第37話 ウルタールのボス猫、ウルル
メルヘン猫耳少女は俺に頭を下げながらこう言った。
「ご、ごめんなさい……。猫に意地悪してる人かと勘違いしちゃった」
「いやまぁ、俺も俺みたいなのがいたら何事かと思うし、気にしないで」
「ありがと……。っていうか、よくよく思えばジーニャが一緒じゃない! 間に入ってよ!」
プン! とメルヘン猫耳少女が、猫耳と尻尾をピンと伸ばしてジーニャに怒る。するとジーニャは「ニャハハハハ! ごめんごめん」と笑って、俺を見た。
「オヤブン! 紹介するな? こいつはウルル! ウルタールの猫たちのボス、つまりボス猫だ! ウルル、こっちはウチのオヤブン! みんなからは教授って呼ばれてるぞ!」
「よろしく、ウルル」
メルヘン猫耳少女ことウルルに手を差し出すと、「え、あ、うん。よろしく……」と言いながら、ウルルは俺と握手してくれる。ちっちゃなお手々可愛い……。手袋がおしゃれ……。
俺は内心で推しとの握手に絶頂する一方、ウルルは混乱を強めていく。
「きょうじゅ……? きょうじゅって、教授……? え、え? ジーニャ。教授ってミスカトニック大学の? 最近アーカムを落とした? あの教授!?」
「? よく分かんないけど、ウチが知ってる教授はオヤブンだけだぞ!」
ジーニャの無垢な笑顔を受けて、ウルルは顔を真っ青にした。
「……あ、改めまして」
ウルルは後ずさり、深く深く頭を下げる。
「アーカム市街の長たるミスカトニック大学教授に、ご、ご挨拶申し上げます。ウルタールの猫が長、ウルルと申します……!」
「いやいやいや、かた苦しいって。さっきのタメ語でいいのに」
「良いわけないでしょー! アーカム市街って言ったらこのドリームランド以上の聖地! EG同盟のお歴々に対しても上座で座れるんだからね! ハッ」
涙目でひとしきり言った後、ウルルはハッとして口を押さえた。
ちなみにEG同盟っていうのはドリームランドで一番偉い組織と言う感じだ。え? 俺のが偉いの? 嘘ぉ……。
ウルルはさらに顔を青くして首を垂れる。髪の毛が重力に従って垂れるくらい深々と頭を下げている。
「ど、どうかお許しを……! つい口が滑ってしまったんです! どうか、どうか……」
「だから良いって。俺は見下されるのはごめんだけど、上から行くのも好きじゃないんだ」
腰を九十度どころか百五十度くらい折り曲げて、ウルルは謝っている。もう一回やらかしたら土下座し始めそうだ。
「……ほ、本当? テト様に言わない……?」
「ウルルの上司だよな、テトって。言わない言わない。言わないから頭上げて」
「うん……ありがと……」
やっと頭をあげたウルルに、俺は一息つく。周りの目がちょうど痛かったところだったのだ。「ウチのマスコットウルルちゃんに頭を下げさせてるあいつは誰だ」的な雰囲気があった。
今難癖付けられて追われたら絶対逃げられないからな。いまだに猫まみれは健在である。全身が重い。
「それで、教授みたいな偉い人が、何の用事でウルタールまで?」
緊張が解けたら警戒が残ったらしく、ウルルは半目で俺を見てくる。表情豊かでかわいいなぁと思いながら、俺は肩を竦めた。
「そんな大した用事じゃなくてさ、森の喫茶店クレド、っていうところから招待を受けたから、こうして遥々やってきたんだ」
「え! じゃあ夢見人ルートで? ものすごい旅路だったでしょ!」
「オヤブンはアーティファクトで一瞬だったぞ」
「うそつき! ……アレ? うそは別につかれてない……? あれ……?」
ウルルは不思議そうな顔で首をかしげている。ジーニャに負けず劣らずお馬鹿さんなニオイがするな。
それから少し考えて、ウルルは俺に言った。
「じゃあ、ウルルが案内してあげよっか?」
「お、いいのか?」
「うんっ、最近ちょこちょこお邪魔してるの! テト様からも店主さんとは仲良くしなさいって言われててね?」
ウルルはωの字口になって上機嫌だ。それに、ジーニャが言う。
「アレ? ウルルってクレドまでの行き方知ってるのかー? ウチ、いっつもナゴちに案内してもらってるから、道を知らないんだー」
「クレドへの道難しいもんね……。けど、ウルルに任せておけばだいじょーぶ!」
そう言って胸を張るウルルだ。ちんちくりんな体形ゆえか、胸元は張ってなお慎ましい。
ところでナゴちって誰だろう。んー……ああ、思い出した。店員の怪物少女だ。ジーニャと仲がいいんだったな。
そんなことを思い出しながら、俺はウルルに尋ねる。
「じゃあ、お言葉に甘えてもいいかな?」
「もっ、もちろん! じゃあ、みんなはその人から離れてね。何か居心地良いから嫌? は動きたくない? ダメ! ほら離れて! 偉い人なんだからその人!」
ウルルが言うと、猫たちが俺から下りて散らばっていく。本当に猫たちのボスなんだなぁと思いながら、俺はその姿を眺めていた。
「ふぅ、こんな強情なの初めて! ごめんね、教授。ウルルの眷属たち、みんな気まぐれで……ん?」
と思ったら、ウルルが近づいてきて、スンスン、と俺に近寄りながら鼻を鳴らし始める。
「……何か、教授いいニオイする。スンスン、スン……」
「え? ちょ」
ウルルは俺の腹部に顔を押し付けて、ニオイをかぎ始める。それから「ふぁ~なにこりぇ~」と蕩けた顔をした。えっ、なになになに。
「ウルルー! ダメだぞ! オヤブンは、ウチのオヤブンなんだ、ぞー!」
「にゃぁっ」
いきなりのウルルの接近に、ジーニャがウルルを、力を込めて俺から引きはがす。すると「ハッ!」とウルルは我に返り、それから照れた様子で弁解した。
「ごっ、ごめんなさい、教授……。あ、あのね? 何か教授、猫にとってたまらないニオイがするの。マタタビともちょっと違うんだけど……その、だから、あの」
しばらく顔を赤くしてもじもじしていたウルルは、突然両頬を自分で叩いて、顔にモミジを付けてこちらに背を向けた。
「じゃっ、じゃあ、案内するね! こっちだよ、ついてきて!」
半分くらい逃げるような速度で、ウルルは走り出してしまう。えーなにぃ……? 何で俺の推したちこんなに可愛いの~……?
ジーニャいなかったらウルタールに永住してたかもしれない……、なんて危険な旅なんだ。そう思いながら、俺は駆け足でウルルを追いかける。
ウルルの取った道は、何とも猫らしい道だった。
例えば普通に道路を歩いたかと思えば、いきなり細い路地裏に入っていき、そこから跳び上がってよく分からない塀を歩かされたりする。
正直、礼儀云々よりも人間が歩ける道を頼みたかったが、そこはジーニャのフォローでどうにかなった。
「オヤブンはウチが守るからな!」
ふんす、と誇らしげに言うジーニャの頼もしさである。まるで忠犬だ。喉を撫でるとゴロゴロ言っていた。うーん猫。
とか何とか思いながらほうほうの体でついていった先で、ウルルが変なのに絡まれていた。
「なっ、何……? 月の獣たちが、ウルルに何の用……!?」
路地裏の袋小路。そこに集まっていたのは、数体の怪物だった。灰色がかった白色の、大きな油っぽい体。ヒキガエルにも似た怪物の鼻は、ピンクの短い触手が集まっている。
連中はニタリと笑って、ウルルに槍を向けていた。この道に集まっていたのも偶然ではない、という顔だ。
連中は、人間には出せないような、気味の悪い笑い声をあげてウルルに近寄っていく。
「ゲゲゲッ、張っていたらやはりここを通ったな」
「付いてきてもらおうか。設備が整ってない環境での拷問は、無用に殺しかねんからな。ゲゲゲッ」
「ウルタールのウルル。お前みたいな弱い怪物少女は、価値が高いわりに捕獲しやすくて助かるぞ。ゲゲゲッ」
「な、何よっ! あんたたちみたいな下種な怪物の言うことなんて、聞くわけないんだからっ!」
人間の倍くらいある巨大な怪物を前に、ウルルは威嚇している。だが最初からウルルを狙って動いていたのだろう。月の獣、と呼ばれる怪物たちの動きは洗練されていた。
月の獣。ドリームランドに住まう怪物の一種だ。拷問好きの奴隷飼い。月を本拠地に住まう、気色悪い怪物ども。
こいつら、ドリームランド全域で悪さをしているので、どこでも見るんだよな。今回の特殊な敵とは別の奴だ。突っかかってくる悪党の亜種である。
そういえばこんな一幕もあったか、と俺はイベントストーリーを思い出す。ゲームではさらりと流していた一幕だったが、目の当たりにすれば中々苛立たしいシーンだ。
まぁいい。すべきことをするだけだろう。
「ジーニャ、頼む」
「任されたぞ、オヤブン!」
俺は『戦闘開始』ボタンをタップして、ジーニャに月の獣を襲わせる。
「にゃらぁぁああああ!」
「がっ、ぎゃっ!?」
「ゲゲゲッ!? 何だ! 貴様―――犬人間どもの怪物少女か!」
「ウチの友達に何してんだ! 食い殺すぞ!」
突如襲い掛かってきたジーニャに一人殺され、月の獣どもの警戒はマックスだ。その後ろから、俺は悠然と近寄っていく。
「よう、拷問狂の怪物ども。人間ならいざ知れず、怪物少女に手を出そうとはいい度胸だな。ん?」
「何だ? お前。ただの人間が……いや待て。お前、見たことあるぞ」
「ゲゲッ! こいつ! こいつ教授だ! アーカムの支配者になった人間! 怪物少女を次々自陣に組み込んでるっていうあの!」
「にっ、逃げるぞッ! 教授相手じゃ分が悪……ゲーッ!」
追い詰めるための袋小路が、俺たちが現れたことで追い詰められる袋小路になったと気づく月の獣たち。
俺は笑う。
「自業自得だな、怪物ども。本来なら怪物を殺すのはなるべく避けるところだが、お前らに関しては完全にお前らが悪い。だから殺すぞ。見せしめだ」
怪物少女が不幸になる要素は少なければ少ないほどいい。特にこの月の獣とかいう怪物たちは、奴隷を捕まえては拷問するのが好きな下種どもだ。情けは要らないだろう。
「こっ、こうなったら、破れかぶれで戦ってやるぞッ! ゲゲゲッ!」
「あ、ご、ごめんねっ、教授。う、ウルル道案内しようとしたのに、巻き込んじゃった……。人間なのに、こんな危ない場面につき合わせちゃって、ごめん……」
戦闘態勢に入る月の獣に、申し訳なさそうに俺を見上げてくるウルル。俺はウルルの頭を撫でて言った。
「気にしないで。俺はこういう悲劇が起こらないためにいるんだ。けど、今回は少し戦力不足だから、手伝ってもらえるか?」
「う、うんっ! もちろん!」
「ウルルと共闘は初めてだぞー!」
「じゃあジーニャにウルル。怪物少女と怪物の格の違いを、奴らに分からせてやろう」
二人が俺の言葉に、それぞれ臨戦態勢をとる。俺は戦闘画面を見つめながら、スキルボタンに手を掛けた。
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New!
名前:ウルル
所属:ドリームランド/EG同盟
二つ名:ウルタールの猫の長
あだ名:メルヘン猫耳少女
外見: 紫のボブカットに猫耳を生やし、金色の目をした少女。小柄でしなやかな筋肉質な体に、白ワンピース、黒いベストとブーツをまとっている。ワンピースの裾から紫の猫の尾がくねくねしている。鈴付きの首輪、手には黒手袋がある。
特殊能力:『猫の魔法なの!』:猫の形をした魔法を放つ。敵は猫の可愛さに防御を忘れてしまう。防御力低下効果の直線範囲攻撃。必中。
通常能力:夢遊行:攻撃力の一番高い敵一人の夢に入り込み、夢を操ることで混乱状態に陥らせる。敵一体に睡眠デバフの付与と、解除後の混乱付与。
攻撃属性:闇(☆2以上で解放。解放前は『物理』)
防御属性:混沌(☆3以上で解放。解放前は『物理』)
イメージ画像
https://kakuyomu.jp/users/Ichimori_nyaru666/news/16817330659266015567
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