期間限定イベント「喫茶クレドの大騒動!」
第36話 突入! ドリームランド
明晰夢を見られる人は、夢の中で階段を探す必要がある。下り階段だ。それを70段下りると、『炎の神殿』なる場所にたどり着くという。
そこで妙な神官とかに軽く挨拶して、さらに700段下りる。すると門がある。その門を越えると、
なお俺は銀の鍵があるので、そういう工程は全部すっ飛ばした。
「ドリームランド到着!」
「到ちゃ――――――く!」
俺とジーニャは、二人、風そよぐ草原の道で、伸びをしていた。
大学の食堂からここまでの距離は、何と一歩である。一歩。伸びもクソもないが、大学の内部に比べても遥かに開放感があって、ついやっていた。
「久々に来たけど、ドリランの空気は気持ちいいなー! いつもはもっと苦労して来るから、何か変な気持ちだぞ! ニャハハハハ!」
オレンジの短いツインテールを風になびかせながら、ジーニャは笑顔で走り回る。
太陽の光を受けて、その健康的な太ももが躍動していた。俺は静かに目を細める。これが健康美……。眼福眼福。
とか思ってたら、「とう!」とジーニャが俺の背中に飛びついてきた。えっ、なに。理由もなく可愛いムーブしやがって。
「ニャハハハハ! オヤブンもドリラン気に入ってくれたかー? ウチ、ドリラン大好きなんだ! こっちの空気吸ってるとお腹減ってくるぞー!」
「さっき朝ごはん食べたばっかだろジーニャ」
「オヤブンの耳はむ」
「食うな」
ジーニャに食われるなら本望だけど今は困る。
ジーニャは「もむもむ……」と俺の耳を唇でいくらかはむはむしてから、「ダメだ。本当に食べたくなってきた。がまんがまん……」と口を離した。
ジーニャ普通に人間食うからなぁ。危ない危ない。
俺はジーニャの気を逸らす意図で、先ほどの質問に答える。
「空が高くていいな、ドリームランドは。っていうか俺も多分、故郷はドリームランドにあるんだよ」
「そうなのか! じゃあ
「壊滅したから行かなくていいかな」
「えっ……」
ジーニャが言葉を失うのを見て、俺は、あっ、やべっ、と我に返る。まずったな、何一つ気にしてないのに、言わんでいいことを言ってしまった。
……というか、冷静に考えると、犬人間なんだよな俺の村滅ぼしたの。ジーニャの眷属だ。正確に言うとキショ巨人だけど。この調子だとまったくジーニャは知らないだろうが、言ったら気にするよな。
そんな風に俺は考えを巡らせ、こういった。
「なーんてね! ブラックジョークブラックジョーク」
「あっ、オヤブン! 冗談が悪趣味だぞ! びっくりしちゃったじゃんかー!」
「ハハハ悪い悪い。それで」
俺は話が故郷のそれに戻る前に、話題を誘導する。
「とりあえず人里に向かって、そこからこの『森の喫茶店クレド』ってのに向かう感じか」
俺は手紙を取り出して、送り主の部分を確認する。森の喫茶店クレド。名前とどういう場所かはゲームで履修済みだが、いかんせん場所情報とかは全く分からない。
「クレドのミルクは美味しいからなー! 招待されなきゃ行けないから、オヤブンについてこられてラッキーだぞ!」
俺に引っ付いて上機嫌なジーニャだ。そうなのか、と思いつつ、俺は自分の目的を考える。
―――俺の目的。それすなわち、イベント中のみ発生する特殊な敵の討伐と、その敵からの怪物少女の救出、およびイベント中の稼ぎである。
基本的に『ケイオスシーカー!』のイベントはコメディ調だが、戦闘はあるし教授の介入で解決に向かう側面がある。つまり、俺が動かないと悲劇は常に起こりかねないのだ。
今回の場合は、少し特殊な敵が目的地である『森の喫茶店クレド』に大量発生するため、これを駆除する、というのが俺のメイン目的になる。
で、その敵というのがま~厄介なので、怪物少女だけでは対処できない。記憶のストーリーの流れ的に、多分二人助けることになるだろう。主にママキャラとロリキャラの二人だ。
だから戦力的に、ストーリーキャラはみんな助けて仲間にしなきゃな。待ってろ俺の推したち。ぐへへへへ。
あとイベント中の周回は育成素材の稼ぎ効率が良いので、期間中に可能な限り回しておきたい、というのがある。まぁ駆除はどうせしなきゃならないし、その一環だな。
そんな風に考えていると、俺に自らおんぶされるジーニャが口をとがらせる。
「っていうかオヤブンの鍵、どこにでも行けるなら、何で直接ここに行かなかったんだー? 森の喫茶店クレドって、普通は行くのめっちゃむずいんだぞー?」
「……」
確かにその通りだな、と思う。というか、行く先って俺じゃなくてクロが決めてるんじゃなかったか?
とか思っていたら、手紙の端に文字が浮かぶ。
『現地協力者を得てから、依頼に乗り出すことをお勧めするよ』
「……なるほど」
意図があるらしい。ゲームイベントでも特に説明なく道中の様子が描かれていたが、クロの思惑だったか。というかメッセージの伝え方洒落てんな。
「なーあー。オヤブンー、何でなんだー?」
俺におんぶされながら、俺の頬に頭をこすりつけてくるジーニャ。俺は猫みたいだなぁと癒されながら、いい加減ジーニャを下ろす。
「せっかくドリームランドに来たんだから、いくらか道中も見つつ行こうかなって思ったんだよ。この辺りで一番近い街ってどこかな」
「んー、この辺りだとなー?」
ジーニャは軽い足取りで近くの木に走っていき、ぴょんぴょん、と木の上に駆け上がってしまった。それから木のてっぺんで周囲を見渡し「アレだ!」と指さし叫んで、下りてくる。
「オヤブンオヤブン! この辺りで一番近い街、分かったぞ!」
ジーニャはごきげんで、目を爛々と輝かせていった。
「ウルタール! 猫の街ウルタールだ!」
Δ Ψ ∇
通りすがる村々も中世ヨーロッパな感じだし、ちゃんとした街も同様。俺の故郷の村が野菜を卸していた街も、実に中世ヨーロッパな雰囲気だった。
その意味では、ウルタールの街も同様だ。石タイルの敷き詰められた地面。白壁に、柱や梁がむき出しになった家々。ファンタジーよりもメルヘン寄りな雰囲気がある。
だが、一つだけ、このウルタールの街特有の要素があった。
「猫が多い」
「ニャハハハハ! オヤブン、猫からモテモテだぞー!」
街の外ではジーニャにおぶさられ、今は大量の猫に引っ付かれながら、俺は街を歩いていた。
街を見渡せば、どこを見ても猫、猫、猫だ。人間の数より猫の数の方が多い。
街の入り口なんか、『何人たりとも猫を殺すことなかれ』と一番に書かれているほど。よほどの猫好きが町長を務めているのか、あるいは別の理由があるのか。
ともかくこのウルタールの街は、そういう街だった。わぶっ、顔に猫が。
「えぇい散れ! 散れ猫ども! されるがままでいたら舐めやがって!」
とうとうキレた俺に、猫が「ニャー!」「ニャーニャー」と蜘蛛の子を散らしたように散っていく。やっと俺は「ふぅ、まったく」と汗をぬぐう。
直後、再び十匹近い猫が俺によじ登ってきた。前も後ろも頭も肩も、全部猫が占有している。
「……ジーニャ、俺諦めた方がいいかな?」
「オヤブンそんなに猫からモテるのうらやましいぞー! どうやってるんだー?」
「全然わかんない」
何なら追い払い方も分かんない。誰か助けて。
そんな風に、俺は体の重い思いをしながら、のっしのっしと街を歩く。その周りを囲うように、猫が付いてくる。気分はまるでハーメルンの笛吹だ。
「な、何者だあいつ……」「確かにここの猫は人懐っこいけど、あんなの初めて見たわ」「体からマタタビのフェロモンでも出してんのか?」「すっげ」「羨ましい……」
初めて来る街なのに、こんなことはそうそうないのか、街の住人からも注目の的だ。俺は諦めと切り替えの精神で腕を組む。内側に猫が入り込んで抱きしめる形になる。
「さて……まぁうだうだ言っても仕方ないとして、ジーニャ、このウルタールで出会えそうな怪物少女って誰か知ってるか?」
「にゃーん」「にゃおん?」「なーご」「なう」「ごろごろごろ……」「うにゃうにゃうにゃ」
猫がうるさい。
「オヤブンって、ウチが会ってきた誰よりも精神が強いんだなー……。ウチだったら流石にそんな切り替え方出来ないぞ」
「人生諦めが肝心だからな」
「諦めで済む話なのかー?」
ちなみに猫は好きでも嫌いでもない。じゃれてきたら撫でる程度だ。どいつもこいつもゴロゴロ唸りやがって。
すると、ジーニャは言った。
「この街は猫目的で色んな奴が来るぞ! でも、ここまでの騒ぎとなると、多分……」
その時、俺たちを呼び止める声があった。
「そこのあんた! 一体猫に何してるの!」
「ん?」
振り向くと、俺に劣らない数の猫に囲まれてそこに立っていたのは、小柄な少女だった。
肩口まで伸びた紫のショートカットに、金色の瞳。頭には猫の耳が生えていて、白いワンピースに黒のベスト、ブーツを身に纏っている。
アクセントは、鈴の付いた可愛らしい首輪に、ワンピースの裾を持ち上げる長いしっぽだ。うにゃん、と器用にしっぽが躍る。
そんなメルヘンな雰囲気をまとった猫耳少女は、俺の状態をまじまじと観察して、言った。
「……ん? んん? 猫をいじめ、てない。いじめられ? んん? え? ……本当に猫に何をしてるの?」
「さぁ……」
キョトンとした視線が交錯する。ドリームランド第一怪物少女との邂逅は、そんな形になるのだった。
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