第11話 地下街連合、一番隊隊長登場!

 さて、ここで俺が掴んでいる『この紛争の状況』をいったん整理しておきたいと思う。


 この紛争は三つ巴の争いだ。人間、犬人間、透明な吸血鬼の三勢力がいる。その三勢力の名前も俺は把握しているので、ここにまとめておこう。


 まず、人間勢力。名を『ミスティック・タトゥー』。魔術師を擁するマフィアだ。市街に所属する人間組織だと最大だっただろうか。あんまり興味はない。


 次に、『地下街連合』。犬人間とそのトップの怪物少女が所属する勢力だ。眺めている感じ、恐らく犬人間以外のメンツは参加していないと思われる。


 最後に『ヴァンプ・ガーデン』。俺たちに宣戦布告して去って行った怪物少女と、彼女が率いる吸血鬼たちの勢力だ。数は少ないが粒ぞろいのイメージがある。


 参加している怪物少女は二名。その配下が多数。人間も多数、という感じだ。人間については重要じゃないので覚えなくていい。


「さってと、とりあえずは―――地下街連合の方から押さえに行くか」


「? 今ケンカを売ってきた、吸血鬼風情ではなくて、ですかしら?」


「風情」


 そうかハミングってよくよく考えれば一都市の姫だもんな。人間の街で暴れる程度の怪物に興味とかないのか。


 俺は苦笑しつつ答える。


「吸血鬼の方は姿が見えないし、飛べるんだよ。だから追い掛け回す分損する。まず敵対勢力落として、状況を塗り替えた方がいい」


「理解しましたわ」


「教授の戦略は大胆ですね……。分かりました、私が先陣を切ります」


 キリリと表情を引き締めて言うダニカ。またブンブン尾ひれが揺れている。


 俺はゲーム画面を展開する。すでに画面は戦闘準備画面に移り替わっている。恐らく、表示される道通りに進んでいけば、目標にたどり着ける、という感じだろうか。


 俺は『戦闘開始』ボタンをタップして「進もう」と宣言した。二人は頷き、俺に先行して走り出す。


 さぁ、初のちゃんとしたステージ進行だ。気張っていこう。


 二人がまっすぐに進んでいくと、周囲から人間の敵、犬人間の敵がぞろぞろと集まってくる。


 その警戒は厳しい。まぁこんな場所に現れる女の子なんか、まず間違いなく怪物少女だしな。


「止まれ! 何者だ!」


 野太い男の声。犬人間か人間か、正直区別がつかない。しかしダニカは、つける必要を見出さなかった。


「答える義務はありません。押し通ります」


「まぁ、強引ですこと」


「くっ、新手か!」


 人間たちが武器を構え、犬人間たちが爪をむき出しにする。それを前にして、ダニカは手を巨大な魚人のかぎ爪に変貌させ、ハミングは微笑みと共に指を振った。


 敵が、襲い来る。


 まず飛び掛かってきたのは、機動力の高い犬人間だった。軽やかに障害物を飛び越え、ダニカに奇襲する。


 それを、ダニカのかぎ爪は一薙ぎにする。俺の指示を守ってくれたようで、犬人間はバラバラにならない程度に倒れ伏す。「これでいいんですよね?」とダニカは振り返ってくる。


「ああ、それでいい。ありがとうな、ダニカ」


「はいっ! では、このまま進みます」


「一人だけ褒められちゃって、これだから海上都市は卑しいのですわ。教授、わたくしも後でたっぷり褒めてくださいね?」


「天空都市の高慢は黙っていてください」


 次に襲い掛かってくるのは人間だ。標準的な身長のハミングよりも頭三つも大きそうな巨漢が、こん棒で襲い掛かってくる。


 それを、ハミングは指振り一つで吹き飛ばした。ハミングが所属する天空都市の怪物は、風を操る魔術を多く使う。


「クソっ! 化け物どもが!」


「グ……! 誰か! 隊長に報告しろ! こいつら強いぞ!」


 隊長というのは、犬人間たちの長、今回の目標に当たる怪物少女だ。奥に駆けて行った犬人間を目で追って、俺は言う。


「今逃げた奴を追った先に、最初の俺たちの目標がいる。そのまま進んでくれ」


「はいっ、教授」「かしこまりましたわ」


 人間も、怪物も、この二人の怪物少女にとっては塵芥も同然のようだった。薙ぎ払って進む。ただそれだけで、敵は抗えない。


 だがそれは、相手が単なる人間や、下級の怪物でしかないからだろう。


 俺は知っている。このゲームは、適正レベルを10上回った辺りから良くも悪くも相手にならなくなることを。立地特性や属性で20レベまでなら覆せることを。


 そして、特定の怪物少女や、特別な怪物相手では、適正レベルですら困難な敵になることを。


 後でレベル含め色々と確認しておかなきゃな、と俺は考える。この二人は優秀だが、チーム的に役割が被っている。どちらも雑魚狩り特化の範囲アタッカー。属性違いというだけだ。


 他にもキャラを揃える必要がある。ガードを引き受けるタンク、ボスをボコるための単体アタッカー、サポートにヒーラーも。単なる楽しさ以上にガチャが必要だ。


 そう考えていると二人はこの通路の敵を一掃したらしく「教授、終わりましたわ」とハミングが言う。


「よし、階段を上ろう。連中は屋上を陣取ってるはずだ」


 二人は俺の指示に頷いて、駆け足で階段を上っていく。俺もそれについていくと、予想通りというか、ゲーム画面通りというか、連中は屋上に勢揃いしていた。


 そこに人間はいない。犬人間という怪物のみだ。だが、一人だけ例外がいる。犬人間たちの前に立って偉そうに腕を組む、小柄な少女が。


「ニャハハハハッ! お前たちがウチの子分を叩きのめしたっていう乱入者だな!」


 オレンジで少しボサボサの短いツインテールをした、八重歯の目立つ少女だった。


 犬っぽいマークの付いたヘアピンに、犬の足跡マークのついたノースリーブTシャツにデニムショートパンツを身に纏っている。


 うっ、太ももがっ! 太ももが眩しい! とっても健康的な太ももがっ! ちゃんと太くて思わず挟まれたくなってしまう太ももがっ!


「ウチは地下街連合、先遣隊隊長! 『貪欲』のジーニャだ! お前ら! ウチと戦って負けたら、ウチの手下になれっ!」


 ふんすっ、と得意げにジーニャは言う。ポカンとするのはダニカとハミングだ。


「……随分な大口を叩いたものですね……」


「まぁまず負けませんから別にそれはいいのですが、とりあえずあなたは犬なのか猫なのかハッキリなさい」


「犬でも猫でもないやいっ!」


 ハミングの言葉にぷんすことおこな様子のジーニャである。可愛い。怒り方がプンプンしてて可愛い。


 俺はジーニャに言葉を投げかける。


「じゃあ逆に、俺たちが勝ったら、ジーニャがこっちの手下になるってことでいいんだな?」


「にゃっ!? ……そ、そうか……平等な条件にしたらそういうことに……」


 ゲームでも思ってたけどジーニャはおバカさんだなぁ。


 周囲の犬人間たちから「た、隊長?」「な、何を悩んでるんですか?」と心配されるジーニャ。周囲の苦労が透けて見えるな。


 ひとしきり悩んだジーニャは、大声で答える。


「ち、地下街連合を裏切らない範囲なら! いいよ!」


「割と妥当な落としどころに持っていきましたね」


「見た目よりはバカじゃないですわあの子。とりあえず殺し合いはなくなりましたし」


「隊長……!」


 周りからの評価が上がる。面白い。


 俺はにっと笑って言った。


「なら、交渉成立だな。ダニカ、ハミング、構えて」


「教授、心配し過ぎですよ。ここまでの私たちを見ましたでしょう?」


「そうですわ。周りの眷属たちの能力は、主の力も同然。わたくしたちとは比べ物になりません」


 俺の促しに、ご冗談を、とばかり微笑する二人。


 これは……威厳が必要な場面だな。


 俺は微笑みを崩さないまま、声のトーンを落とす。


「油断しちゃダメだ。怪物少女に弱い子はいない。警戒しなきゃ、痛い目見る」


「っ」「あら……」


 ダニカはそれにピシッと背筋を伸ばし、ハミングはパチパチとまばたきした。


「ニャハハハハハッ! その人間の言う通りだぞ! 何たってウチは―――ッ」


 ジーニャの姿が消える。かと思えば瞬時にハミングの目の前に飛び上がり、高く蹴りを振り被っていた。


「っ!?」


 ハミングは咄嗟に不可視の触手で防御する。だがそれでも勢いを殺しきれず、ジーニャの蹴りに吹っ飛んだ。


 そんなハミングを、俺はしっかり受け止める。「きゃっ。し、失礼しましたわ、教授」と俺に抱き留められたハミングは、赤面しつつ前に出た。


 気勢を上げて、ジーニャは自信満々に言う。


「この通り、超速いんだからなっ!」


「……なるほど、確かに油断ならない相手のようですわね。教授の前で掻かされた恥の対価は、重いですわよ……!」


「これは……なるほど。失礼しました、教授。あなたの言う通り、中々やる相手みたいです」


 ハミングが照れ隠しに怒りを滲ませて腰のマイクを口元に運び、ダニカがかぎ爪を構える。それにジーニャは「ニャハハ」と不敵な笑みと共にこちらを睨んでいた。


 俺は言う。


「とはいえ、二人には俺がいる。さぁ、今回も圧勝しよう」


「はい、教授」「もちろんですわ。名誉挽回して見せましょう」


 二人が集中し始める。このステージの最終ウェーブに、挑むとしようか。

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