第19話 怪物少女育成計画

 ゲームにおけるメインクエストは、特に説明もなくぬるっと始まる。


 チュートリアルの延長というか、ゲームとしてのメインというか、ゲームの不文律としてとりあえずお出しされる感じだ。だからとりあえずやる。進めると色々解放される。


 思うに、あれも治安維持ではあったのだろう、と振り返って俺は思う。その必要があったのだ。


 つまりは―――


「アーカム市街の治安、ゴミ」


 俺は人間の警察官とマフィアの銃撃戦を踏み潰してから、ため息を吐いた。


 警察がいるなら余計なことをすべきではないかな、と一瞬思ったのだ。だが様子を見ていると、そういう話ではないことが分かった。


「クソッ! アーカム市警が来たぞ! このイカレどもが! 撃て! 撃てーっ!」


「ギャハハハハハハ! 悪人は皆殺しだぁぁあああああ!」


 どう見ても警察の方が発狂していたので、俺は警察の方から怪物少女たちと共に襲撃した。


 それから、比較的話せるかな、と考えマフィアの方に近づいていくと、今度はマフィアたちが発狂していた。


「来るなッ! 怪物女どもが! こんなところで惨たらしく殺されるくらいなら、少しで傷を負わせて死んでやる!」


 殲滅したのは言うまでもない。


 が、俺はここで、ゲームとは同じ行動には出ないことにした。


 というのも、ゲームでは敵として立ちふさがる連中全員を、怪物少女たちに皆殺しにさせるしかなかったのだ。それも悪手ではないが、俺は殺さない方が良いと判断した。


 何故か? 同じ人間を殺すのは忍びないから? 違う。俺は合理主義かつ平和主義者として、より効果のある方法を選択することにした、というだけだ。


 ―――そう。ある意味では、殺すよりもひどいやり方を。


「よし、全滅させたな。みんなお疲れ。じゃあ一人ずつ起こしてから、正座させてって」


「正座ですか? 教授」


「そうだよ、ダニカ。正座だ。これからこんこんと説教してやる」


 俺は争っていた警察、マフィアたちを全員起こしては正座させていき、暴れようものなら怪物少女たちに鎮圧してもらう、という抑止力を働かせた上で、説教をかました。


 というか分からせた。


「市街で暴れたら教授が来る。市街で暴れたら教授が来る。市街で暴れたら教授が来る。はい、繰り返して」


『し、「市街で暴れたら教授が来る」……』


「よし、脳裏に焼き付けたな。怪我を誰かに聞かれたらこう言うんだ。『市街で暴れたら教授が来る』。俺が来たらどうなるかは、身をもって知ったね。はい君答えて」


「……ボコられて、こんこんと説教される、……されます」


「そうだ。殺されるより恥ずかしいね? 君たちはとても恥ずかしい。こんな若者に武力で鎮圧されて、殺されもせず説教されているんだ。恥ずかしいね?」


 いかにも武闘派です、という顔をしたおっさんたちが、プルプルと顔を真っ赤にして震えている姿は実におもしろかった。このくらいの憂さ晴らしは許されてしかるべきだろう。


 もちろん、そんなやり方は連中のより大きな反発を招く。正座して説教の流れの最中で、恥ずかしさに耐え切れず襲い掛かってくる奴がいない訳がない。


 だが、俺を守るのは頼もしい怪物少女のみんなだ。再制圧も一瞬である。


「クソッ! どこまでもコケにしやがって! 教授! お前なんかなぁ、お前なんか、ウチの用心棒の大先生が来れば一網打尽だ!」


「用心棒~? 何か覚えがあるな……。ミスティック・タトゥーのとこの大ボスだったっけ?」


 刺青を入れたマフィアは、ジーニャに地面に押さえつけられながら叫ぶ。その戯言を聞きながら、俺は首を傾げた。


 マフィアは声を張り上げる。


「用心棒の大先生はなぁ! このアーカムを牛耳る俺たちミスティック・タトゥーの抱える、人類最強格の魔術師なんだぞ! 怪物女を何人も殺してる凄腕だ! お前なんか」


「ジーニャ」


「うん! オヤブン!」


 俺の合図で、ジーニャがマフィアを殴って気絶させる。こういう抵抗する連中は、他の連中の正座刷り込みが終わってから、徹底的に刷り込みコースだ。


 そういった事を、日に少なくとも十回ほど繰り返す。この争いの数でよく住人が死に絶えないな、と思ったものだが、クロ曰く時空が壊れているから、無尽蔵なのかもしれない。


 ともかく俺はAPがなくなって心身ともにヘトヘトになるまで繰り返した。怪物少女たちは怪物なだけあって強靭で、全然疲れていないようだった。


 なので俺はスピリットジュエルを割ってAPを回復させた。


「さぁまだまだやるよ!」


「きょ、教授……? む、無理しちゃダメです……っ!」


「パーラ、いいんだ。俺がやりたいんだ。さぁ行くぞ!」


 ダニカの妹、気弱メイドシスターのパーラに心配されるも、俺はAPを回復すれば元気になるので元気だった。


 進行順はゲーム画面のクエストに従って、順々に難易度を上げていく形式にした。一つ一つ丁寧にステージをクリアすれば、クリア評価が最高になり、報酬が美味しい。


「スピリットジュエルの使い方の一つではあるけど、体の疲労というものがあるのを忘れないようにね。あと魔道研究書類も帰ったら纏めておくんだよ」


 石を割ってAPを回復させる俺を見て、クロがそんな風に苦言を呈した。石割りのAP回復がどんどん効率悪くなる理由が垣間見えた気がした。


 そんな訳で、深夜になるまで活動すると、流石に俺も怪物少女たちも全員疲労困憊になったので、大学に戻った。活動初日の話だ。


 その帰宅後もろもろを済ませ、やっと寝られる、と俺が思っていると、クロに首根っこを掴まれ執務室なる部屋に監禁された。


「何で! 眠いんだけど!」


「マスター、君、自分が魔道研究の第一人者に任ぜられた自覚がないね? 夜が明ける前に怪物少女たちの戦闘について論文をまとめるんだ。それが彼女たちの経験に繋がる」


 俺はハッとした。ソシャゲではキャラのレベルを経験値アイテムで上げるのが通例だが、『ケイオスシーカー!』の場合は教授が自ら書いて生産していたことが判明したのだ。


「ひ、ひぃ~~~眠いよぉ~~~」


「ほら! キリキリ執筆したまえ! 怪物少女たちを守るんだろう!? そのためにあの子たちを強くするんだろう! なら論文をしこたま書くしかないよ!」


 俺はゲームの中で、教授が何故あれだけ書類作業に追われていたのかを理解した。


 そうか……ステージクリアで自動的に得られていたアイテムは、実際は教授が書き残したものだったのだ。それも知らず、俺は「何でセルフブラック?」と首を傾げて……くぅ。


 俺は結局、深夜三時を回ったあたりで論文書き上げた。クロのチェックを経て「本当に農民とは思えない知能をしているね。問題ないよ」とお墨付きを得てそのまま寝落ちした。


 翌朝、結局自宅に帰れなかったみんなと朝食を取りながら、ブリキの運んできた朝刊を読んで俺は吹き出した。


『ミスカトニック大学教授、アーカム市街で猛威を振るう!』


「記事になるのはっや」


 口からこぼれたコーヒーを拭いながら俺が言うと、隣に座っていたダニカが「何が書いてあったんですか?」とのぞき込んでくる。


「あ、ふふふっ、早速載りましたね。あれだけ暴れれば当然かもですけど」


「にしても早くないか? 人死に出してないのに」


「だからこそ、という気がしますが……。ほら、ここ見てください。『影響力のある大学教授が治安維持に乗り出したとすれば、付近の武力組織は動きにくくなるだろう』ですって!」


「おお、これは嬉しいな」


「ですね。ぜひ頑張って続けていきましょう!」


 きゅっ、と握りこぶしを作って、ダニカはブンブンとシスター服の後ろで尾ひれを振っている。格好が邪教のエッチなシスターなのに、振る舞いが清楚で素直なの可愛いな……。


 そんな感じで、俺たちは『我こそはミスカトニック大学である』と名乗りながらアーカム市街を席巻した。


 市街の東に争いあれば、行ってこれを制圧し、市街の西に諍いあれば、向かってこれを鎮圧す。


 お蔭で俺の姿が見えるだけで「教授が来たぞっ! 交戦中止! 中止ー!」と声が上がるほどだ。冷や汗を流して俺の周りに集まる無法者どもに、俺はにっこり笑顔でこう告げる。


「解散してもらえますか?」


 そうするとみんな粛々と帰っていくのだから、実に愉快だった。争いがないのって気分がいいね!


 そんな生活をしばらく送っていたものだから、ゲーム画面に表示される教授レベルも育成物資もそれなりのものになっていた。


 あれ以来、ガチャで排出された怪物少女は余裕があったら回収して蘇生し解放、という流れは何度か行ったが、今のところ部隊メンバーは増減なしだ。絶妙に悩んでいる。


 つまり、まんべんなく育成、みたいな考えで育成物資が足りなくなることはない。


「クロ、育成物資を怪物少女につぎ込んで成長、みたいなのって、現実だとどういう処理になるんだ?」


 夜、ぐったりしたみんなと共に夕食を待っているタイミングで、トイレに向かう振りしてこっそり問うと、クロはこう答えた。


「ああ、論文とか、装備品とかかい?」


「そうそう。普通に渡して問題ないもんなのか?」


「君手製の論文や、発見した魔導書の断片はそのまま手渡しでいいよ。あと、押収したアーティファクト類も必要ならそのままあげていい」


 ちなみに論文が経験値、魔導書の断片やアーティファクトがスキルレベル上昇になる。


 なお全部にお金がかかる。クロ曰く「彼女たちにも時間が必要さ」とのことだ。生活費か……。まぁ治安維持でマフィアたちが献上してくるから割と貯まるのだが。


「基本手渡しで良いんだな。よくない奴はどれ?」


「装備品かな。一応そのままプレゼントして問題はないけど、素材はあるしアップグレードしてから贈った方が楽だと思う」


「アップグレードそのものは俺たちでやるんじゃないんだな」


「そうだね。お金を払って専門家に頼む必要がある。市街の便利屋を訪ねることをお勧めするよ」


「便利屋」


 俺はゲームでの記憶をたどる。ってーと、アレか。ショップ枠のあそこ。


「『ユゴス総合開発』だ」


「よく知っていたね。アーカム市街も君の奮闘で治安がだいぶ回復したことだし、一人付き添いが居れば十分安全に向かえるはずだ」


 確かに最近は、市街の治安も良くなりつつある。とりあえず大学周辺は平和だし、近くの金持ちエリアも、ミスカトニック川を挟んだ商業区も争いが少なくなりつつある。


 ならば、うん。行こう。行く理由があるならば行くべきだ。つまり。


「明日は休みだ――――――!」


 俺が飛び上がって喜ぶと、「誰もこんな、働き詰めになるほどやれとは言ってないんだけどね」とクロが肩を竦めるのだった。

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