第9話 ガチャが思ったのと違う
大学はかなり広く、様々な部屋がある。
その中でも、ガチャに当たる『捜索の魔術』とやらは、『捜索室』という部屋で行われる。フレーバーテキストにそういうことが書いてあった。
なので俺はゲーム画面から確認して、その捜索室を訪れる。
「失礼しまーす。クロ、いるー?」
俺がゆっくりと扉を開けると、ごちゃごちゃした小部屋の中心に置かれた机を前に、クロが準備をしているところだった。
「おや、早かったね。しっかり噛んで食べたかい?」
「お母さんみたいなこと聞くじゃん。しっかり噛んで食べたよ」
「ボクだって、せっかく見つけた規格外の教授が早々に死なれては困るからね。健康には気を付けるんだよ? 少なくとも五万年は軽く生きてもらわないと」
「人間の寿命を知らないようだな」
俺が言うと「え?」とクロがキョトンとした。こいつマジかよ。マジで言ってるよ。これだから怪物少女は。
「準備手伝おうか?」
「ううん。あとはこれだけだから」
クロは机の上にバァッと巨大な地図を広げた。その勢いで時計の髪留めが翻る。
「……実体がないのにモノ触ってる」
「大学内では自由に動けるのさ。外に出ると、ボクの身体に触れられるのは君だけだよ、マスター」
なんかエッチなこと言うじゃん。
「……何さその顔は」
「いや、まぁ、何でもないよ」
「絶対何でもある顔だよそれは。いいから言いたまえ。じゃないと捜索の魔術を行わないよ」
「え~……? いや、大したことじゃないけど、ほら」
俺はちょっと渋りながら、口をとがらせて言う。
「『ボクの身体に触れられるのは君だけだよ』って、何かエッチな物言いだな~って……」
「っ! バカ!」
赤面で「バカ!」いただきました。自分で言わせておいて、と思う一方で、俺のファン心がありがとうございますって言ってる。オタク心は複雑だ。
照れながらも手を止めない優秀なクロは、俺を睨んで唸りつつ、地図の表面をなぞってしわをなくしている。
そうして、大きな机一面に、地図が広げられた。「うん」とクロが頷く。
「こんなところかな。さて、じゃあマスター待望の『捜索』の魔術を執り行おうじゃないか」
「待ってました!」
俺は早速ゲーム画面の方で『捜索』ボタンをタップして、ガチャ画面に移る。そこに移りだされるのは、射幸心をあおる怪物少女たちのPVだ。
「早くみんなに会いたいなぁ~。楽しみだなぁ~」
俺はワクワクして仕方がない。ソシャゲで一番楽しいのはやっぱりここだからな。他の要素の質がいいほど、ガチャが楽しいのだ。
俺はガチャ画面を見る。回せるガチャは……恒常のものだけか。ピックアップとかあるのかな。イベント期間とかも。
今後に期待だな、と思いながら、俺は「10回捜索」ボタンをタップした。クロが反応し「さて、じゃあ始めようか」と不敵に微笑む。
ゲーム画面のクロと現実のクロが同期する。クロは胸元のポケットから懐中時計を取り出して、振り子のように振った。
「チックタック、チックタック、チックタック、チン」
突如として懐中時計がバラバラになる。パーツが散らばって地図の上を転がり、様々な場所で停止した。
ゲーム画面の方は、そこにエフェクトが掛かり、パーツが画面中央に並んでズラリと魔法陣に変換される。
その魔法陣には、星(レアリティ)に合わせた色が振り分けられている。キタ! ☆3が三人いる! 神引きした! うおおおおおお!
それぞれの魔法陣がくるりとひっくり返って、ガチャ結果が表示されていく。みんな俺の推しの怪物少女たちだ! この子たちが今からウチに来るんだ! いやったぁあああ!
「……何を興奮しているんだい?」
「あえ?」
なお、その盛り上がりはゲーム画面だけの模様。現実はパーツが散らばってそれで終わりだった。無情なるかな……。
「クロ、ガチャで当たった怪物少女たちっていつ来んの?」
「『捜索』の魔術と言っただろう? ここに居る、ということが分かったんだから、こちらから見付けに行くんだよ」
「あ……。はい」
「メモにまとめておくよ」
クロはポケットからメモを取り出して、サラサラと書き始める。すぐに書き終えて、ピッとページを切り離した。
うーむ、やっぱりソシャゲのガチャとは違って、色々手間がかかるようだ。
当たり前だが、ソシャゲのガチャは、ガチャを引いた直後に排出結果が分かって、即時にそのキャラが貰える、と言うのが普通だ。
しかしこの世界は現実で、俺は魔術をゲーム画面そっくりな形でフィルタリングしているだけ。ゲームでは省かれていた様々なプロセスが存在している、というところか。
じゃあ、面倒だけどこれから捜索した怪物少女を迎えに行く、と言う感じになるのだろう。とはいえ、会えるのは俺の推しのリアル怪物少女。そう思えば面倒なんて何のその。
と思っていたら、クロが言った。
「このメモの場所が、向かうべき捜索地点だ。けれど、じゃあすぐに向かおう、という訳にはいかない」
「え」
「というのも、マスターは教授に就任したばかり。単身で向かって安全とはとても言えないからね。影響力が上がれば現地で協力者が見つかるかもしれないが、今は無理だ」
ガチャ結果は出ているのに、ガチャで当てた怪物少女が手に入らないという事実に俺は愕然とする。やっぱり現実はクソゲーだったか……?
「とはいえ……嬉しいことに全部近場だね。昨日のダニカ、ハミングに連絡して、護衛についてもらおうか。彼女らはまぁまぁ強いから、近辺なら問題なく守ってくれるだろうしね」
「やった、二人にまた会えるのか」
シンプルに嬉しい奴だ。現実も悪くないね。
と思っていると、クロが半目で俺を見てきた。
「え、どした」
「マスター……君、結構気が多いタイプのようだね。昨日ボクにあれだけ可愛いだの好きだのと言っておいて、今日はもう他の女がいいって言うのかい?」
それに聞いて、俺は舞い上がった。
「クロ!? 嫉妬!? 嫉妬してくれたのかクロ!? えっやば可愛すぎる! 大丈夫だよクロのためならいくらでも一緒にいるからな! じゃあ今日は一日中一緒に遊」
「あーあーウザイウザイウザイ! 変なことを言ったボクがバカだった! だから今すぐそのうざったい態度をやめるんだ! じゃなきゃボクのロボ集団が火を吹くぞ!」
顔を真っ赤にして怒鳴り返してくるクロに「照れ屋さんきゃわ……」と俺は口を押える。「君が規格外じゃなかったら、今すぐにでもクビにしていたところさ」とクロは怒髪天だ。
舞い上がりすぎて漏れ出るどころじゃなかったな今……。クロに本性を隠すのはもう無理だろうか。いいや、諦めなければ何とでもなるはずだ。
「じゃ、とりあえず二人に連絡して……どうやって連絡するんだ?」
「魔術に含めておいたはずだよ。頭の中を探したまえ」
「はぁーい」
俺はゲーム画面の機能を確認する。そういえばメッセージアプリ風の、キャライベント導入用の機能があったよな、とスマホマークのアイコンをタップする。
すると見事にダニカ、ハミングの名前が連絡先に登録されていた。マジかよおい。仲間認定入ったらここに追加されるのか? 便利ぃ~。
「じゃ、早速お迎えのために、協力者を集めようかね。……ん?」
その瞬間、俺は不思議なことに気付く。
「……石、減ってなくね?」
十連分の石は、もらったものを消費した形だ。だから絶対に減っているはず。だが、減っていない。
「……バグか? バグだったなら一生ガチャ引きまくるけど」
「捜索はもういいのかい?」
「ごめんごめん。今連絡する」
まだガチャの処理をしてる判定なのかな、と疑いながら、俺はまず、ダニカに連絡を取る。
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