第14話 捜索の魔術

 二人の怪物少女を確保して、俺はホクホクだった。


「初手出会いの物語を味わえるだなんて、なんて現実は豪華なんだ……。キャラによってはゲームにも存在してなかったのに……」


「……ハミング、教授の言っていること、分かりますか? 私には少し難解で……」


「さぁ? というかダニカ、あなたもしかして教授が結構な変人だってことに、まだ気づいていませんの? イチイチ意図を気にしていたら、ストレスで鱗が剥げますわよ」


「剥げませんよ! 失礼な!」


 尾ひれを逆立たせて憤慨するダニカ。スリットの所為で、マジでそろそろパンツ見えそう。ずっと見えそうで見えない動きしてるダニカ。


 という下心満載の考えを俺は押し殺して、俺はジーニャとレイの二人に目を向けた。


 ジーニャは適当な塀に腰掛け、足をぶらぶらさせている。一方まだ反抗的な目をしているレイは、縄でぐるぐる巻きにして地面に転がっている。


 あの後、逆襲されても馬鹿らしいから、とスケスケ吸血鬼たちを縛って部屋の中に転がしておいたのだ。すると意外に数が多いしデカイしで、足の踏み場がないと廊下に出ていた。


「さて、これで三人中二人がそろったってとこだな」


「オヤブン流石!」


「一体全体なんなのも~……。反省したから縄解いてよ~」


「一応全員揃えてからな。ジーニャは信用できるけど、レイはまだ裏切りそうな気配がするから」


「にゃは、聞いた? 聞いた? ウチのこと信用してるって!」


「ウザ~……。っていうか何? 地下街連合の『貪欲』さんともあろう怪物が、人間なんかにしっぽ振ってんの?」


「しっぽないぞ。犬じゃないからなっ!」


「まぁ確かに犬か猫か分かんなかったけど~」


「どっちでもないやい!」


 俺は二人のやり取りをほっこりしながら眺めつつ、首を傾げた。


 というのも、ガチャらしい感じがしなかったからだ。確かに場所は分かったが、その時点で従ってくれる雰囲気はまったくなかった。


 ジーニャは成り行きで好感度を稼いだから従ってくれているが、レイはそうではない。俺と二人きりになったらここぞとばかり殺しに来るだろう。


 となると、やはりこう、ガチャっぽくないのだ。所有物、というと言葉が悪いが、ガチャで当てたキャラというのは絶対的な味方で、裏切りかねない存在ではない。


 だから、何だか違和感が付きまとっているのだ。まだガチャの行程すべてを踏めた、という感じがしない。


 事実、まだ、ガチャに使ったはずの石は減っていなかった。


 そんな風に思っていると、ダニカが近づいてくる。


「あの、教授? 三つ巴の戦いも一旦収束しましたし、少し私の妹を探してきていいでしょうか?」


「ああ、うん。その話をしようと思ってたんだ。これ」


 俺はクロから受け取ったガチャ結果の場所のメモを取り出し、ダニカに渡す。


「俺の魔術で、ここに居るって結果が出ててさ。参考になると思う」


「ありがとうございますっ。ありがたく見させてもらいますね」


 俺からメモを受け取って、ダニカは小走りで去って行った。その様子を見送ってから、俺は「そういや、この周辺ってことだけ覚えて、ほとんどメモ見なかったな」と懐を探る。


 取り出すのはジーニャとレイのメモだ。恐らく『ここに行けば会える』という情報だろうから、ジーニャは屋上、レイはこの後ろの部屋でも書かれているのだろう。


 そう思ってメモを確認すると、何故か二人の場所は、まったく同じ内容だった。


「……二人ともここだ」


 何で? と思う。首を傾げる。


 その時だった。


「死に晒せッ! 化け物どもが!」


 大きな銃声が上がって、俺は肩を竦ませた。何だ何だ!?


「おい兄ちゃん! 人間だろ!? 危ないところだったな」


 俺はガタイのいいタトゥーの入ったおっさんたちにいきなり肩を組まれ「え、何ですか。誰?」とキョトンとする。それから視線を戻して、愕然とした。


「……え」


 ジーニャとレイ。二人が、頭から血を流して倒れている。


「だっ、だいじょう、ぶ……か……」


 俺は咄嗟に二人に取り付いて、怪我を心配した。怪我。あくまで怪我だ。怪物少女は銃なんかで死ぬほど柔じゃない。だから怪我をしたんだと思ってた。


 けど、二人はピクリとも動かなかった。まるで目がガラス球になってしまったかのように虚ろで、焦点が合わなくて、それで。


「ハハッ、まさか俺たちをアレだけ苦しめた賞金首の化け物どもが、こんなところに揃っていやがるとは。得したぜ」


「だなぁ! 特にこの新型の弾! 小物の怪物なら簡単に殺れちまう!」


「っていうか、おい! おいおい兄ちゃん! 気色悪い吸血鬼のトップを縛ったの、兄ちゃんか!? これはお手柄だぜ! ボスが大金支払ってくれるぞ!」


 おっさんたちが、尊敬と喜びに満ちた声で俺を持ち上げてくる。だが、そのすべてが上滑りして聞こえていた。


 俺の中で渦巻いているのは、ただ疑問だった。非現実感が、俺の身体を持ち上げてふわふわと浮かせているみたいだった。地面に座り込んでいるのに足が地面に付かないような。


 そんな、感覚。


「え、何、で」


 俺の声は震えていた。二人は揺すっても揺すっても反応する様子はない。動かない。瞳孔は開きっぱなしで、脈もなくて、そんなって。


 だって、俺。怪物少女が不幸な目に遭うようなの、防ぐために、え。


「おい兄ちゃん。どうした。顔色が悪いぞ」


「っ! おい見ろ! そっちの黄色い女、この辺りにしては妙な見た目じゃねぇか? もしかして、化け物女なんじゃ」


「気を付けろ! お前ら! 銃を構えろ!」


 おっさんたちがハミングに銃口を向ける。ハミングは何ら興味のない目でおっさんたちを見て、腕を抱えている。


「おいそこの黄色女! お前は何者だ! 所属を言え!」


「―――教授、どうなさいますの? 人間が茶々を入れて、お目当ての二人が死んでしまいましたが」


 死。死んだ。ハミングの言葉が頭の中でガンガンと反響している。


 体に、力が入らない。


「女! 答えろ! でなきゃ撃つぞ! 聞いてんのか! おい!」


「教授」


 俺たちの周りで野太い怒声が響く。ハミングは冷静さを保ったまま、俺に尋ねる。


 俺から、抑揚のない声が上がった。


「ハミング、こいつら全員、頼んだ」


「ええ、仰せのままに、教授」


 不可視の触手が、男たちを蹂躙する。


 血が飛ぶ。悲鳴が上がる。だがそのすべてが上滑りしていて、俺の耳からは遠く聞こえた。


 俺は震える体を屈ませて、二人の亡骸を見る。何で、どうして。ぐるぐる、ぐるぐると、そんな言葉が巡っている。


 そこで、声が降ってきた。


「落ち着いて、マスター。まったく君は、実に数奇な運命を辿っているね」


「……クロ」


 俺の横から、クロが現れた。クロは優しい微笑みを浮かべて、俺の肩をそっと手で包んでくる。


「君は情熱だけで前に前に進んでしまうから、説明する暇がなかったじゃないか。ちゃんと人の言うことは聞くものだよ」


「クロ、俺、二人を、し、死なせ」


「まずは、スピリットジュエルを手にするんだ。思い浮かべるだけでいい」


 俺はクロが言うままに、スピリットジュエルを想起した。手の中に出現する。自然に、スピリットジュエルが砕ける。


 それで、意味の分からないことに、俺は安定した。


 衝撃も悲しみも残したまま、動揺を失った。


「……く、クロ? これ、何だ? やばくないかこの石」


「それがスピリットジュエルの役割だからね。直訳して『精神宝石』。君の正気を保つためのものだ」


 次に、とクロが言う。


「二人に、触れてあげるんだ。二人は、君に見つかりたがっているよ」


「……。分かった」


 今は、クロに従おうと思った。俺は二人に触れる。すると、二人の怪物少女たちは瞬時に燃え尽きた。


 まばたきの間に炭となり、その直後に灰となって舞い上がった。どこからか現れた小さな袋が空中に浮かんでいて、その中に灰が収まる。


 それが、二つ。


 俺は、ジーニャとレイの遺灰を手にする。


「……」


 スピリットジュエルで混乱は治まったが、それでも『ここからどうするんだ』という気持ちがある。だが、クロは余裕そうだ。俺が「クロ」と呼ぶと、クロは肩を竦める。


「そう焦らないで。まだ一人、残っているだろう?」


「あと、一人……?」


 その時、「教授……っ」という泣き声を俺は聞いた。


 クソ人間たちの血と肉片でドロドロになった道の奥から、涙を流すダニカが現れた。その腕の中には、ダニカによく似た少女が、真っ青な顔でくたりと力を抜いている。


 俺はダニカに近寄っていき、その腕の中の少女を見た。ダニカの妹。確かに、息絶えている。


「い、妹、が。わ、私、こんなことになるなんて。この子は、頑丈で、人間の武器なんかじゃ、怪我なんかしないはず、で」


 ダニカはボロボロと涙を流して、ほとんど自失状態にあった。その悲惨な姿に、俺はダニカの妹に触れた。


 瞬時に彼女は灰になる。遺灰袋の中に納まる。その、あまりの小ささに俺は息を呑み―――また、スピリットジュエルが砕けた。


 これで、三連分。


 人数分の石が、失われた。


「よし、そろったね」


 クロがそう言った瞬間に、周囲の景色が停止する。


 色を失い、世界が白黒に染まる。その中で唯一俺とクロだけが、色を持ったまま動いている。


「マスター。いい機会だから、ここで明言しておこう」


 言いながら、クロが俺の正面に回り込む。


「これが、この世界だ。怪物少女は悲劇の運命の中にある。死と破滅。彼女らはこの世界を包み込む魔道の渦中だ。その運命が幸福であるわけがない」


 知っていたことだ。だが、覚悟しきれていなかった。ここは鬱展開ソシャゲの『ケイオスシーカー!』の世界だ。けれど、こんなあっけなく。


 だが、とクロは続けた。


「だが、君は違う。マスター、君だけはそうではない。この魔道の研究者である教授の君は、この運命に抗うことができる」


「……抗うって、どうするんだ。もう、三人は死んだぞ。ここから、どうやって」


「過去に戻る」


 クロは笑う。


「この世界は魔道にのまれる過程で、時空が壊れたとされている。本来なら避けねばならない時空の猟犬どもも、君を嗅ぎつけることは出来ない。だから―――」


 チックタックと、クロの時計の髪留めが左右に揺れる。


「心置きなく『すでに起こった悲劇』を、無かったことにしてしまうと良い」


 俺の心臓が、高鳴る。ここから、ここから取り戻せるというのか。三人を。死んだ怪物少女たちを。


「幸いにして、君に伝授した魔術の中には、時空に干渉する魔法がある。未来視をする『闇覗きの魔術』に、過去に干渉する『霧払いの魔術』」


 クロの左右の手に、闇と霧がかかる。クロはその二つを握りつぶす。闇と霧が散っていく。


「この二つはこれから起こる、あるいは起こってしまった悲劇を依り代に、その運命の分岐点にマスターを誘う」


「どうすればいい」


「アハ! 簡単さ。呪文と記憶、そしてその遺灰。この三つがあれば、時空はその場で歪み狂う。遺灰を握り締め、その記憶に祈りを捧げ、呪文を唱えるんだ」


「なら」


 俺はクロに手を伸ばす。


「早く、その呪文を教えてくれ。今すぐ、俺は、この子たちを助けなきゃならないんだ……!」


 俺の顔を見て、クロは一瞬瞠目した。それから目を細めて、言う。


「もちろんさ。その渇望、君は実に教授にふさわしい。では、さぁ、遺灰を握り、彼女らとの短い記憶を思い浮かべ、こう唱えるんだ」


 俺は目をつむり、三つの遺灰を握り締める。さながら、神に祈るように。それから、クロの呪文を復唱した。


「『過去は触れえぬ。霧は触れえぬ。故に過去は霧。霧よ晴れよ。我、副王の不干渉を冒涜せん』」


「過去は触れえぬ。霧は触れえぬ。故に過去は霧。霧よ晴れよ。我、副王の不干渉を冒涜せん」


 霧が満ちる。俺はそれを、手で払った。

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