第17話 蹂躙談義

 俺の突拍子もない話に、ダニカが戸惑い気味に確認してきた。


「……落とす、というのはつまり、手中にする、と?」


「うん、その通りだよ。俺は見た通りの平和主義者でね。生活圏で争いが絶えないというのは、ちょっと見てられない」


「そ、そこまでは分かりますけど」


「だから、反対勢力は全部潰そうと思って」


「結論が平和主義者の言葉とは思えませんのよね」


 ハミングの突っ込みに「いいや、これ以上なく平和主義だよ」と俺は返す。


「平和っていうのは、誰もが『戦うなんて馬鹿らしい。そんなことをするのは無駄極まりない』って考える状態だ。それに必要なのは圧倒的な暴力と権威だよ」


 で、と俺は続ける。


「多分、それが現状このアーカム市街には存在しない。でも、この大学、ミスカトニック大学は、皆から注目される聖地、権威では少なくともあるんだろ?」


 俺が言うと、ダニカはハッとして「なるほど、確かにこの大学を知らない者はあまりいませんね……」と考える。それに俺は、にっと笑った。


「そうだ。だから、一番難しい『権威』はクリアしている。あとは、暴力で分からせるだけ。ひとまず市街の戦い全部鎮圧して回ろうかなってさ」


「え、え、じゃ、じゃあオヤブン、地下街連合も……?」


 不安そうに俺の膝に触れてくるジーニャの頭を、俺は撫でる。


「大丈夫。そもそも戦ってないなら鎮圧も何もないしね。相手にもよるけど、会話でどうにかなる部分も多いと思ってる。その為の権威でもあるから」


「そ、そっか……」


「だから」


 俺はみんなに呼びかける。


「みんなに手伝ってほしいって言うのは、そういうことになる。今回の騒動で、幸運にも十分な戦力は揃ったし」


 ザコ一掃用の範囲アタッカーにダニカ、ハミング。厄介なボス討伐用の単体アタッカーのレイ。タンクを務めるジーニャ。そしてヒーラーのパーラ。


 ゲーム画面を開いて確認するが、この周辺一帯、アーカム市街はすべて低レベル帯だ。この五人を育成すれば十分に掃討できる。


 ストーリーにはこんなイベントは無いが、そもそも物語るまでもない話だろう。治安維持など、通常クエストの範疇だ。


 特別なことは何もない。ゲームにおける教授としての、一般的な業務に過ぎない。


 俺は、皆に微笑みかける。


「ひとまず、そんなところかな。詳しい話は明日しよう。みんな疲れてるだろうし。ゆっくり休んで、英気を養ってきてほしい。明日はまぁまぁハードになると思うから」


「は、ハード……」


 レイがポカンとした顔で俺を見上げている。俺はにっこり頷く。


「みんなは見た感じ伸びしろの塊だからな。まず育成から取り掛からないと」


 言いながら、俺はゲーム画面を育成画面に移す。うん。みんなレベル1だわ。アイテム集めてゴリゴリレベル上げないと。俺の教授レベルもまだ3だから、頑張りどころだ。


 怪物少女のレベルは、教授レベル以上にはならない。だからまず俺のレベルから上げる必要がある。


 ケイオスシーカーはAP(アクションポイント。この数値だけクエストなど行動できる)消費がそのまま教授レベルになるから、どんどん消費しよう。その為にジュエルも割ろう。


 で、怪物少女は育成アイテムがメインとなる。あれもこれも、と手を回すと足りなくなるが、この五人なら十分回せるはずだ。


 他の怪物少女たちは、また今度改めて回収するということで。☆3キャラなので惜しいところだが、低レベル帯ならここに居るメンツのが強い。育てばまた話が違うんだけどな。


 ひとまずレベルは20程度欲しいところ。その辺りになったら市街は網羅できる。


 まぁ魔術と現実のすり合わせ的にその辺りがどうなっているのかは分からないが、代償を支払えば対価が得られるのはいつの世も変わらない。パワーアップは十分に図れるはず。


「そして、みんなが十分に強くなったら、お楽しみだ」


 俺はにっこり笑う。


「蹂躙しよう」


 みんなの顔が硬直する。


「アーカム市街に恐怖を叩き込もう。誰もがこの大学―――『ミスカトニック大学の教授には逆らってはいけない』と考えるように。俺一人では無理だけど、君たちとならできる」


「ひ、ひぃ……お、お姉さま……!」


「ぱ、パーラ、怯えちゃダメ。きょ、教授は、安心して過ごせる市街にしようって言ってるだけなんだから。……そ、そうですよね、教授?」


「もちろん」


「ひっ」


 ダニカが何故か、俺の笑顔に震えあがる。何でだろう、と俺が首を傾げていると、ハミングが小さく手をあげた。


「あの、教授……。もしかして、三人が殺されたことに、怒ってらっしゃるの?」


「当たり前だ」


 俺が即答すると、みんなの顔に安堵の色が差す。そこで初めて、あ、俺怖がられてたのかと気付く。


「……ですって。三人とも、良かったですわね。あなたたちのために、教授はアーカム市街を塗り替えるそうですわよ」


 恐怖の色が、瞬時に憧憬に変わる。俺はそれに少しむず痒くなって、渋面で「ハミング」と呼ぶ。


 しかしハミングは、肩を竦めた。


「明日からこき使われるのでしょう? 乗りかけた船ですから致し方ありませんが、このくらいは許してくださいまし」


「オヤブ~ン!」「教授~!」


 俺に抱き着いてくるジーニャ、レイの二人にはにかみながら、俺は「ハミングには敵わないな」と嘆息する。

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