第39話 森の喫茶店クレド
少し待つと、小悪魔店員ことナゴミがメニューを持ってきた。俺たちにメニューを渡して、空いた椅子を取って同席してくる。振る舞いが完全に身内相手のそれだ……。
「何飲む? いつもなら店長が勝手に選んでくれるんだけど、今ちょっといなくて」
「そうなのかー? ナゴち大変だなー」
「ううん、みんな以外にお客さんいないし、のんびりしてればいいからね。基本あたし夜行性だから、こっちはそんなにお仕事ーって感じじゃないだ」
「ウルルと同じで、夜はEG同盟の方でバリバリ働いてるものねっ。そういえば、ノース様厳しいって聞くけど」
ウルルに言われて、ナゴミは肩を竦める。そうか。二人そろってEG同盟の下っ端だもんな。そこで繋がりがあるらしい。ちなみにノースとは、ナゴミの上司に当たる。
「厳しい方だよ。でも眷属遣ってもできないような指示は受けないし、普通かな。テト様は優しいよね」
「うんっ、優しいよ! ……教授にタメ語使ってるのだけ、すごい叱られそうな気がするけど……」
「それは、うん……」
「だから気にしないって」と俺は二人に苦笑する。
二人で微妙な顔で俯いて、ちらと俺を見つめてくる。部下の教育がしっかりしてるんだなぁと、ゲームでキャラを知っている身では思う。
「それで、何頼む? 注文も聞かずに駄弁ってたら、さすがに店長に怒られちゃうよ」
「あっ、そうだな! えっとえっと、じゃあ……ナイトミルク!」
「ウルルもナイトミルク飲みたいなっ」
「ナイトミルク二つね、教授は?」
三人の視線が集まる。俺は何度かまばたきして、ナゴミに聞いた。
「……ナイトミルクって何?」
「この店の名物だよ」と淡々と説明するナゴミ。
「夜のミルクなんだってー! とっても美味しいんだぞ!」と鼻息の荒いジーニャ。
「ここのミルクは絶品だよっ。ミルク飲んでから、他のもの注文するのが通なんだから」と胸を張るウルル。
まぁ、夜の、というのは意味が分からないが、『特濃』、とか『東京』、とかそんな感じの『ナイト』なのだろう。集客要素は知らないが、そういうものだ。
重要なのは人間が飲めるかどうかだが、人間に近い胃を持つだろうジーニャとウルルが喜んで飲んでいるのなら、問題ないだろう。せっかくの機会だ。俺も飲んでおこうか。
「じゃあ、ナイトミルク一つ」
「了解。じゃあ持ってくるね」
ツインテールを揺らして、ナゴミはカウンターの方に向かう。一通りカウンターの裏にそろっているのだろう。冷蔵庫らしき箱を開けて、中を漁っている。
それから少しして、ナゴミが飲み物を持ってきた。
「はい。ナイトミルク三つ。召し上がれ」
トントンコトッ、と軽い調子で、ナゴミが俺たちに飲み物を置いていく。
俺にコップに入ったナイトミルクを、ジーニャにも同じものを、最後にウルルにペット用のお皿に入ったナイトミルクを。
……んん?
「……ナゴミ? ウルルのその入れ物……」
「え、どうかした?」
「ん? 普通のお皿でしょ?」
そろって首をかしげるナゴミ、ウルル。アレ? 素? 素の反応これ?
「い、いや……そのお皿はあんまりよくないんじゃ?」
「ウルルはこれでいいよ? 猫だもん!」
「……じゃあジーニャはどうなるんだよ」
「オヤブン! 何度も言ってるけど、ウチは犬でも猫でもないぞ!」
ぷんすこしているジーニャに、ナゴミが補足する。
「そうだよ、教授。ジーニャはそういうのじゃないし、ウルルは猫だから、これが適切なんだよ」
「もー! そうだぞー? オヤブンはその辺り、もっとちゃんと分かってほしいぞ!」
「ウルルもこれが飲みやすいしねっ。人間の食器、使いづらいし」
「そっかぁ……。ごめん全然わかる気しないけど」
「何でだー! もー!」
だって俺から見たら、全員可愛い怪物少女なんだもん。猫の怪物少女だから猫の皿っていうのは、絵面的にこう、ねぇ?
と思っていたが、ウルルがぴちゃぴちゃ猫のようにミルクを飲み始めたのを見て、こういうもんなのかもしれない、と思い始める。本人が望んでるならいいか。良しとしよう。
「じゃっ、いただきまーす!」
言って、ジーニャはコクコクとナイトミルクを一気飲みした。「ぷはぁーっ! もーいっぱい!」とご機嫌だ。今日もジーニャは食欲旺盛である。
続いてウルルも猫飲みをして、「うーん! おいし~」と目をつむり頬に手を当ててうっとりしている。うーむ、猫と人間の所作が混同している……。
「じゃ、俺も」
そろって絶品、という顔をしているので、俺も楽しみになってくる。そうしてコップに手を触れ―――
その瞬間、真っ黒な影が俺からナイトミルクを奪い去った。
「!?」
あまりに一瞬の出来事で、俺は瞠目する。影の向かった方向を見ると、俺よりも上背のある、怪物がそこに立っていた。
それは、全身が真っ黒な、人型に似た怪物だった。一対の内側に曲がった角、蝙蝠の翼に尻尾。顔のパーツの無い顔。
そいつは存在しない顔をコップに突っ込んで、ナイトミルクを貪っている。
「な、何だ!? 襲撃かー!?」
色めき立つジーニャに、「いや、あれ……」とウルルが困惑の目をナゴミに向け、ナゴミが「あ」と声を漏らす。
それから、ナゴミは申し訳なさそうに言った。
「ごめん、アレあたしの眷属……。ナイトミルク出すと、我を失って奪いに来るんだよね。だからいつもは遠ざけるんだけど、今回はそうするの忘れてた」
俺たちは周囲に存在感を見出して、視線を巡らせる。すると周囲には、真っ黒な怪物―――ナゴミの眷属たちが、ぞろりと俺たちを囲うように集まっていた。
っていうか何? ナイトミルクってやっぱり特別なミルクだったりする? 人間の俺が飲んで害とかない? 飲まなくて正解だった説ある?
「あちゃー……正気を失ってる。ごめんみんな、ちょっと手伝ってもらっていい? こうなると、いっぺんしばかないといけなくて」
見ると、俺からナイトミルクを奪った個体が、他の眷属たちにボコられてコップを奪われている。その奪った眷属が他に眷属に襲われて……という無限ループだ。
「え、だ、大丈夫なの? 自分の眷属だからって、この数は厳しいんじゃな……や、やだっ! こっち来て……ウルルのミルク狙ってるよぉ!」
ウルルの叫びに、俺から奪ったミルクを飲み終えた奴らも反応する。ジーニャが飲み干している以上、奴らの狙いはウルルの皿ミルク一択だ。
俺は頷いて立ち上がった。
「分かった、やろう。ウルルの間接キ、もといミルクを怪物なんかに渡せるか。みんな、俺の指揮下についてくれ」
「きょ、教授~! 教授って優しいんだね……いいニオイもするし」
「教授、全然違うところに食いついてない?」
ウルルが感涙し、ナゴミが疑惑の目で見てくる。それから「アレ。でも教授って、人間だよね」と。
変わらないのは、すでに俺との戦闘を経ているジーニャとウルルだ。
「おっけーオヤブン! みんなもオヤブンのいうこと聞くんだぞ!」
「うんっ! 教授がいるととっても戦いやすいもんね!」
「えっ。……教授って戦えるの? 人間だよね」
二人の乗り気に、ナゴミが一人戸惑っている。そう言っている間にも、カオナシ悪魔たちの包囲網は縮まった。
緊迫感が張り詰めてくる。ウルルがミルクを抱えて、周囲を威嚇している。
「このナイトミルクはウルルのなんだからっ。あげないんだからねっ。教授! こいつら撃退しちゃお! ナゴミの眷属だからって、手加減しないんだから!」
「いや、手加減は別にいいんだけどさ。教授って強いの? 人間でしょ? どういうこと?」
一人だけナゴミはキョトンとして俺を見ている。怪物少女はナチュラルに人間を見下してるなぁと思いつつ、俺は肩を竦めて「指揮が得意でね。そういうこと」と教えた。
「指揮……まぁ、それなら戦えるっていうよりも信じられるかな。でも、大丈夫? あたしの眷属、攻撃力はほとんどないけど、この数だよ」
「どうとでもするさ」
「……ま、この戦力差だとどうやっても厳しそうだし、人間でも変わりないか」
諦め半分で、ナゴミが俺を見た。
「いいよ、分かった。あたしも指揮下につくね。どの程度できるかは知らないけど、偉い人の実力見せてよ」
俺の前に、三人が立ち上がる。偉い人扱いはしてもらえるけど、人間ってところでやっぱり舐められるんだな。
俺は肩を竦めながら、俺は「任せろ。期待以上のもの見せてやるさ」と『戦闘開始』ボタンをタップした。
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名前:ナゴミ
所属:ドリームランド/EG同盟&森の喫茶店クレド
あだ名:小悪魔店員、ナゴち(ジーニャから)
外見: 黒髪ツインテールを角の髪留めでまとめた、切れ長の黒目の少女。眼光が鋭くどこか怖い印象を受ける顔立ち。喫茶店の黒を基調とした制服を着て、腰から蝙蝠の翼、尻尾が生えている。
特殊能力:空中浮遊:一定時間空中に浮遊して、回避能力と命中率を高める。また目立つことで、敵に挑発効果を与える
通常能力:くすぐり癖:もっとも防御力の高い敵一体に忍び寄り、くすぐることで防御力を下げる
攻撃属性:混沌(☆2以上で解放。解放前は『物理』)
防御属性:闇(☆3以上で解放。解放前は『物理』)
イメージ画像
https://kakuyomu.jp/users/Ichimori_nyaru666/news/16817330659310381583
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