第38話 喫茶店はすぐそこに

 さて、流れで戦闘になってしまったわけだが、戦況評価は微妙だ。


 というのも、育成で中レベル帯に差し掛かったジーニャと、未育成のウルルという図だ。敵は月の獣。この月の獣。まぁまぁ強い。


 ジーニャと一対一ならジーニャが勝つが、ウルルを死なせないとなると中々難しい、というのがゲーム前提の分析になる。


 が、同時にこの世界はゲームではない。『ケイオスシーカー!』よりも自由が利くのがこの世界だ。


 だから、この戦闘に対しての結論は、いつもと変わらない。


「圧勝だ」


 拡張指揮からウルルの通常スキルを発動する。ウルルは「っ! 分かった!」と言って、敵に飛び込んでいった。


「ゲゲゲッ! 隙だらけだゲッ!?」


 しゅるり、と猫らしい機敏さで月の獣の槍を回避した。そこからさらに踏み込んで、ウルルの体が宇宙のように暗く染まり、月の獣に溶け込んだ。


 月の獣がふらつき、茫然とする。そこからウルルが抜け出しても同じだ。


「これでいいっ!? 教授! ウルルの夢遊行、決まったよ!」


「ああ、いいぞウルル。一対一だと危ないから、ジーニャのサポートで動いてくれ」


「うんっ! ジーニャよろしく!」


「おぉー! 任せろー!」


 ジーニャが他の月の獣に攻撃し、その隙にウルルが追撃する。ジーニャはタンクなだけあって、ウルルの被ダメはまったくない。


 さて、と俺はウルルが通常スキルで攻撃した敵を観察する。僅かに停止した月の獣は、「ゲ、ゲゲ……?」と寝ぼけたような声を出し―――それから、味方に攻撃を始めた。


「ゲゲッ! ゲゲゲゲー!」


「ゲゲッ!? 何をするゲッ! 敵はあっちだ!」


「ゲゲーッ! ゲゲゲーッ!」


「ダメだ! こいつはもう殺すしかないゲッ!」


 ウルルによって錯乱した月の獣と、正気の月の獣同士で同士打ちが始まる。その間にもジーニャとウルルの二対一でどんどん月の獣が倒れていく。


 これが、ウルルの通常スキル『夢遊行』だ。敵に夢を見せ、混乱の状態異常を付与する。かなりピーキーな能力だが、戦況が怪しい時ほど刺さる。


「ウルル、次の夢遊行だ。ジーニャは『食欲走狗』」


「うんっ!」「お腹減ってきたぞー! にゃらぁああ!」


 月の獣を実質的に一体ずつ味方に引き込み、それらと攻撃を合わせるようにして、三対一で月の獣を叩く。月の獣はモブとしては強力だが、ちゃんとした戦法に抗えるほどじゃない。


 そうやって戦闘を進め、とうとう最後の月の獣が残った。ウルルの体が宇宙色に染まり、月の獣を通過する。忘我した月の獣を前に、ジーニャは爪を構えた。


「これでっ、終わりだぞー!」


 ザンッ、とジーニャのカギ爪が月の獣を八つ裂いた。戦闘画面に「Combat Victory!」と表示される。


「よっしゃー! 月の獣相手でも圧勝だぞ! やっぱりオヤブンは最強だー!」


「す、すごい……。ものすごい戦いやすかった……。これがあの教授……」


 ジーニャはぴょんと飛び跳ねて喜び、ウルルはポカンと口を開けている。俺は二人に近づいて「お疲れ様」と声をかけた。


「余計な茶々が入って疲れたね、二人とも。ウルル、道案内の続きをお願いできる? 喫茶店で一息つこう」


「―――うんっ! 教授ってすごいのね! もう少しだから、一緒にゆっくりしよっ」


 ウルルは言って、ぴょんと塀に跳び上がった。うーんこれの方が正直疲れるんだが、まぁ猫だしな、仕方ない。と俺は続く。


「すぐだからねっ。この塀渡ったら到着だよっ」


「そりゃありがたい」


 塀をふらふらわたると、「ここ!」と言いながら、ウルルはぴょんと塀を飛び降りた。俺はしゃがんで、息を整え飛び降りる。


「よい……せっ!」


 ウルル、ジーニャの二人は特別身体能力が高いが、俺だって人間としては悪い身体能力ではない。ひょいっ、と地面に着地してから、周囲の様子をうかがった。


 そこは、妙な道だった。正面には庭付きの喫茶店。俺たちが立つのはその前の道路。ここだけ見ればおかしくない。


 だが、この道路は少し先に行くと他の家の塀で行き止まりだし、逆側も同じだ。かと言ってT字路でもなく、喫茶店の入り口以外からここに繋がる道がない。


 まるで、路地裏の中にあるバグのような場所に入り込んでしまったような気分だった。不思議な気持ちを抱えたまま、俺は店の看板に視線をあげた。


『森の喫茶店クレド』


 なるほど、とりあえず、道を間違えているということはなさそうだ。そう思いながら、俺は喫茶店に入っていくウルルについていく。


「ここね、お気に入りのお店なの! でも来るのが結構難しいから、中々誰かと一緒に来れなくてね?」


 尻尾をふにゃんと揺らしながら、ウルルは喫茶店の扉を開ける。来客の合図の鐘が、チリンチリンと鳴る。


「だから、誰かと一緒に来れてうれしいんだっ。えへへ、ありがとね。教授」


「礼には及ばないよ。むしろ案内してくれたこっちこそだって」


「そ、そう? えへへ……すんすん、やっぱり教授、いいニオイ~……」


「ウルルー! いいから中に入るんだぞ!」


 まるで蜜に惹かれる蝶のように俺に近寄ってくるウルルを、ジーニャが退ける。俺マジでマタタビと同じ物質でも分泌してんのかな……。故郷でも猫にモテてたんだよな。


 そんなやり取りをしつつ、三人で店内に入る。「いらっしゃーい」という声が、どこからともなく響く。


 それから俺は店内を見て、眉根を寄せた。


「……森?」


 喫茶店に入ったつもりが、何故か森のような景色が続いている。入り口付近には木製の床があったが、それも途中から土に変わり、奥へと続く。


 一応人工物なのか、蔦の絡まった看板に「森の喫茶店クレドにようこそ」と書かれていた。ネズミっぽい歯型があるのはご愛敬だ。


「……おぉ」


 俺は外から見た店内の広さと、実際の広さが全く異なることに、声を漏らす。摩訶不思議体験だ。店の前に至ったときから不思議だったが、店内はそれに拍車がかかっている。


「道の奥に進んでー」


 だが俺の緊張に反して、響く声はのんびりとしたもの。声に従って、俺たち三人は森の中に足を踏み入れる。




         Δ Ψ ∇




 土を踏む。枝葉を踏む。木の根をまたぐ。


 森は木漏れ日がきらめき、雰囲気が良かった。俺は森林浴をしているような気分で、森の道を進んでいく。おかしいな。何で俺、喫茶店の中で森林浴って言葉を使ってるんだろう。


 いくらか歩くと、「ここだよ!」と言って、ウルルが早足で進んでいく。それにつられてジーニャも「ウチも行く! あ! ナゴちみーっけ!」と言って走り出す。


 視界の先にあったのは、日の差す開けた場所と、その中心の板張りの足場。そこに机や椅子の並べられた、テラスのような場所だった。


「ゲーム通りだ……」


 俺は感動と共にその場に近づいていく。ゲームでも変な場所だなと思ったものだったが、なるほどこういう作りになっていたのか。


 多分店の入り口はワープ装置のようなもので、この森の入り口に繋がっているのだろう。だから空を見れば太陽がある。森が広範囲にわたって広がっている。


 そう推測しながら二人について歩いていると、突如として上がった「キャ―――!」と上がったジーニャの悲鳴に、俺はハッとした。


「キャ―――ハハハハハハハハハ! ニャッハハハハハハハハハ! ナゴち! もー! 会うといっつもウチのことくすぐってくるの、そろそろやめるんだぞー!」


「ごめんごめん。久しぶりに来てくれて、ちょっと嬉しすぎて出ちゃった」


「くすぐり癖を出ちゃったっていうの、何か、何かよくないぞー!」


 と思ったら赤面するジーニャが百合めいた戯れをしているだけだった。なーんだ。


 ……なーんだ、じゃないな。と俺は我に返って、ジーニャに絡む少女を見る。彼女はマイペースにジーニャをくすぐりながら、ぽつぽつと言った。


「っていうか、よくジーニャ来られたね。店長からの招待券、失くしてなかったんだ。あ、ウルルも来たんだね。ようこそ、歓迎するよ。あと……」


 ウルルにもあいさつした店員さんは、俺を見てキョトンと首を傾げた。


「……だれ? 店長のお客さん?」


 少女は、長い黒髪ツインテールをしていた。


 ツインテールは角っぽい髪留めで結ばれて、髪型も相まって可愛らしい印象を受ける。一方で目は切れ長、ハイライトが見えないほど色の深い黒で、かなり大人びて見えた。


 ゲームでの紹介文でも「目が鋭く怖い印象」とか書かれていたが、なるほど。確かに迫力のある顔立ちだ。


 そして怪物少女らしい蝙蝠の翼と悪魔っぽいしっぽが、腰のあたりから生えていた。服は喫茶店の制服だろうか。その一部を切り取って、その穴から翼と尻尾を覗かせている。


 俺は小悪魔店員に微笑んで、こう言った。


「店主さんから招待を受けてきた、教授です。初めまして」


「え。わ。すご。あ、えと。初めまして。ナゴミです。ここ、クレドの店員」


 小悪魔店員改めナゴミは、パッとジーニャを解放して、俺に一礼した。


 ということで、ナゴミである。俺の推しの一人で(n回目)、鋭めの顔立ちに穏やかな表情と性格のギャップが素敵な、くすぐり癖のある小悪魔店員だ。


 ジーニャほどではないにしろ、いろんなところにツテのある顔が広いタイプで、喫茶店の店員をする傍ら、実はドリームランド統治機構EG同盟の下働きをしていたりもする。


 俺はナゴミの緊張を解きほぐす意図を込めて、冗談めかして肩を竦めた。


「よろしくね。ひとまず、客としてゆっくりしようか。ここまでの道のり、結構大変でさ」


「分かった。あ、分かりました? えーと、ごめんなさい。丁寧な話ことば苦手で」


「いいよ、気にしないで」


「あ、そう? おおらかで助かるよ。じゃあ三人はそこの席でいい?」


「いいよっ」「ここだな!」とウルル、ジーニャが座り、俺もそこに続く。

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