第10話 街出れば、紛争

 二人に大学での集合時間を伝えると、その一時間前にダニカが現れた。


「おはようございます、教授っ。本日はよろしくお願いいたしますね」


 上機嫌そうなダニカは大変可愛らしい。深くスリットの入ったシスター服のスカートの後ろで、ブンブンと尾ひれが揺れている。魚の尾ひれってそうだったっけ? と少し思う。


 ダニカはゲームで受けた印象よりも人懐っこいみたいで、集合時間までおしゃべりに興じていた。大体ダニカが話していた。はしゃいでて可愛いなぁと俺はほっこりだ。


 一方集合時間五分後に訪れたのがハミングだ。


「遅れてしまいましたわ。ごめんなさいね、教授。これでも一都市の歌姫、中々に多忙でして」


 無論俺は笑って許したが、許さないのがダニカである。


「はぁ……この適当さ、ズボラさ。見た目だけとりつくろえばいいと思っているんでしょう? だから天空都市はろくでもないのです。教授、今日は二人で出発しませんか?」


「あら、海上都市の人間は、心に余裕がないんですのね。ねぇ教授? 昨日はダニカさんに肩入れしたのですし、今日はわたくしに肩入れしてくださいます?」


「はいはいケンカしない。ほら、行こう」


「はいっ」「はーい」


 二人がいがみ合っているのはどうやら都市レベルでのことのようで、毎回相手の所属からディスりに入っていた。


 あんまりセットで呼ばない方が良いのかもな、と考えつつ、俺たち三人(+寝ると言って指輪に吸収されたクロ)は大学から徒歩で市街に出る。


 市街は何というか、昔のアメリカっぽい雰囲気の漂う街並みだった。マフィアがうろうろしてそうな雰囲気、という感じだ。そういう映画を見たことがある。


「それで、どこに何しに向かうんですの?」


 ハミングの質問に、俺は「ここ」とクロから渡されたメモを見せる。


「ちょっと探し物があってね。危ないらしいから、付き添いして貰おうってさ」


「ふぅん、中央通りですのね。確かにあちらは今物騒ですし、わたくしたちを呼んで正解ですわ」


「そんなに危ないのか?」


 俺が尋ねると、ハミングを押しのけてダニカが答える。


「そうですね、教授。市街の中心は今、三つ巴状態ですから。いつ行っても争っていますよ」


「三つ巴か。けっこうぐちゃぐちゃなんだな」


「市街はそんなものですわ。ザコどもが少しでもワガママを通すために、わちゃわちゃと暴れているだけです。わたくし一人でも万難を排することが出来ますので、ご安心を」


「わっ、私だってあの程度歯牙にもかけません!」


「二人とも頼もしいよ」


 俺が言うと、ダニカは「そ、そうですか……?」と照れたように目を逸らし、ハミングは「ふふ、でしょう? もっと頼っていただいても構いませんわ」と流し目を送ってくる。


 それからお互いを睨むのは一緒だ。仲がいいのか悪いのか。


 そうやってしばらく歩いていると、目的地の近くで霧が濃くなった。俺は目を細めて進もうとすると、ダニカ、ハミングの二人が揃って俺の手を掴む。


「「危ないです」わ」


 直後、強く手を引かれたかと思えば、二人が前に出て腕を振るった。ギィンッ! と激しい音が響く。霧が僅かに晴れ、向こうに立つ存在が姿を現す。


 それは、先日俺がダブルドラゴンで処した種族、犬人間だった。犬人間はハミングの放ったかまいたちで瞬時にバラバラになる。わーむごい。


「ッ!? 何だお前た」「こちらのセリフです。雑魚は消えなさい」


 追加投入された犬人間が、ダニカのかぎ爪で息絶える。うーわマジで強いのなこの二人。怪物少女は、怪物の中でも特に強いって言うのは知ってたけども。


 霧がいくらか晴れて、市街中心で何が起こっているのかが分かるようになる。その様子を目の当たりにして、俺は「……なるほど」と顔を強張らせた。


 そこで起こっていたのは、もはや紛争だった。


「怪物どもが! 皆殺しにしてやる!」


「やってみろ人間! ―――吸血鬼どもはどこ行った! また透明になって逃げまわるのか!」


「クスクスクスクス……」


「ギャアア! こいつ、また後ろから来やがった!」


 入り組んだ街を縦横無尽に行きかいながら、人間が武器を振り回し、犬人間たちが素早く動き、透明な何かが息をひそめて忍び寄る。


「地獄だぁ……」


「い、いざ目の当たりにすると、ひどいですね、これ」


「見ていられませんわ。教授、殲滅してもよろしくて?」


「ん~……どうしたもんか。俺たち何の関係もないしなぁ」


 とはいえ、こんな状態が続くのは考え物だ。何とかできるなら、何とかしてしまいたいところだが。


「となると……ううむ。連中を制圧しつつ探した方が良いか。二人とも、邪魔になる奴は死なない程度に対処してくれ」


「殺さないんですの? もう数匹殺してしまいましたけれど」


「んー……何というか。そいつらのトップに心当たりがある、というか」


 犬人間と、透明な吸血鬼だろ? その怪物を率いる怪物少女、揃ってさっきガチャで当てたんだよな。


 ガチャってもしかして、味方にできるフラグ付きで場所を案内するってことなのか? そういう側面もありそうだな、と思う。だが、まだ判断はできないか。


 そう思案していると、俺たちの背後に、クスクスクス……、と笑うような声が聞こえた。


「誰かは知らないけど~、人間ごときがアタシに手加減なんて、ナマイキ~」


 俺たちは咄嗟に振り返る。だが、すでに気配は消えていた。紛争のど真ん中、霧の奥で、声が響く。


「ヴァンプ・ガーデン所属、レイ。アタシが手ずから、お前を殺してあげる。だから、せいぜい震えて待っててね~」


 クスクスクス……、と声が遠ざかっていく。おお……、何もしてないのに推しとの敵対が決まってしまった。どうなってんだここ。


「……向こうは手加減しないつもりのようですわよ? それでもですの? 教授」


「まあまあ、そう言わないで、ハミング。なるべく穏便に、穏便に」


「ハミングと違って、教授はお優しいですね。にしても、ここまでの騒ぎだなんて……驚きました。お使いに出した末の妹が帰ってこないのも頷けます。大丈夫でしょうか……」


「そうだなぁ……。いや待て、ダニカの妹が帰ってきてないって言った?」


 その子、俺さっきガチャで当てたんだけど。帰ってきてないの?


 俺が問うと、ダニカは「はい。人間に負けることはないと思って朝に行かせたのですが、ここまでとは」と難しい顔。俺は真剣な顔で言う。


「それは心配だ。さっさと探し出そう」


「ありがとうございます、教授。ともに進みましょう」


「分かりましたわ。教授のワガママを聞いて差し上げます。お返し、期待していますわよ?」


 ダニカの妹の捜索、犬人間と透明な吸血鬼の一団の撃破。その為に、俺たちは動き出す。

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