第20話 ユゴス総合開発
夕食後に明日の休みを通達すると、みんながギョッとした顔になった。
「きょ、教授? あの、ダメですよ? 確かに私たちも多少疲れてはいますが、だからと言って教授一人で無理をなさるのはもっとよくありません」
「そうだぞー! オヤブンいっつもウチたちを心配してくれてるけど、一番ムリしてるのはオヤブンなんだからね! オヤブンが休まないとウチたちは休まないぞ!」
「ダニカ、ジーニャ、安心してくれ。今回ばかりは俺も休む」
それを聞いて、みんながほっと胸を撫で下ろす。それから揃って晴れやかな顔になった。その様子を見て、うーむと俺は唸る。
今まで休むようには度々言っていたのだが、俺が休む気がほとんど皆無だったのが見抜かれて、今のような感じでごねられていたのだ。
結果訪れるのは誰も休まないスーパーブラック環境である。俺はAPを無駄にしたくないから休まない。みんなは俺に無理をさせないために休まない。
それがやっと俺が休むと言い出したことで、皆の休みがやっと確定した、という流れだった。よほど疲れていたのだろう。みんなものすごい嬉しそうだ。
それを見て、俺は猛省する。じわじわ育成を進めて、編成できる怪物少女を増やさなければなるまい。でないとこの五人に負担が大きすぎる。
……俺が定期的に休むという考え? いやでもAP無駄にしたくないし、却下かなぁ……。
「あ、それと休みの片手間で、この論文読んでもらっていいか?」
俺が渡した論文をちらと目を通して、ダニカが声を上げた。
「こんなのいつの間に用意していたんですか!? すごい……。私たちの動きが体系的にまとめられてます」
「皆がより強くなるのに役立つかなって思って、戦闘中のことを参考に書いておいたんだ。役立ててもらえると嬉しい」
俺の睡眠時間を犠牲にしてできたものだしな。役に立たないとダメージで立ち上がれない。
「ありがとうございますっ。勉強させていただきますね」
ダニカは実にまじめで、こちらも書いた甲斐があったなぁとほっこりする。妹のパーラも興味深そうにぺらぺらめくっている。他の面々はこぞって嫌な目で論文を見ていたが。
「面倒ですわね……。休みなら休みでゆっくりさせて欲しいですわ。あ、でも内容としては面白いですわね。ふむ」
「お、オヤブン~読まなきゃダメ~? ウチこんなの読めるほど頭よくないよ~」
「アタシもこんなの読みたくな~い」
ジーニャとレイは揃ってジタバタしている。書きながらこの二人には伝わるのかなぁとは思っていたが。
なので当然対策している。
「そう言うと思って、俺の読み上げバージョンもある。そっちはかなり簡単な言葉で説明してるから、寝るときに聞き流すのでもいいぞ」
俺はテープレコーダーを手元で作動させる。すると俺の声が流れ始めた。ジーニャがビクンと反応する。
「……つまり、それを流して寝ると、オヤブンに寝かしつけられてる気分になれるってこと?」
ジーニャの要約に、全員が反応した。
「きょ、教授。私にも一応、テープレコーダーの方もいただきたくてですね」
「折角ですし、わたくしにもいただけます? 安眠できそうですわ」
「べっ、別に教授の声聞きながら寝たいとは思わないけど~、論文読むよりは楽そうだし~」
「ぱっ、パーラも、パーラも、欲しい、です……っ」
俺は思った。何でこの子たち俺のASMR欲しがってるんだろう……、と。
いや別にASMRではないのだが。テープレコーダーだから音質も悪いし。
「まぁ、コピーはいくらでもできるから、いいよ……」
俺が全員分を配布すると、それぞれ小躍りしそうなくらい喜んでいた。俺は釈然としない顔で首を傾げる。
ともかく、そんな雰囲気でみんなに渡すものを渡して、今日は解散という流れになった。
Δ Ψ ∇
さて翌日のこと。俺は朝ゆっくり過ごしていると、とてつもなく気の抜けた格好でレイが食堂で突っ伏しているのを発見した。
「レイ、おはよう。朝っぱらから眠そうだな」
「だって~暇なんだも~ん……。他の皆は全員予定あるみたいだし~……。パーッとお出かけしたかったのに~……」
半分寝ているような声色で、うにゃうにゃと答えるレイだ。確かにレイ以外立場があるしなぁ。
ん? でも似たような立場のジーニャもいないが。
「ジーニャは?」
「あの子は犬人間の手伝いだって~。眷属思いだよね~……」
「レイはそういうことはしないのか」
「あいつらアタシの言うこと聞かないし~……。みーんな好き勝手してるし~。戦争仕掛けるときはついてくるけど~」
「レイ……」
部下、というか眷属からも舐められてるのか、と憐れに思う。確かにジーニャに比べても、前回の戦いでの眷属の集まり悪かったしな。数の差が五倍あった。
「……アレ? 教授? ん……?」
その辺りでやっと俺の存在に気付いたらしいレイが、困惑の顔で俺を見上げてきた。俺は少し思案して、問いかける。
「レイ、今日そんなに暇なら、護衛頼めないか?」
「えっ? いきなり何の話?」
「デートの話」
「デート!?」
やべ、願望が出たわ。
「間違えた。買い物の話」
「あ、ああ、買い物ね……。……教授、アタシとデートしたいの?」
「したい」
まーた口が滑ったわ。
「じゃなくて、レイはアーカム市街に詳しいかなって思ってさ」
「……クスッ。クスクスクス……そんなに意地張らなくてもいいのに~。教授ったら~、アタシにメロメロってことでしょ~? もーしかたないな~」
口を滑らせまくった割にレイは受け入れの体勢で、はだけたパジャマのままくねくねしている。見ようによってはセクシーと言い張れるかもしれない。
「じゃあ、ちょっとオシャレしてくるから待ってて?」
「分かった。レイのオシャレ楽しみにしてる」
「教授は物分かりのいい良い子だね~。じゃあちょっと待っててね? ―――……そうだった食堂って教授来るんだった! このカッコ気ぃ抜きすぎ!」
前半は俺からゆっくりと距離を取りながら、後半はダッシュしながら小声でシャウトしつつ、レイは離れて行った。だが悲しいかな、俺は耳がいいので全部聞こえてしまっている。
「……パジャマ差分、いいな……」
俺は頷きつつ、自分の支度をしに自室に戻った。
それから一時間後、大学玄関で待っていると、何もなかった俺の目の前に、突然レイが現れ、俺に抱き着いてきた。
「ばぁっ! クスクスクス、どう~? 驚いたでしょ」
「心臓破裂するかと思った」
「破裂したら、教授の血全部飲んであげるね~?」
それ割と本望かもしれない。死にそうになったら頼もう。
ということで、スケスケナマイキ吸血鬼の本領発揮。透明化を自在に操って、レイが現れた。
見れば外出用の、可愛らしい赤色ドレスだ。白銀のツーサイドアップに実によく似合っていた。
「本当にオシャレしてきたね。似合ってるよ」
「……クスクスクス、でしょ~! 教授、意外に褒めるのうまいよね~。褒めてあげる~」
レイは実に嬉しそうだ。可愛いね。
「ありがとう。じゃあ行こうか」
「ザコザコ人間の教授が心配だから、エスコートしてあげるね~?」
レイは俺の手を取って、弾むような歩調で進み始めた。一挙手一投足が可愛いぞこのナマイキ怪物少女。クソぅすべてが可愛い。
俺たちは揃ってルンルン気分で街を歩く。以前は物騒で、ほとんど人通りらしいものもなかった道が、ある程度まともな人々が行きかう往来になりつつあった。
「あ、教授。こんにちは。教授のお蔭でこの辺りも平和になりましたよ」
「こんにちは。それは何よりです」
「きょーじゅ! こんにちは!」
「はいこんにちは。この辺りから離れるとまだ危険だから、あまり遠出はしないようにね」
待ちゆく人々から挨拶されつつ歩くと、レイが「思ったより知られてるんだね~有名人じゃ~ん」とクスクス笑う。
「大体新聞の所為だと思うけどな……。アーカムアドバタイザーは誰が書いてるんだ一体」
俺の活動、逐一新聞に載るんだよな。アーカムアドバタイザー。この街アーカムの地域紙だ。でも記者らしい記者に接触した覚えがない。謎に包まれた組織だ。
そんな風に雑談を交わしながら街を歩いて数十分。俺たちは、その建物にたどり着いていた。
見た目はただの雑居ビルだ。中に入ると少し薄暗いものの、日の光が入っている。
俺たちは階段を上って三階にたどり着いた。店の看板がそこには立てられていて、『昼:ユゴス総合開発/夜:Bar・ブレーノ』と書かれている。
……夜になるとバーになるのか。近い内にまた来よう。
そう思いながら扉を開くと、大声で出迎えてくれる者が居た。
「いらっしゃ―――――――――い! 朝は店番、夜はバーテン、脳みそだけだから眠る必要一切なし! 私の脳は24時間営業! ユゴス総合開発へ、ようこそー!」
知っていたが驚きの声量だ、と俺は耳を押さえる。
そこにあったのは、バーカウンターに乗せられた簡易的な表情を示す喋るモニターと、モニターに繋がる水溶液にプカプカ浮かぶ、脳みその姿だった。
わぁ。
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