第23話 キャライベント:レイ2 襲撃とスカートの中

 街の裏路地を走りながら、俺は考えていた。


 敵。俺を付け狙う、明確な敵。倒さねばならない敵だ。でないと、街を歩くのにも仰々しいことになる。最終的には一人で出歩けるくらいの治安にしたいのだ。


 だから、敵は始末する必要がある。根こそぎキレイに、禍根なく、だ。


「レイ」


 二人で素早く駆けながら、俺は尋ねる。


「あいつらの撃ってきた弾、レイを殺せる奴かな?」


「うっ、……かも~。明らかに教授狙ってたし~、ってことはアタシたちが傍にいることは想定済みだろうし~」


 死ぬところだった、というのを思い出してしまったのか、レイの顔色が悪くなる。俺は握られる手を掴み返して、こう言った。


「レイ、安心して。もう二度と、俺が君を殺させないから」


「……教授は、ここぞとばっかり、ズルイよね~。ザコザコ人間の癖に」


 少しだけ頬を赤く染めて、レイは言う。直後「この道ダメかも」と足を止めて、少し戻って違う路地に入った。


「回り込まれた?」


「多分。う~ん、アタシ一人だったなら、透明になってやり過ごせる距離にはなってるんだけどね~」


「ごめんな、俺が足を引っ張ってる」


「ザコザコ人間の教授に、そんなこと求めてないも~ん。教授は、調子に乗っちゃダメ~」


 レイは振り返って、俺に「べ~っ」と舌を出してくる。とことんちゃんと、守ってくれる気でいるのだろう。最初出会った時からは考えられない変化だ。


 ならば、俺は知恵を働かせるべきだろう。土地勘が良ければ、抜け道の一つも知っているのだろうが、俺はこの辺りにそう何度も来ているわけではない。


 どうするべきか。考える。


 単体アタッカーのレイは、一対多人数の戦闘には向いていない。タンクとしての防御力も怪しいから、姿が見える状態で狙われれば割とあっさり落ちるだろう。


 だが、透明化という能力がある。これは非常に強い。今の狭い立地と透明化を生かせば、一対一を繰り返す、という形で敵の殲滅も狙えるだろう。


 だが、その戦法は俺の存在で却下される。マジで俺が要らないな。怪物少女の怪力で屋根の上にでもぶん投げてもらって、透明アサシン作戦で行くか? 怪我しそうだけど。


 ……いや、透明化、という能力はまだ活用方法がある。


 俺は考える。レイが透明化するとき、服まで消える。だがこうして手を繋いでる程度では、俺を巻き込んで透明化はできない。服の内側くらいまでで透明化ができるのだろう。


 そこまで考えて、俺はメチャクチャ馬鹿なアイデアを思いついてしまった。


「……く、くぅ」


 俺は、とても深い葛藤を抱える。そんな俺の様子に気付いて、レイが「教授、大丈夫~? ザコザコ人間の教授一人くらい、背負えるけど~」と気遣ってくれる。優しい。


 ……俺は、レイの優しさに付け込むのか……。


「レイ……。ふたつ、案がある」


「ッ! クスクスクス……! 今回ばかりは、素直に褒めてあげる~! やっぱり頭は回るよね~、教授!」


 レイはパァッと顔色を晴れさせて、俺に言ってくる。やめろ。優しくするな。俺は、俺は……!


 だが、俺は良心が許さなくて、ワンクッション置く形でレイに尋ねていた。


「レイ、君が決めてくれ。どっちの案を取るか」


「え? う、うん……」


「一つは、俺が多分怪我をする上に、レイも少しリスキーな案だ。もう一つは、それよりいくらかリスクが少ないし、俺も怪我をしないが、レイがとんでもなく恥ずかしいことになる」


 どっちがいい? 俺がそう尋ねると、レイは即答した。


「命がかかってる状況で、恥ずかしいとか気にするほどザコじゃないんですけど~! 教授、アタシのこと見くびりすぎ~!」


 いっつも文句を言ったり煽ったりとナマイキなレイなのに、ここぞとばかりにイケメンさを出してくるから、俺の罪悪感は最高潮だ。ごめん。本当にごめん。マジでごめんなさい。


「ほら~っ! はやくその策を言って? もう、囲まれてる始めてるよ~? このままだと、やられちゃうのも時間の問題だよ~?」


「……っ」


 俺は歯を食いしばって、絞り出すような声と共に、こう言った。


「じゃあ、レイ、俺をスカートの中に隠してくれ……」


「は?」




         Δ Ψ ∇




 レイの透明化は、服まで及ぶ。


 恐らく、体を中心にある程度の範囲まで透明化の能力が及ぶのだろう、というのが推論だ。それを逆手に取って、俺はこう考えた。


 ―――レイの服の中に入れば、つまりそのくらい密着すれば、俺も透明になれるのでは?


 となると、選択肢は二つだ。上半身の内側か、下半身の内側。つまりブラジャーかパンツだ。何だこの二択。


 その内、上半身はちょっとリスキーだった。透明化範囲からはみ出て、俺の後頭部とレイの服の胸元辺りがちょうど透明化できない、みたいなことが起こる可能性があった。


 となれば、残るは一択。そう。スカートの中だ。


 と言うことで俺は、しゃがみ込んで例のスカートの中にすっぽり収まっていた。


「……透明化、できてる、ね~……」


「うん……できちゃったな」


 お蔭で空気は地獄だ。地獄だけど天国。俺の目の前にレイの可愛いパンツがある。一緒に透明化すると見えるんだね。新しい発見だハハハ。


「きょ、教授~? 絶対! 絶対目を開けないでね~!? あと、声も出さないこと~! じゃなきゃ、バレて全部おしまいだからね~!」


「はい……」


 と言いつつ、俺は目をギンギンに開いていた。いや、ごめん。無理だわ。多分忘れることが出来ないくらいもう目に焼き付いてる。俺も目を閉じたいけど本能が許さない。


 レイのパンツは、服装に反して結構子供っぽい奴だった。真っ白な布地に小さなリボンの奴だ。服は気張っているのに下着までは気が回らなかった感じ、外見年齢相応感がして良い。


 そう思ってから、俺は罪悪感に震える。くぅ、レイが、レイが恥を忍んで俺を匿ってくれているのに、俺は何を分析しているんだ! 早く目を閉じろ! 早く! ぐぁあああ!


「きょ、教授……! 震えないで~……! くすぐったいから……!」


 ちょっと笑みを含んだレイの声が、上から降りてくる。俺は目を閉じられないから、せめて、と停止した。


 そこで、レイが鋭く言った。


「シッ。来る」


 流石に緊張感が勝ち、俺はパンツを眼前にしながら体を硬直させた。すると、四方から足音が近づいてくる。


「ん? こっちの方に逃げたと思ったんだが、お前ら見なかったか?」


「いいや、こっちの方には居なかったぜ」


「オレもだ」


「おれも」


 俺たちが立ち止まったのは、比較的広い十字路の端だった。四方が建物に囲まれた裏路地。そこで、俺はレイのスカートの中に収まっていた。


「ってことは……クソっ! 上手く逃げられたな。透明になれる化け物女だったよな、一緒に居たのは」


「多分そうじゃね? はぁ~……ボスに報告すんの、かったりぃなぁ~。教授は取り逃がしたけど、化け物女は殺したとか言って誤魔化そうぜ。そうすれば逆に褒められたりしてな!」


「バカが! そんな嘘すぐにバレんぞ! ったく、お前仕事舐めてんじゃねぇぞ!」


「がぁっ」


 追手同士でケンカが始まって、殴打音が耳に届いた。と思っていると、俺の後頭部が押されて、俺はレイのパンツに顔を押し付けられる。


 小さく小さく、レイの「んっ」と押し殺す声が聞こえる。俺はそれに、カッと目を剥いた。


 っ!? レイ!? だ、ダメだってこんなところで……!


 と思っていたら全然違くて、俺の本当にすぐ背後で、男の倒れる音がした。クソぅ! 命がかかってる所為で全然パンツに集中できない! ……いやいや違う違う。逆だ逆。


 俺は様々な意味で極限状態で、自分が混乱していることに気付き始める。真後ろの男にバレたら即死。俺が押し付けられるのはレイのパンツ。アガガガガ。


「テメェ! 何しやがる!」


「お前が馬鹿なのが悪いんだろうが!」


「お前らやめろ! いいから今回は退くぞ。ボスには正直に報告しろ。嘘は吐かない」


 リーダー格なのか、一人の男が一喝してから、他の追手たちは「分かったよ……」「仕方ねぇな……」と揃ってこの場を離れ始めた。


 そうして気配が完全に遠ざかるまで待って、俺は解放された。押さえつけられる手がなくなって、後ろからバタンと倒れる。


 するとスカートの中から出て、俺はレイの顔を拝むことになった。


 レイは、普段真っ白な顔を真っ赤に染めて、泣き笑いの顔で俺を見つめていた。それを見て俺は、忘れかけていた罪悪感を取り戻す。


「きょ、きょきょきょきょ、教授~……? 教授の案が、ハマって、ぶ、ぶぶぶぶ、無事に、やり過ごせた、ね~……!」


「……ありがとうね。俺にできることがあるなら、何でも言うことを聞くよ」


 俺の心は涅槃である。レイがどんな無茶を言おうと、今回ばかりは聞き入れよう。そう思った。


 レイは顔を真っ赤にしたまま、俺を睨みながらこう言った。


「じゃあ、血、吸わせて」


「どうぞ……」


 俺が肩をはだけると、レイはすさまじい勢いで首筋にかぶりついた。だが俺を扱う手つきは優しくて、俺はさらに申し訳なくなる。


 そのまま、しばらくレイはちゅーちゅーと俺の血を吸っていた。俺が少し立ち眩みを覚えたあたりで、「ぷは」とレイが口を離す。


「ふー……満足した~。これでお互い様だからね~! このことは忘れること~!」


「うん。もちろん」


 言いながら、俺は思った。


 ……パンツに顔を押し付けてもらった上に、血を吸ってもらうのは、俺、得しかしてないのでは……?


 けど、それを言うと著しくレイの自尊心を傷つけそうだったので、俺は何も言わずに二人手を繋いで、ユゴス総合開発に戻るのだった。





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