第8話 コーヒーを飲む、朝刊に載る

 流石に疲れ切っていたので、俺は協力の取り付けを終えた直後、クロに案内されたベッドにぶっ倒れて瞬時に入眠した。っていうか気絶した。


 村人全員が死んで、思ったよりもショックを受けていたのだろう。目覚めた時には昼過ぎだった。俺は腹を空かせながらのそりと起き上がり、周囲を見て現状を思い出す。


 そして、頭を抱えた。


「……え……?」


 昨日の俺、色々やばくない? 人生ぜんぶ塗り替わっちゃったんだけど。


「俺、教授か……」


 色んなものを得た、というよりは、現実感がない。現実味がない、の方が正しいかもしれない。


 俺は昨日の記憶を振り返る。村人全員死に、クロに勧誘され、教授になり、怪物を指揮し、ダニカとハミングにコネを作った。


 その内、俺は特にクロとの接し方を思い出す。ずっと好意が漏れ出ていた。口を滑らせまくっていた。ガチャ関連で奇行を繰り返していた。


 評価。


「俺キッッッッッッモ!」


「おはようマスター。大声を出してどうしたんだい?」


「ぎゃあ! 朝から可愛い!」


「っ!?」


 俺は動揺ついでに本音がまろび出てしまう。クロは渋い顔をして、ちょっと顔を赤くする。


「朝っぱらからマスターはまったく……。いいから、準備をして食堂に来るんだ。調理ボットが朝ごはんを用意しているからね」


「あ、は、はい」


「まったく……軽々しく可愛いだの好きだの……」


 ぶつくさ文句を言いながら、赤面のまま去って行くクロ。俺はその後ろ姿を見送りながら「アレ、俺まさかの許されてるのか……」と口を押える。クロが可愛すぎる。


 ともかく俺はサッと支度をして、パジャマから教授服に着替えて食堂に向かう。


「ん、来たね。迷わなかったかい?」


「魔術の方の機能で地図みたいなのがあったから大丈夫」


「そんな魔術入れたっけ……?」


 クロの正面の席に座って言うと、クロが首を傾げた。地図の魔術じゃなくて記憶を形にするとかそんな感じなのかな。ゲーム内にちょっとしたマップが入ってるのだ。


 そんな事を考えていると、古めかしい自動ロボット(ブリキっぽい奴)が歯車の音をさせながら近づいてきて、俺の食事を置いて去って行った。何だあいつ……?


「ボクが作成したブリキだよ。簡単な仕事ならブリキがするから、教授は教鞭と探求に集中すると良い」


「あ、クロが作った奴なのか。……実体がないのにロボットは作れるんだな」


「ボクはそういう存在だからね。大学じゃなくてもこのくらいはできるよ」


 俺は首を傾げ、イマイチ意図を掴めないまま、早速食事に舌つづみを打つ。今世で慣れ親しんだベーコンエッグな朝ごはんだ。コーヒー付きとはシャレオツである。


「さて、今日から本格的に、マスターの教授生活が始まる訳だけど、協力者も得たことだし、マスター待望の『捜索』の魔術から始めていこうか」


 でないと色々と不便だからね、というクロに、俺はもろ手を掲げた。


「よっし! よぉっし!」


「すごい喜ぶね君……。結構面倒だと思うけど」


「ソシャゲが好きな奴はなぁ! ガチャが好きなんだよ!」


「何を言ってるのかサッパリだよ」


 クロが飄々とした態度で肩を竦める。「だが」とニヤリ笑った。


「『捜索』の魔術は確かに戦力増強に必要だ。それを喜ぶことは間違ってないだろうね。あとは……ああ、スピリットジュエルをいくらか渡しておかないと」


「やった石だ」


「スピリットジュエルね」


 ソシャゲーマーはガチャが一番好きだが、二番目に好きなのは石だ。詫び石が特に好き。


 大抵のソシャゲでは、石(石の形をしていることが多い。宝石とか)と呼ばれる課金アイテムを消費することでガチャを回すことが出来る。だが石は課金して買おうとすると結構高い。


 なので運営が配る詫び石が好きなのだ。詫び石。つまり、運営が「メンテナンスでゲームができず、ご迷惑おかけしました」と配る石だ。俺はこれがだぁいすき♡


 まぁ給料全部つぎ込んで得られる石に比べたら微々たるもんだけどな。毎月十五万の課金だ。生活費は借金で賄うスタイルだった。思い返せば思い返すほど頭がおかしい。


 クロは「今渡せるのはこんなものかな」と言いながら、スカートのポケットに手を突っ込み、緑に光る石を取り出した。


 差し出してくるので受け取ると、俺の手の上で溶け、代わりにゲーム画面側の表示で石の数が上昇した。大体十連分くらい。うん、美味しい!


「じゃあスピリットジュエルについて説め「さっそくガチャを回そう! 今回そうすぐ回そう! さぁさぁさぁさぁ!」このマスターは本当に」


 への字口をして、むっつりクロは俺を見る。しかしすぐに諦めたように息を吐いて「仕方ない。何故かは分からないが、マスター待望のようだからね」と苦笑した。


「とはいえ、今すぐに、という訳にも行かない。ボクの方でしっかり執り行う必要のある魔術だからね。マスターは一旦、新聞でも読みながらゆっくり朝食を食べていると良い」


 クロはそう言って、「じゃあ準備だけ済ませてくるよ」と立ち上がった。準備? 実体ないのに?


 俺は去って行く姿を見送りつつ、クロと朝ごはん食べたかったなぁとちょっとションボリする。だが仕方ない。人には一人の時間が必要だ。


 そこにまた古めかしいロボットが近寄ってきて、今日のものらしい朝刊を俺に渡してきた。


 ……都会には新聞あるんだな。ウチの村、というか近くの街にもなかったのに。


 ここ、もしかしたら大都会なのかもしれん、と思いながら、俺はコーヒーを口に運びつつ朝刊を開く。


『―――大学、ついに開放&教授就任! 教授とは一体どんな人物なのか!?』


「ぶふぉ」


 コーヒー吹いた。


「は? は? は?」


 俺は驚愕して朝刊にのめり込む。え? 昨日の今日でこんな事になんの? いや、確かにゲームでも、教授はみんなに知られている有名人みたいな扱いではあったけど。


 読んでみると『海上都市、天空都市が教授を大学管理者として認可』云々と書かれている。あの二人仕事早ぇ~……。いや、助かるけどさ。


『―――……特にこの大学の「教授」は、単なる大学教員とは異なる意味を有する。停滞状態にある世界の魔道研究の最前線に当たり、諸問題の解決が期待され……―――』


「……結局魔道って何なんだろうな」


 俺は半眼でズズ……とコーヒーを啜る。めっちゃ期待されてんなぁ、と他人事のように思う。


 ま、怪物少女たちを救ってたらみんな満足だろ。他の依頼とかが来たならそれにも対応して、みたいな感じかね。


 元々農家で力仕事をしていた身だ。体力には自信がある。頭脳労働も、前世ではボチボチだったし、慣れればできないこともないはずだ。


「何とでもするかな。―――よぉっし! ごちそうさま! まずはガチャだガチャ!」


 俺は食事を終え、元気いっぱいに立ち上がった。


 何はともあれガチャである。ソシャゲの一番おいしいところである。さぁどんな怪物少女がウチの大学に来てくれるのかな!? と俺は駆け出した。

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