第16話 平穏無事を喜んで
とりあえず用事も済んだし、こんなところに長々といるのもなんだから、と俺たちは大学に戻っていた。
「あのっ、教授。今日は本当に、本当にありがとうございました!」
「うん、うん、もう十分だから、そんな何度も言わなくても」
大学の食堂。そこで俺は、涙目で何度も何度も腰を折るダニカを諫めていた。
「私、教授の話を聞いて、本当に後悔して……大切な妹が死ぬところだったなんて。それを助けていただき、本当にありがとうございましたっ」
「うん。どういたしまして、ほら、そろそろ顔をあげて。な?」
そう言っていると、ダニカの後ろから、ダニカより頭一つ分ほど小さな少女が現れた。
「あ、う、え、えと……」
「ほら、パーラもお礼を言って」
「ぱ、パーラって、言います……! あの、あのあのあの、ぱ、パーラの命を救ってくださって、ありがとうございました……っ!」
パーラはそう言って、深々と頭を下げた。それに俺は、「できることをしただけだよ」と謙遜する。
パーラ。ダニカの姉妹の、末の妹。
ダニカの灰色の髪色とは違う、茶髪のボブカットをした少女だ。垂れ眉に気の弱さが表れている。
頭にヘッドドレス、手首には貝殻の小洒落たブレスレット、『D』マークが入ったメイド服を着ている。
そして例によって、尾ひれが服の下で揺れていた。可愛いね。姉妹みんなこうなのかな?
スキルは全体的に回復という感じだ。全体回復が特殊スキルで、個別回復が通常スキル。パーラがいると連戦でも疲弊しない粘り強さが部隊に出てくる。
そんなヒーラー気弱メイドシスターなパーラは、自己紹介とお礼だけ言ってまたダニカの後ろに隠れてしまった。チラチラと俺を覗いては隠れるを繰り返している。
そうしていると、ジーニャ、レイの二人が俺に突撃してきた。
「オヤブン! オヤブンオヤブンオヤブン!」
「教授~~~!」
「うおお何だ何だ」
二人とも俺に抱き着いて見上げてくる。
「オヤブン、ありがとなーっ! し、死ぬところだったっと思って、あ、後から怖くなってきて……」
「あ、アタシは別に怖くなってないけど~! で、でも、命を救われたんだから、こ、このくらいのサービスは必要かな~って」
言いながら、どちらも震えている。恐怖。二人の恐怖は、というか俺の『三人は死ぬはずだった』という言葉がここまで信じられているのには、理由がある。
帰ってくる道中で、一応三人にそれぞれの遺灰を渡しておいたのだ。キャラ専用の強化素材でもあるから、一度見せておいた方がいいだろう、という判断だった。
それを見て、遺灰を受け取った本人たち全員が、『これは自分の遺灰である』と直感したのだと言う。特にジーニャは、少し口に含んで確かめていた。
『……これ、ウチだ。本当に死んだんだ、ウチ』
出会ってから常に元気いっぱいだったジーニャの、その沈鬱とした言葉は、あまりにも真実味に帯びていた。
結果として、三人からは妙に好感度を稼いでしまった、と言うのが今回の顛末になる。いや、嬉しいけどね。それ自体は嬉しいが、ショッキングな過程を経ているので少し疲れている。
ともかく、俺は抱き着いて震えている二人を撫でておく。ジーニャは「ゴロゴロゴロ……」と猫みたいに喉を鳴らし、レイは「と、特別に撫でさせてあげる~」と目を細める。
完全に気を許してくれている二人に嬉しくなった俺は、「さて、みんな」と休憩室に居るクロ以外の五人に語り掛ける。
つまりは、ダニカ、ハミング、ジーニャ、レイ、パーラの五人、ということだ。クロはどっか行った。
「まず、ダニカとハミング、今日は手伝ってくれてありがとう。お疲れさまでした。この後は特にないから、今日は家に帰ってゆっくりしてくれ」
俺が言うと、それぞれ礼を返してくる。次に、と俺は蘇生させた三人を見た。
「三人も、今日は大変だったな。疲れてるなら、大学で一泊していってもいいよ。幸い寝床も食堂もあるから、快適に過ごせると思う」
「オヤブ~ン……優しい……」
「ありがときょうじゅ~……」
「一気に気が抜けたな二人とも」
俺たちにボコられたり、死ぬところだったと教えられたりで色々疲れがたまっているのだろう。これからは優しくしなきゃ。甘やかそう。
「ぱ、パーラは、ご迷惑、お掛けしたくない、ので、お、お姉さまと帰ります……」
「うん、その方が良いな。身内とゆっくり過ごしてくれ」
それで、と俺は続ける。
「明日、良ければまた来て欲しい。ちょっと重要な話をしたくて」
俺が言うと、みんな一様に顔に疑問符を浮かべた。それに俺は、「ああ、ごめん。重要って言うと少し語弊があるか」と苦笑する。
「ただ、ちょっとしたいことが出来たってだけのことなんだけどな。それに協力してくれると嬉しいなって、それだけだよ」
俺が言うと、まずダニカが背筋を伸ばす。
「分かりました! 明日も伺いますね。パーラは、疲れてるかもしれませんけど」
「う、ううん……! パーラも、行く、よ。教授のお力に、なりたい、です」
姉妹は何とも健気に言ってくれる。泣かせる構図だ。俺は礼を言う。
次いで声を上げるのはハミングだ。
「わたくしも問題ありませんわ。大仕事になりそうですし、上に暇を要請しておきます。公演の予定などもしばらく先ですし、多少は大目に見てもらえると思いますわ」
そうか、歌姫か、とハミングを見て思う。ハミング、天空都市ではかなりの重要人物で、アイドル兼姫様なんだよな。普通ならこんな軽々しく会える相手ではないのだ。
「い、忙しいならいいんだぞ? 無理をさせる気はないし」
「あら、今更遠慮ですの? でもお断りですわ。少し目を離すと、教授ったら危なっかしいんですもの」
からかうように流し目を俺に向けてくるハミング。俺はこれ以上遠慮する方が悪いか、と判断して、ハミングの申し出をありがたく受け入れることにした。
「わざわざありがとな。頼りにしてるよ、ハミング」
「……。で、でしょう? もっと頼りにしてくださいまし。ふふ、うふふふふ」
ハミングは実に嬉しそうに笑っている。可愛い。ダニカとパーラがそれを冷たい目で見ている。ああ、そうか。二人揃って海上都市か……。
さて、と俺に抱き着く二人に視線を下すと、二人揃って涙目で俺を見上げていた。
まずジーニャが言う。
「オヤブンの言うことは! 絶対!」
忠犬ジーニャと化していた。可愛いので一撫でしておく。ゴロゴロと喉を鳴らしていた。猫だったわ。どっちだよ本当に。
次に口を開いたのはレイだ。
「ま、まぁ!? い、命を救われた? わけだし~……ザコザコ人間の教授の命も一回くらい守ってあげてもいいかな~って」
照れ気味に憎まれ口を叩くレイに、俺は苦笑する。キャラの性格を知っている身としては『らしいな』というところ。
が、それが通じるのは俺だけだったようだ。
『は?』
「ひっ」
あ、ダニカ、ハミング、ジーニャの逆鱗に触れた。
「今、教授を何と言いましたか? ザコ? 教授が? どの口で?」
「市街の木っ端怪物がよくもまぁ大きな口を叩けたものですわね。もう一度死んでおいた方が殊勝になるのではなくて?」
「オヤブンのことバカにしたな? 分かった、今までのウチが手ぬるかったんだな。次はガチ戦争仕掛けてやるから覚悟しろ」
「ひっ、ひぃ~~~ん……」
三人の実力者から一斉に睨まれ、レイが涙目で「きょっ、きょうじゅ~……!」と泣きついてくる。可愛いなぁ~レイ。美味しいな~レイ。
仕方がないので、俺は庇ってやる。
「三人とも、落ち着いて。この子はつい憎まれ口を叩いちゃうだけだから、目くじら立てないであげてくれ」
「「「……」」」
三人ともすごい目でレイを見つめて、それぞれ「教授がそう言うなら……」と引き下がった。
レイは白銀のツーサイドアップを振り乱して「ありがどお゛お゛お゛」と泣いている。吸血鬼らしい外見の高貴さは灰塵と帰したようだ。
俺はその頭をポンポン叩いて慰めていると「それで」とダニカが言った。
「教授は、一体何がしたいのですか?」
「ああ、そうだね。今の内に話しておこうか」
俺はジーニャとレイの二人をそろそろ離してから、近く椅子に腰かけ、足を組んだ。少し大それたことを言うから、威厳が必要だ。
声のトーンを落として、俺は言う。
「この大学の周辺市街……アーカム市街を、今の内に落としておこうかなって思ったんだ」
それに、全員が目を丸くする。
―――――――――――――――――――――――
New!
名前:パーラ
所属:海上都市ルルイエ/インスマウス教会
あだ名:気弱メイドシスター
外見: 茶髪のショートにヘッドドレス、『D』マークが入ったメイド服を着た小柄な少女。貝殻のささやかなブレスレットをつけ、内気そうに垂れ眉でいる。スカートの端から尾びれが揺れている。
特殊能力:『お、お魚の、料理です……!』:設置型の弁当箱を用意し、反応範囲の味方全員を回復する。リジェネ効果あり。
通常能力:『こ、これ、食べてください……!』:一定時間、最も体力の低い怪物少女を回復させる。
攻撃属性:闇(☆2以上で解放。解放前は『物理』)
防御属性:混沌(☆3以上で解放。解放前は『物理』)
イメージ画像
https://kakuyomu.jp/users/Ichimori_nyaru666/news/16817330658680687475
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