミたちに集まる敵。それが一直線になってる」
ナゴミが羽ばたくのをやめて着地する。俺の言葉を聞いていたウルルが「あっ!」と俺の顔を見る。
俺はニヤリと笑って、ウルルの横に並んで正面を指さした。
「さぁ、ウルル。お膳立てはしたぜ。君の力を見せてくれ」
俺はウルルのスキルを発動する。ウルルは目を輝かせて、意気揚々と胸を張った。
「えへへっ! 仕っ方ないなぁ! ここは、いいとこ見せちゃおっかな!」
ウルルの指先に、紫の光がともる。ウルルの詠唱にそれは膨れ上がり、最後には巨大な猫になった。
トラやライオンですらない。象のような、見上げるほどの巨大な猫。カオナシ悪魔たちが、にわかにざわつき―――
「逃がさないよ! 痛い目見ちゃえ!」
大猫が、空も地も関係なく、カオナシ悪魔たちを一掃した。
カオナシ悪魔たちが、大猫の突進を受けて散らばっていく。ジーニャが「おわぁアブナイ!」と俺の指示を受けてギリギリで回避する。
宇宙めいた輝きを放つ紫の大猫は、地に立つカオナシ悪魔を踏みつぶし、ナゴミ同様空を飛ぶカオナシ悪魔を跳躍で叩き落す。
おかげで、ほとんどのカオナシ悪魔たちが力なくその場に崩れ落ちた。範囲は狭いが威力は高い。直線の範囲なら随一。それがウルルの特殊スキルだ。
もちろん範囲が狭いので、残党はいた。しかし、それもジーニャにかかれば簡単だ。素早く襲い掛かって終わり。
そうして、かなりの数がいたカオナシ悪魔たちは、そろって力なく地面に倒れることとなった。死屍累々だ。
その様子を見て、みんなが俺に集まってくる。
「オヤブン! 流石だぞー!」
「すごいすごいっ! 本当にすごいのね、教授! ウルルね、びっくりしちゃった!」
いつも通りに突進して抱き着いてくるジーニャに、至近距離まで接近して目をキラキラさせて俺を見上げてくるウルル。犬猫コンビは可愛いなぁと二人を撫でる。
次に寄ってくるのはナゴミだ。微笑みがちに、俺に声をかけてくる。
「実力者が指揮を執るだけで、こんなに違うんだね。驚いたよ。偉い人になるのも納得だね」
「そろそろ偉い人弄りやめないか?」
「ごめんごめん。教授、親しみやすいからさ」
キツイ目つきを優し気に細めて、ナゴミは笑う。ギャップが素敵な笑顔だなぁ。思わず許してしまった。
とりあえず、初戦はこんなものだろう。だが、まだ終わりではない。
俺はナゴミを見る。ナゴミは「これ、あいつらが起きる前にさっさと飲んじゃって」とミルクをウルルの二人に押し付けながら、しばしダウンした眷属たちを見つめる。
それから、ナゴミは俺を見た。
「ね、教授。お客さんに、しかも教授みたいな偉い人にこんなこと頼んだなんて知られたら、いろんな人に怒られちゃうかもなんだけどさ、ちょっとお願いしてもいいかな」
抑揚の少ないナゴミの言葉に、俺は微笑んで首肯する。
「もちろん。俺は君の味方だよ、ナゴミ」
「……それは、心強いね。今の実力見せられてそんな風に言われたら、安心しちゃうよ」
ナゴミの顔に安堵がにじむ。普段のキリリとした顔が緩む瞬間は、ナゴミの魅力だと改めて思う。
「一緒に、店長を探してほしいんだ」
表情を引き締めて、ナゴミは言う。
「店長が森の奥に行くことは珍しいことじゃない。けど、今回はちょっと長めなんだよね。帰りが遅いと、心配するでしょ? でも、森の奥は危険だから、あたし一人じゃ入れなくて」
ナゴミはじっと森の奥に目を向ける。森は鬱蒼としていて、太陽の下にあっても薄暗い。
「どれくらい居ないんだ?」
「一昨日から。普段は丸一日経つと戻ってくるんだけど」
「元から結構いなくなるんだな……。確かにちょっと迷うくらいの時間だが」
俺は、深く頷く。
「分かった。迎えに行こうか。大丈夫。俺たち全員なら、危険はないよ」
「ありがと。教授はいい人だね。覚えておくよ」
再び、ナゴミは表情を緩めた。その笑みに俺は、「まずは準備から取り掛かろう」とみんなに声をかける。
「あ、ちなみにナイトミルクの製造に必要な器具もなくなってたから、ついでにそれも探さなきゃ」
「「えー!」」
ついでのような報告に、ジーニャとウルルが絶叫した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます