第15話 悲劇の霧よ、晴れよ
レイというキャラを意識したのは、とあるイベントがきっかけだった。
まだそこまで深く『ケイオスシーカー!』にハマっていない時期、俺は何となく他のソシャゲ同様に『ケイオスシーカー!』のイベントを走っていた。
その時、イベントのステージ選択画面で、泣き顔のレイがこちらに語りかけてくるのだ。
『きょっ、きょきょきょ教授~……? ここ、今回も、なっ、何とかなるよね? してくれるよねっ? 意地悪言わないでよ~何でもするから~』
俺は当時、レイのキャライベントを一話だけ見て放置していて、生意気なキャラというイメージしかなかった。だから、こんなヘロヘロな声出すのか、と思って続きを見た。
レイのイベントは、二話からが本番だった。
やらかしの規模がどんどんとデカくなっていき、その度に比例してひどい目に遭っていく内容は、実に笑った。
最初は教授をからかうだけだったのが、次は街のマフィアをからかって追われ、怪物少女に悪戯を仕掛けて反撃にギャン泣きし、果ては大物に殺されかけ教授に助けられるのだ。
その助けられる度に教授に懐いていく様子が可愛くて、ロビー画面に待機させては突いて遊んでいた。
『教授はザコザコ人間だから~、今襲ったらアタシ相手でも負けちゃうもんね~?』
『……えっ? ザコだから、次にアタシが困ったときは助けきれないかもしれない……?』
『やだ~! やだやだやだ~っ! 意地悪言わないでっ! 謝るから~!』
立ち絵の泣き顔が普段の顔の綺麗さに反して実に汚くて、それが妙に愛おしかったものだ。
……前世の俺は日常生活が本当につまらなくて、レイはそんな俺に生きる活力を与えてくれる、大事な推しキャラの一人だった。
―――霧が晴れる。まだ生きているレイが、やってきた男たちの銃口に目を丸くしている。
「二度と、殺させるかよッ!」
俺は霧を払うと同時その銃身を掴んで、弾道を逸らす。銃声。放たれた散弾が、壁を崩す。
「わっ! なになになに!?」
「ジーニャ! 敵だ! 消耗してるところ悪いが、レイの縄を解いてくれ!」
「えっ!? い、いいの!? さっきまでオヤブンを殺そうとして」
「いいから! レイもこの非常事態だ、協力してくれ!」
「えっ!? う、うん。っていうか、アタシ別に、人間の散弾食らったくらいで別に死なないのに、大げさじゃ……、っ!」
レイはそこまで言って、痛みに言葉を途切れさせた。見れば、腕に散弾の一つがめり込んでいる。貫かれ、血を流している。
「……え? 血……? な、何で? い、いた……」
「二人とも油断するな! こいつらは二人を殺せる銃で武装してる!」
「「―――――ッ!?」」
二人が状況を理解する。それと同時だった。
「テメェ! よくも怪物女殺しを邪魔しやがったな!」
全身が筋肉でできたような巨漢が、銃身を掴む俺を振り払った。それから銃床を俺めがけて振るおうとする。
だが、それを許さないものがいた。
「教授に、何をしようとしましたの?」
巨漢の動きが、不自然に止まる。他の男たちもだ。「なん、だ……!」「身動きが、とれ、ね……」と全身を力みに振るわせて、硬直している。
カツカツと足音を立てながら近寄ってくるのは、ハミングだった。
「人間ごときがわたくしたちを殺そうとするのも不遜ですけれど、事もあろうに教授を手に掛けようとしましたの? ああ、それはそれは、なんて無知。賢者に対するなんて冒涜」
ハミングは目を細めて、ひどく冷たい軽蔑の目で、男たちを見下した。
「その無知、万死に値しますわ」
男たちは宙に浮き、壁に強く叩きつけられた。パァンッ! と弾けて、瞬時に血と肉に変えられる。
その血が、俺を除くジーニャとレイに思い切りかかった。俺は不可視の触手に守られて血を被らずに済む。
文句があるのは血を被った二人だ。
「わぷっ! ぺっぺっ! もーハミング! だっけ? ウチは人間も食べるけど、人間の血肉に溺れたいわけじゃないぞ!」
「こっちも~! せっかく自由になったのに、服が血で汚れちゃったじゃ~ん!」
ぶーぶーと文句を言うジーニャとレイに、ハミングは微笑んで言った。
「目の前の教授も守れないようなグズに、どうして気を遣ってやる必要がありますの?」
「……オヤブンごめんなさい!」
「は~? た、確かに何か助けられたっぼい感じだけど~、べ、別に元々は敵だった訳だか、ら……ごめんなさい何でもないです宙に浮かせるのやめて!」
ジーニャは即涙目で俺に謝ってきて、レイは言い訳をしていたら不可視の触手に捕まれ涙目でハミングに謝る。
そんな様子を見て、一旦二人の死の運命は避けられたものだと理解する。愛らしく戯れる三人。その姿に、二人の死なんかなかったものと信じたくなる。
だが依然として、俺の手には三つの遺灰があった。あの悲劇はすでに起こったのだ。
俺は歯を食いしばり、三人に言う。
「まだだ。まだ、終わってない」
「はい? どうされまして? 教授」
キョトンとする三人に、俺は言う。
「ハミング、それにジーニャ、レイ。俺たちはまだこの場で怪物少女を救い切れてない。最後の一人がいる。ダニカが探しに行った妹だ」
息継ぎをして、俺は三人に頭を下げる。
「頼む、手を貸してくれ。一秒一分を争う状況なんだ」
俺の態度に、三人が動揺する。ジーニャが「お、オヤブンの言うことは、聞くけど……」と頷き、レイも「まぁ、今助けられたお礼くらいは、してもいいかな~」と目をそらす。
そんな中、ハミングが俺に問いかけた。
「……随分と、必死ですのね。思い入れと言う以上の何かを感じますわ。それに、先ほどのとっさの動きも違和感があります。――――何を知りましたの? 教授」
俺は頭を上げ、答えた。
「ジーニャ、レイ、それにダニカの妹の死を、俺は目の当たりにした。それを、魔術でなかったことにして、今俺はここにいる」
「「!?」」
死ぬはずだったと言われたジーニャとレイが、目を剥いた。一方ハミングは「なるほど。本当に底知れないお人」と頷き、口を開く。
「分かりましたわ。海上都市の者を救うのには抵抗がありますが、他ならぬ教授の頼みを断るほど、わたくしも無粋ではございません」
「っ! ありがとう、ハミング。それに二人もありがとう。ダニカの妹はあっちだ」
俺はクロに渡されたメモの内容を思い出しながら、走り出す。
Δ Ψ ∇
たどり着いたとき、すでに状況は佳境だった。
「へへ……追い詰めたぞ怪物女ァ……!」
数人のマフィアらしき連中が、銃を片手にダニカの妹を取り囲んでいた。街中でも、入り組んだ先の袋小路。そこで、壁を背に震えるダニカの妹がいる。
「ひ……! た、助けて、助けてください」
「ハハハハハッ! 聞いたかおい! 怪物女が『助けて~!』だってよ!」
「お前らが人間を襲うんだろうが! 分かんねぇか!? これは正義なんだよ! 化け物狩りをして人間が襲われない世界にするっていうなぁ!」
ゲタゲタとマフィアたちが笑っている。下卑た笑いだ。クソのような愉悦だ。こうやってかつてダニカの妹が殺されたのだと思うと、ハラワタが煮えくり返る。
激昂するのは俺と、もう一人。
「あなたたちは、何をしているのですか?」
来る途中で拾ってきたダニカが、ひどく冷静な声でそうマフィアたちに投げかけた。とっさに振り替えるのがマフィアたちだ。俺たちのメンツを確認し、慌てて銃を構える。
「なっ、何だテメェら!」「ど、どういうことだ……? 何で怪物女がこんなに集まってやがる」「お前ら敵対してたんじゃねぇのかよ!」
マフィアたちがやかましくギャイギャイと喚きたてている。それに、ダニカがこう言った。
「私は問いました。あなたたちは、何をしているのですか? と」
その、あまりに冷たい声に、マフィアたちが言葉を詰まらせる。
「な、何って」
「そこにいるのは、私の妹です。ここには、買い物に行かせただけのつもりでした。ですが、まさかこんなにも長引くとは、と心配していたらこれです」
「く……! う、うるせぇぞ怪物女が! インスマウスの魚くせぇ化け物女は」
連中が引き金を引く手に力を籠める。同時俺は、スキルを発動させた。
勝ち誇ったように、マフィアたちが引き金を引く。
「こうだぎゃっ」
空中から現れた魔法陣。そこから放たれた氷塊に、マフィアたちは吹っ飛んだ。銃を持つ腕が千切れるなんて序の口だ。
銃弾はあえなく氷塊に弾かれ意味をなさず、あるものは腕をちぎられ、あるものは下半身をなくした。
たまたま運よく氷塊を食らわなかった一人が、青ざめた顔で半ばからへし折れた銃を見つめている。
「いいや、不運にも、か」
俺は近づきながら、奴らに話しかけた。
「なぁ、殺すはずだった相手に殺される気分はどうだ? 最悪だよな。ああ、そうだ。いきなり襲われて殺されるってのは最悪だ」
「い、いでぇ、いでぇよぉ……!」
「ジーニャ」
「うんオヤブンっ! 死ねクソマフィア!」
ジーニャの蹴りで、氷塊に胴体を地面に縫い付けられたマフィアが首を蹴り飛ばされる。
「だから、俺も最悪の気分なんだよ。仲良くなった怪物少女を目の前で殺されて、仲間面されるなんて最悪極まりない。本当に、本当に悪い気分なんだ」
「う、腕が、俺の腕がぁ! 血が止まらねぇよぉ……! これ、どうすりゃいいんだよぉ……!」
「ハミング」
「うるさいですわよ」
不可視の触手が、腕を失って血を垂れ流すマフィアを叩き潰す。
「だからさ、こういう気分の悪さっていうのは、その気分の悪さの原因で、晴らすしかないよな」
「ま、待ってくれ、たの、頼む、た、助けてくれ……!」
唯一傷を負っていないマフィアが、腰砕けになってその場に崩れ落ち、額を地面にこすりつけて俺にすがる。
俺はその手を蹴りはらって、ただ静かに、名を呼んだ。
「ダニカ」
「ありがとうございます、教授。―――海上都市を敵に回すという意味を教えて差し上げます」
ダニカが異形化させた巨大な手で、片手でマフィアの襟首から持ち上げる。無傷のマフィアは「助けてっ、助けてくれぇっ!」と泣き叫びながら俺を見る。
俺はにっこりと笑って言った。
「殺そうとした相手がそう言った時、お前はどうした? それと同じことをしてやるよ」
「え……」
マフィアの顔から血の気が引いて、色を失った。全身を震わせ、ひきつった顔で俺を見ている。
「確かお前は―――笑ってたな?」
「やっ、違うんだ! たすけ、助けてく」
「ハハハハハハ!」
ダニカが最後のマフィアを、そのカギ爪で八つ裂きにした。その無残な最期を見て、俺は悪辣な作り笑いを引っ込め「ふぅ」と息を吐く。
「お前らの死に様なんか面白くもなんともないが、多少の留飲は下がったってとこか。―――ほら、ダニカ、迎えに行ってあげて」
「はいっ!」
ダニカが壁に追い詰められていた妹へと駆け寄っていく。「パーラ!」「ダニカお姉さまっ!」と二人は抱き合い、涙ながらに無事の再会を喜んでいた。
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