第22話 キャライベント:レイ1 ブラッドティーに舌鼓

 レイと共にビルから出ると「教授~」とレイが俺の腕を抱きしめて引っ張った。


「こっちにお気に入りの店あるから~、一緒に行こ~っ?」


「いいよ。何の店?」


「え? まぁまぁ、いいから~」


「待ってくれ濁されるのは怖い」


 抵抗しようにも怪物少女と人間では力の差がありすぎて、結局俺は「あぁ~攫われる~」と引きずられるままに店の前までやってきていた。


 そこは、一見すると単なるカフェのようだった。だが、店内に入ると普通の店ではないと気づかされる。


「いらっしゃい。ああ、レイさんですか。すっかり常連ですね。……と、これはこれは教授の大親分。ウチの隊長共々、お世話になってます」


 ウェイターとして俺たちに近寄ってきたのは、ジーニャの部下の犬人間だった。ウェイター服をすっかり着こなして、いかにもカフェっぽい丸形トレーを小脇に抱えている。


「いやいやこちらこそ、ジーニャには助けられてるよ。……ここは、どういう……?」


「大学で働いて得た資金で、同族用の店を開いてみたんです。元々廃墟だったから大きな資金は要りませんでしたし。そうしたら我々の雑食性が活きたのか、色んな種族が来てくれて」


「アタシ好みのブラッドティーなんかも出してくれるんだよ~」


「とまぁ、そんなところです」


 俺は「ほお。それはすごい」と素で感心してしまう。まぁまぁの期間、治安維持と称して暴れていたが、裏でも色々と起こっていたらしい。


「ここいらは大学が近くて、治安がいいですからね。いざとなれば大学に戻って働けばいいっていう安心感もありますし。隊長の言う通り、大親分の言うことを聞いて大正解でした」


「そう言われると照れるな」


「そう言わず。大親分は何を召し上がりますか? レイさんと同じブラッドティーを?」


「……共食いにならない奴で」


「ああ、そういえば大親分は人間でしたね。じゃあ8割はダメだな……」


 人肉屍食っぷりがすごい。別に人間がいくら死のうと俺は気にしないが、食べるのはごめんだ。何か病気になるらしいし。


「コーヒーとかってあるかな」


「ありますよ。じゃあコーヒーにしますか。レイさんはいつもの?」


「うん、ブラッドティーをお願~い」


「では、少々お待ちください。せっかくの天気ですし、テラス席をお勧めしますよ」


連合の癖に『せっかくの天気』とかウケるんですけど~。地下なのにお天気気にするの~?」


「レイさんのブラッドティーは血を抜きでお出ししますね」


「ごめんなさい! 多めでお願いします!」


 間違いなく格下に位置する単なる怪物にも敗北するのだから、レイの煽り芸の完成度にごくりと生唾を飲む。


「レイ、お前プロだよ……」


「教授すっごく不名誉な勘違いしてな~い? もういいから、早くテラス席行こ?」


 少しむくれて、レイは俺の手を取ってテラス席に向かう。ガラス戸を押し開き、木製の足場の小気味よい踏み心地を感じながら、俺たちは木でできた椅子に座る。


 それから、クスクスクス、と俺の顔をマジマジと見つめて、にんまりとした笑顔でレイは言うのだ。


「ねぇ、嬉しいでしょ~。教授、アタシにメロメロだもんね~。デートっぽいことできて、天にも昇る気持ちなんじゃな~い?」


 からかってくるレイに、俺は追及を躱すような返答をした。


「夢が叶ったと思ってる」


 何も躱せてないわ。全部吐露したわ今。


「……教授って、ズルいよね~。耳障りの良い嘘で煙に巻いてさ。優しいのに、底知れないって言うか」


 だが、俺の完全告白がまさか真実とは思わなかったのだろう。レイは唇を尖らせて、僅かに照れた様子でそっぽを向いた。バレてない? バレてないっぽい。よし。何とかなったな。


 俺はまた下手を打って本心をさらけ出しても良くないので、話題を変える。


「そういえば、レイって吸血鬼なのに太陽光を浴びても平気そうだよな」


「だって地球の吸血鬼? とは全然別種だし~。っていうか蝙蝠になったり十字架とかニンニクが嫌いだったりする地球の吸血鬼って実在するの? アタシ見たことな~い」


「そういうもんか……」


 俺、考察wikiとか全く見てないから、『ケイオスシーカー!』の世界観全然分かんないんだよな。怪物って適当に言ってるけど具体的にどうとか全く分からん。


 攻略wikiはメチャクチャ見てたし、何なら最前線プレイヤーとして書き込みまくってたんだけどな。プレイ重点過ぎて世界観は雰囲気しか分からないのだ。


 犬人間ウェイターが俺たちに注文通りの品を置いて「ごゆっくり」と去って行く。それを一礼して見送ってから、俺はくくっと伸びをした。


「いやーしかし、自分でやってたこととはいえ、やっと休日だ……!」


「え? あ、そっか。教授的にはさっきの注文も仕事みたいなもんだもんね~。お疲れ様、教授? ザコザコ人間の癖に頑張ってて、偉い偉~い」


「だろ~? もって褒めてくれ」


「クスクスクス。教授にもザコザコ人間の自覚、出てきたみたいだね~。そうだよ~。人間はとぉっても力が弱いんだから、ビクビクしながら、アタシたちの後ろに隠れてなきゃ~」


 コーヒーを啜る俺の頭を、背伸びしてレイは撫でてくる。俺は、推しに撫でられるという貴重な体験を甘受した。レイ、ナマイキムーブする癖に包容力高くない? 惚れ直すよ?


 そんなことを思っていると「でも~」とレイは街並みを見つめる。


「教授が来てから、本当にガラッと色んなことが変わったよね~。やってることは魔道の探求者って感じしないけど、何か……過ごしやすくなった、っていうか」


 本当に、『教授』って特別なんだね~。レイは、ブラッドティーなる赤い飲み物を啜りながらそう言う。それに俺は、気になって問いかけた。


「……『教授』ってさ、怪物少女たちはみんな知ってるみたいだけど、何なんだ?」


「え~? それ、教授が聞く~? 自分のことじゃ~ん」


「いや、何ていうかさ、どこでどう、どんな風に知ったのかなって。俺は生まれてこの方、教授って存在を知らずになったもんだから」


「ん~? そう言うこともあるんだね。でもなぁ~、う~ん」


 レイは首を傾げて、考えている。それから、こんな風に言った。


「人間には、親がいるでしょ~?」


「え? まぁいるけど」


「で、人間の子供は、親が自分を守ってくれることを疑わないし、いつの間にか知ってるでしょ~?」


「そう、だな」


「アタシたちにとって、教授はそういう感じ~。誰に教わったとか、いつ教わったとかじゃなく、『アタシたちを教え導く存在なんだ』って、何となく知ってるの」


 で、事実そうだった。レイの語りで、俺はまた新たな謎を抱く。


「……なるほど。それは、興味深いな。面白い」


「クスクスクス……、何か今の教授、魔道の探求者って感じ~」


 レイは、また俺をからかうように笑う。―――その次の瞬間、何故だか彼女は呼吸を止めた。


「教授、伏せてッ!」


「ッ!?」


 叫びながら、レイが机をひっくり返し、飲み物をなぎ倒して俺に飛び掛かってくる。


 直後、声が響いた。


「化け物女とデートってか? 人間の裏切り者がよォッ!」


 銃声。しかし襲撃を事前に察知していたレイの方が、襲撃者よりも早かった。


 俺を押し倒して銃撃を避けさせてすぐ、レイは完全に透明になった。一瞬遅れて、二人の襲撃者の首が飛ぶ。


 血の噴水を上げて、タトゥーを掘った男たちが倒れる。だがすぐに「クソッ! 二人やられた!」「警戒しろ! 見えなくても囲んで撃ちまくれば殺せる!」という声が。


 見れば黒塗りの車から、次々に男たちが降りてくる。俺はそれに、ハッキリと俺を付け狙う『敵』の存在を知覚した。


 手が引かれる。見ればレイが透明化を解いて、俺の手を取っていた。


「アタシ一人であの数はキツイから、一緒に逃げよ~っ?」


「そうだな。部隊がそろってれば訳ないが、レイじゃ相性が悪い」


 店の方を見ると、「支払いはいいから逃げてくださいッ!」とウェイターが叫ぶ。俺は「必ず払いに戻ってくるよ!」と叫び返して、レイと共に駆け出した。

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