第28話 怪物殺しの用心棒

 俺は早速、用心棒視点を覗きながら、どう動いてやろうかと思案する。




         Δ Ψ ∇




 ―――用心棒バウンスは、怪物女どもが自分を包囲している状況に、これほど滾る窮地はいつぶりか、と獰猛に笑っていた。


 ミスティック・タトゥーで用心棒と呼ばれるこの男は、傍からすれば酷いとしか言いようのない戦歴の持ち主だ。


 無数の人間を殺し、無数の怪物を殺し、二十を超える怪物少女を殺した人物。戦闘者としては極上。人間としては最低最悪。


 だから、たとえ敵が複数の怪物少女でも、それを指揮するのが得体のしれない輩でも、負けるつもりはなかった。


「……クク」


 バウンスは手元でショットガンをくるりと回す。単なるルーチン行動。だがそれで、バウンスの集中力は限界まで高められる。


 一方敵方から襲い掛かってくるのは、この辺りの犬人間をまとめている怪物少女だ。先ほどまでの戦いを見るに、ある程度肉弾戦でもやれる奴。


 つまりは、バウンスの敵ではない。


「にゃらぁぁぁぁあああ!」


 猫のような叫びをあげ、素早く右に左に動いて、手から生やしたかぎ爪で犬猫娘がバウンスに切りかかってくる。


 それにバウンスは、ただショットガンで対応した。


「まず一人だ」


 発砲。アーカムでくすぶっているようなザコの怪物少女ならば、この一撃で沈む。


 はずだった。


「痛ったぁああああい! けど、成長したウチなら、耐えられる!」


「っ!?」


 クロスさせた腕から血を流し、確実に消耗しながらも、犬猫娘は沈まなかった。「何だと?」と言いつつ、バウンスは迫りくる犬猫娘に再びショットガンの銃口を向ける。


 その瞬間、犬猫娘の速度が明らかに上がった。


 発砲。それを瞬時に横に回避し、犬猫娘から一撃を貰う。バウンスはそれを銃身で受けながら、「何だ……?」と表情を険しくする。


「ニャハハハハハ! やっぱりオヤブンがすきる? 発動すると、動きやすいぞ!」


「だろ? さ、ここから拡張指揮だ。もっとその用心棒を困らせてやろうぜ」


「おっけーオヤブン!」


 教授と犬猫娘の会話で、教授が何か悪さをしているのだと気づく。やはりか。やはりどこまで言っても、あの人間の裏切り者が行く手を阻むのか。


「と、その前に回復だ」


「ほ、補給です……っ!」


 奥の方で、教授の横に立っていた、海上都市っぽいメイドなのかシスターなのか分からない怪物少女が、犬猫娘に何かを投げてよこした。


 犬猫娘はそれをキャッチして、口にくわえる。瞬時に咀嚼。「うまぁーい!」と言って目を輝かせる。


 すると不思議なことに、犬猫娘がおっていた傷が癒えていく。バウンスは、そこで初めて舌を打った。


「怪物どもが……。人間はなぁ……魔術使ってもそんなに早く治癒したりしねぇんだよ!」


 移動。からのサブマシンガンでの斉射。狙うは犬猫娘。次点で教授。


 犬猫娘が避けたら、教授に刺さる。そういう銃撃だった。それを、考えなしに犬猫娘が回避する。バウンスは、バカが、と嗤う。


 だが、教授の前に見えない壁のようなものが立ちはだかった。銃弾が何か、見えないものに弾かれて落ちる。「ふふふ」と全身黄色のお嬢様風の女が笑っている。


「そうか。お前の異形か」


「ええ、そうですわ。わたくしがいる限り、教授には指一本触れさせません」


「ハミングばっかり良いところを見せようとして……。私だって負けていませんよ」


 尾ひれを振って、邪教のシスターらしい怪物少女が黄色お嬢様の横に並ぶ。他にも怪物少女がそれぞれの位置で待ち構えている。


「層が厚いな」


 バウンスは、なるほど強敵だ、と教授を認める。一人で相手取るのは骨が折れるだろう。


「ならこっちも、魔術で応じよう」


 つまり、魔術なしの生身で相手取るには、ということだが。


 バウンスは呪文を唱える。その過程で精神力が奪われ、眩暈がするような気持ち悪さに襲われ、果ては全身に燃えるような熱が広がった。


 バウンスの周りに、ゆらめき輝く光の点が巡り始める。僅かに身じろぎでその燐光が尾を引く。気付けばバウンスの体は地面から十センチ程度浮かび上がっている。


 全身を焼かれるような激痛。それと共に訪れる高揚。バウンスは、ニィと笑う。


「炎の外套」


 自らの速度を倍加させ、敵に触れるだけでその速度故に致命打をもたらし、代わりに不可解な炎に焼かれる。バウンスの奥の手は、そういう魔術だった。


 両手で銃を回す。それで集中力が戻り、痛みが遠のく。敵のほとんどが警戒心を強めたのが分かる。


 ただ一人、教授だけがバウンスに、吟味するような微笑みを浮かべていた。


「―――その笑い」


 バウンスは、浮遊する足で地面を踏みしめる。


「オレが、崩してやるよッ!」


 そして、爆ぜるように駆け出した。


 まず犬猫娘に迫る。かぎ爪が振るわれるから、バウンスは高く跳躍し、宙返り様にショットガンを二発放った。一匹。バウンスは確かな手応えに次へ向かう。


 次に立ちはだかったのは邪教のシスターだ。腕を魚人めいた怪物のそれに変えて振るってくる。それをバウンスは、身のこなし一つで回避して懐にもぐりこんだ。


 散弾を一発。あまり怯まない。二発、よろける。バウンスは「ははぁ」と笑いながら、弾切れのショットガンに弾を込める。


「お前、大物だな? 神に連なる奴だ。そういう手応えだからな。違うか?」


「ぐぅっ、答える義務は、ありません!」


「そりゃ失礼したな。失礼ついでにもう一発食らってくれ」


 腕が振るわれる。かぎ爪から斬撃が放たれる。それを、バウンスは易々と回避する。


 それから反撃にショットガンで銃撃する―――寸前で、背後から迫る違和感に気付いた。振り返る。何もない。だが黄色お嬢様が険しい顔をしている。それで分かった。


 ショットガンとサブマシンガンの両方で黄色お嬢様を斉射しながら、バウンスは全力で動いた。今まで立っていた地面が不可視の攻撃で荒れる。だがそれで打ち止めだ。


 不可視の何かを防御に使わざるを得なかった黄色お嬢様は、悔しげにバウンスを睨みつけている。


「くっ、魔術を使うだけで、人間はこんなにも厄介になるんですの!?」


「いいえ、この人間が特別強いだけです! く、ぐぅ……」


「ダニカ! あまり無理をしないでくださいな! あなたも頑丈な方でしょうが、先ほどの連撃は堪えるでしょう!」


 バウンスは、悠々とリロードしながら「何だぁ、思ったより歯ごたえのねぇ」と笑う。早くも一人沈め、主力らしい二人も防戦一方となれば、教授の表情も崩れていることだろう。


 そう思いながら、バウンスは教授を見る。


 そして、唖然とした。


「……何だ、その顔」


 バウンスはリロードを終え、再び走り出す構えを取る。それに、教授は、答えた。


「何のことはねぇよ。―――クソ野郎が酷い顔して負ける姿を想像したら、笑いの一つもこみ上げるってもんだろ?」


 みんな、と教授は言う。


「よく頑張った。ここからは、俺たちの蹂躙だ」


 直後。


 バウンスの全身に、強烈な電撃が走った。


「がぁぁああああああああっ!?」


 全身がさらなる激痛に震え、痺れ、硬直する。何だと思うと、少し離れた廃墟から、ピンク髪の、パンクな作業着の女が、こちらに妙な狙撃銃を向けていた。


「ミミ、よくやった。ここから畳みかけるぞ! レイ!」


「ここまで隠れてるだけだったから、楽で良かったのに~。なんてね!」


 いつの間にか姿を現した吸血鬼めいた少女が、バウンスの背後から掴みかかった。それは手からのものであったはずなのに、急激に血を吸われ、バウンスはふらつく。


「ふふ~ん。お前なんかの吸血は、手からで十分でしょ~」


 見れば、その手にも吸盤めいた口のような穴がある。「化け物女が……!」とバウンスはその異形に反吐が出る思いだ。


 だが、それでもバウンスはプロ中のプロ。だから少女に肘を打って振りほどき、そこにショットガンを一発放つ。


 それを、沈めたはずの犬猫娘が救い出した。


「なっ!? お前、やったはずじゃ」


「教授の指示でちゃんと避けてたぞ! 舐めんな!」


「助かる~、脇腹痛った」


 バウンスは歯噛みし、サブマシンガンで二人を銃撃する。だが、犬猫娘も吸血娘も素早く回避した。


 そこで、教授が追加の指示を出す。


「ハミング、その綺麗な歌声を聞かせてくれ」


「もちろんですわ、教授」


 音が、爆ぜた。


 綺麗な歌、とは到底言えないような、不快な歌だった。泣き叫ぶような、慟哭のような絶唱。それを聞くと肌が泡立つような不快感が走る。


 だからバウンスは、瞬時に懐のアーティファクトを使用した。


「オレを守れ! 旧き印!」


 星マークの中心に燃える瞳が描かれた模様の刻まれた、簡単な魔除け。だがこういう不可視の攻撃にはよく効果を発揮する。旧き印が砕けると同時に、肌の泡立ちが治まる。


 バウンスは歯噛みする。何だ。何だこの状況は。教授が合図した瞬間から、一気にバウンスの劣勢が始まった。何者だ。何をやったんだあいつは。


 そう激しく呼吸しながら顔を上げると、周囲が霧に包まれている。気付けば妙に寒い。凍えるような寒さがバウンスを包み込んでいる。炎の外套の力が弱まっているのを感じる。


 化け物女たちの姿が見えない。どこに居るのか分からない。ただ、視界を阻む霧が充満していた。


「な、なんだ……。何が起こった。どういうことだ……?」


 そこに一つ、静かな宣言が下った。


「穿て、氷砲」


 中空に魔法陣が浮かび、大砲のような勢いで氷塊が放たれる。それを、バウンスは弱体化した炎の外套で逃げるしかなかった。


 氷塊がバウンスの左腕を肘先半ばからもぐ。「がぁぁああああああ!」とバウンスは叫ぶ。


 そこで、霧が晴れた。奴らの異形、異能としての霧だったらしい。見ればバウンスがダメージを負わせたはずの邪教シスターが、気弱そうなメイドシスターの補給で回復している。


「クソ……! クソクソクソクソぉぉおおあああああああ!」


 バウンスはやたらめったらに走り回り、銃弾を放ちながら、気弱メイドシスターにタックルを食らわせた。それからもげた腕のままにメイドシスターを捕まえ、銃を突きつける。


「テメェら動くんじゃねぇ! こいつを撃ち殺すぞ!」


 気弱そうなメイドシスターは、バウンスの張り上げる声に怯んだようだった。他の化け物女たちも、警戒するような目を向けて硬直する。


 バウンスは経験豊富だ。窮地においては人質を取るという戦略が、どれだけ有力なのかを身をもって知っていた。


 事実、連携の取れたチームなだけある。仲間一人を人質に取られただけで、連中は機能不全に陥った。バウンスは腕から大量の血を流しながらも笑う。


「は、はは……まったく驚かされたぜ、なぁ。オレの人生は修羅場続きだったが、ここまでのピンチってのは初めてだ」


 バウンスは低く唸りながら、血走った目で敵を威嚇する。


「お前らだけなら問題なく皆殺しにできたって言うのによ。教授とかいう意味分かんねぇ奴が、一人いただけでこの様だ。この期に及んで姿を消してやがる」


 バウンスは周囲に視線を巡らせる。だが、教授はいない。そうしている中で、腕の中でか細い声が上がる。


「ひ、ぃ……」


「あ? 何だお前、化け物女のくせに怯えてんのか! ハハハ! こりゃあ傑作だ! オレたち人間を、ゴミくずみたいに簡単に引き裂く化け物女に怯えられるとは!」


 バウンスはイジメるように、銃口をぐりぐりとその頬に押し付ける。メイドシスターが震えながら、脱力して泣きじゃくった。バウンスはゲタゲタと嗤う。


 そのとき殺気を感じて、バウンスは自分の体の前にメイドシスターを差し出した。殺気のブレ。バウンスのすぐ横に、電撃らしき閃光が突き刺さる。


「ハハハハッ! そういうのに狙われたら、オレは分かるんだよ! 教授の野郎は不気味だが、まぁいい。こいつを殺されたくなきゃ、オレの逃亡を止めるんじゃねぇぞ!」


 バウンスは言って、じりじりと後退する。ある程度のところまで逃げたら、こいつを撃ち殺してボスのところに戻ろう。かなりの怪我だが、ボスならどうにでもできる。


 そうやって下がっていた瞬間、バウンスは背後から迫る気配に気付いた。クスクス……、という笑い声。慌てて振り返る。だが、そこには何もない。何だ? と思いながら視線を戻す。


 そこには、こちらに走りくる教授の姿があった。


「うぉぉおおおらぁぁああああああ!」


 叫びながら、怒りを隠さずに迫る教授。怪物少女と比べても脅威にならないはずの襲撃。ただの人間の肉薄。


 だがバウンスにとって、それが一番恐ろしかった。


「う、うぁあああああ!」


 バウンスは半狂乱になってショットガンを撃つ。その瞬間を狙い定めたように、教授の手の内から、その辺に転がっていそうなレンガが放たれた。


 ショットガンがレンガに弾かれ、手から零れ落ちる。バウンスの表情が、とうとう恐怖に染まる。そのあごに向かって、教授の拳が迫る。


「俺のパーラにッ、何してくれてんだお前ェェェエエエッ!」


 単なる人間の拳一つ。普通なら歯牙にもかけない一撃。


 だが、ここまでの攻防で弱り切ったバウンスの意識を刈り取るには、十分な威力を有していた。


 あごが撃ち抜かれる。脳が、揺れ、る。

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