第7話 推しと推しのケンカ

 ハミングという怪物少女は、新米教授(プレイヤー)に皆が「いいから育てろ」「☆2の強さじゃない」と強くお勧めするキャラの一人だ。


 通常スキルでは、定期的に不可視の触手攻撃で範囲攻撃をし、特殊スキルでは自分を中心とした超広い範囲攻撃で場の敵を一掃する。


 このゲームは育てればみんな活躍の場があるゲームではあるが、その中でも汎用性が高く、活躍できるキャラがハミングという黄色のお嬢様だ。


 では、今回の味方ことダニカは?


 ダニカも強い。十分強い性能をしている。命中率を下げる霧に広範囲な砲撃。ダニカもいいから育てろという怪物少女だ。


 が、オートモードを起動してハミングほど全部やってくれるようなキャラではない。というかハミングが新米教授に優しすぎる。


 逆を言えば。


「ダニカは指揮のし甲斐がある」


 俺は戦闘画面からメニューボタンを押して、『拡張指揮』というボタンをタップした。


 戦闘画面が切り替わる。タップできるボタンが増え、細かく指示を出せるようになる。これだ。何のかんのと言っても、俺は『ケイオスシーカー!』のこれが好きなのだ。


「教授ッ!」


 ダニカが俺を呼ぶ。


「私はどうすればいいですか!? 指示をください!」


「ああ、任せてくれ。ひとまず、口頭でも少しするけど、魔術での指示がメインになる」


 こんな感じ、と俺はゲーム画面のダニカを一歩前に移動させる。ゲームに伴って、現実のダニカも一歩前に出た。


「……! 分かりました。不思議な感覚ですが、行けます」


「よし。じゃあ取り掛かろう」


 拡張指揮機能はかなり煩雑で、状況によってはアクションゲーム並みの難易度を誇る。今はダニカ一人だが、最終的には六人まで部隊編成できるのだから難易度も知れよう。


 が、俺はこの機能を駆使してリリース以来『ケイオスシーカー!』でトップランカーであり続けた男。


 ゲームは得意だ。反射神経も頭も悪くないと自負している。だから、俺が指揮したなら圧勝は決まっている。


 ダニカとハミングは僅かに睨み合って、お互いに激突した。


「―――シッ!」


 ダニカの手が、水かきのついたかぎ爪状のものに変わる。巨大で鋭いそれ。怪物少女が、怪物であることの証左。


 そのかぎ爪は軽く振るわれるだけで、爪状の斬撃を放った。狙うはハミング。延長線上にあった木製の机と椅子が、斬撃でバラバラになる。人間もあっさり死ぬような威力だ。


「ふふ、怖い怖い」


 それをハミングは、笑って防いだ。ダニカの爪の斬撃が、ハミングを前にして霧散する。


 ハミングが先ほど使っていた、不可視の触手だろう。不可視の触手が、ハミングを守っている。


「教授! まずあの守りを突破する必要があります!」


「そうだな。ま、一旦落ち着いて、普段通りに体を動かしてればいい。指示があったときだけそれに従ってくれ」


「わ、分かりました!」


 俺は現実とゲーム画面を見比べながら、どうしたものかな、と考える。


 ダニカの通常攻撃は、今のかぎ爪だ。付随する斬撃もそう。スキルは、俺が指示せずとも定期的に発動する通常スキルと、俺の指示で使用する特殊スキルの二つ。


 一方ハミングは現状様子見というか舐めプしている。通常攻撃のかまいたちを飛ばしてこないし、距離も十分にとっていない。ハミングって遠距離適性キャラなんだけどな。


 ゲームプレイと違う、と思う。ハミングは通常スキルの不可視の触手で攻撃するのではなく、防御に徹している。そう言うことはゲームでは起こらない。


 上手くいかない言い訳か? 違う。


 舐めプして弱くなってるわこいつ、ということだ。


 俺は拡張指揮モードで通常スキルを温存し、溜まったコストを使用してダニカの特殊スキルを発動する。


「ッ! 分かりました!」


 ダニカは爪での斬撃を送りながら、口元で詠唱を始めた。「ふぅん……」とつまらなそうな顔を、ハミングが俺に向けてくる。


「あれだけの大言壮語だから、秘策があるものかと思いましたのに、やることは普通の魔術ですか。期待外れも甚だしいですわね」


「それで?」


 俺は挑発に挑発を返す。ハミングはヒク、と口端を引きつらせ「良いでしょう」と俺を睨んだ。


「ならば、その減らず口を黙らせて差し上げます!」


 俺とハミングの間で、床が突如へこむ。不可視の触手を今俺に伸ばしているのか。となれば、守りは解かれている。


 俺はため息を吐いて、足を組みなおした。


「ハイ終わり」


 俺は温存していたダニカの通常スキルを発動する。ダニカがハッとして腕を振った。直後その周囲に霧が掛かる。ハミングの不可視の触手が、霧の中で可視化される。


 その触手に向けて、俺はダニカに指示を出した。ダニカは呪文を唱えながら触手に飛び掛かり無力化する。ハミングは、しまった、とばかり歯を食いしばる。


 そして、ダニカの詠唱が完成した。


「穿てッ! 氷砲!」


 虚空から現れた魔法陣から、氷塊の砲弾がハミングの周囲に降り注いだ。不可視の触手を掴まれ動けないハミングは、回避すらままならない中で砲撃にさらされる。


 結果。ハミングはただの一度の攻撃も碌にできないまま、実力で劣るダニカに下された。爆ぜるような衝撃に吹っ飛び、壁に頭を打ち付けて目を回している。


「く、くぅう……! ふ、ふきゃく、ですわぁ……!」


 氷の砲弾は中々の衝撃だったと見えて、頑丈な怪物少女であるハミングもヘロヘロだ。黄色のドレスが所々破れていて色っぽい。きゃっエッチ!


「こ、こんなあっさり……?」


 一方、俺の指示に従って奮闘したはいいものの、まさか無傷で完勝するとは思っていなかったダニカである。自分でやったことなのに、キョトンとしている。


 俺は立ち上がり、ダニカに近づいた。


「おめでとう。俺たちの勝ちだ」


「え、は、はい。……えっ。きょ、教授……? な、何だったんですか、今のは。ほ、本当に圧勝してしまいましたよ……?」


「そりゃあ教授だから嘘は吐かないさ」


「は、はい! ……この人、本当にすごいかもしれません……」


 推しに小声で本気の尊敬を抱かれて、俺は実に気持ちがいい。俺は意気揚々と、目を回すハミングに近づいた。


「教授!? 危ないですよ! まだハミングは、人間一人くらいなら簡単に殺せます!」


「殺さないよ。その意思がない。安全だ」


 俺はダニカの制止を振り払って、ハミングに近づいた。しゃがみ込み、目線を合わせる。


「どうよ。悪くない指揮だったろ」


「……完敗でしたわ。人間と侮っていたことが恥ずかしいくらいです。御見それしましたわ、教授。ちなみに―――どこからどこまで読んでましたか?」


 ハミングからの質問に、俺は答える。


「怪物少女ってみんな人間舐めてるから、『最初様子見してこっちに時間くれるところ』から、『挑発すれば、ダニカより俺を狙ってくるところ』まで」


「――――! ……ふふ、うふふふふ、あははははっ! 完敗です! ああ、負けたのにこんなに気持ちのいいことはありませんわ!」


 ハミングは声を上げて笑う。それから俺に手を差し伸べてきたから、俺はその手を取って立ち上がらせた。


 立ち上がりながら、ハミングは言う。


「全部全部手の平の上でしたのね。わたくしどころか、ダニカもそうでしょう? あなたはどちらに与するつもりもない。『弱い方に手を貸し、勝たせる』ことが目的だった」


「ん? うん」


 何か話し始めたな、と思いながら、俺はハミングの話に耳を傾ける。


「えっえっえっ、ま、待ってください。お二人とも何の話をしてるんですか!?」


 さっきまで仲間だったはずの俺が、いつの間にか敵だったハミングと談笑しているからか、ダニカは不安そうに俺とハミングの間で視線を右往左往させる。


 それに、クスクスと笑ってハミングは言った。


「ダニカ、わたくしとあなたは、『この「大学」が解放された理由を求め、不審者がいればこれを狩り、あわよくば自陣のものにする』という目的で来ました。でしょう?」


「ま、まぁ。そこまではっきりした指示は受けていませんでしたが」


 ダニカの肯定に、ハミングは俺を見る。


「ですがここの主たる教授は、それでは困ります。ここを守らねばならない立場にありますもの。言うまでもないでしょう。ここでの要点は、教授が人間である、ということです」


 それを聞いて、ダニカがハッとする。俺は分かってない。俺の思考プロセスの話をしているはずなのに。


「人間は、わたくしたちに比べればひどく脆弱な存在ですわ。簡単な腕の一振りで死んでしまいます。つまり、武力では到底敵わないわたくしたちが、教授の拠点を狙ってやってきた、と言うのがこの状況」


 マジかよ絶体絶命じゃん。推しに会えたことに舞い上がって意識してなかったわ。


「しかも教授は状況的に就任したばかりで、個人で運用できる武力がありません。普通に考えれば非常な窮地ですわ」


「そこで、私たちが敵対関係にある、という利害関係を利用して、私を味方につけた……!」


「その通りですわ、ダニカ。実力の上回る敵をどうするかで、ダニカは頭がいっぱいになった。そこで取るに足らない人間が味方に付くと言い張っても、どうも思いません」


 二人が、俺を見る。


「そして指揮能力の高さで存在感を示すまでが、教授の術中だった、ということですわ。おかげでわたくしは教授に敗北し、ダニカは恩を売りつけられた」


「結果、武力をまったく持たないままに、この場で最も大きな発言権を得て、中立のまま拠点を守り抜いた、ということですね。……私にも理解できました。なんて策士……!」


 二人の中で、俺がものすごい頭のいい人物ということになっているのが分かる。話の流れだったんだけどね全然。そこまで考えてないぞ俺。


 俺は肩を竦めて、そっと否定する。


「買い被りだって。そこまで狙ってたわけじゃない」


「ここで謙遜するなんて、慎み深い方なんですね、教授。その、す、素敵だと思います」


「教授、過ぎた謙遜はよくありませんわ。わたくしたちは分かりますからいいですが、謙遜を真に受ける愚か者もいます」


 俺の訂正が謙遜と受け止められた上に、二人して真反対の反応なのだからどうしようもない。意見が合わない二人はお互いににらみ合ってるし。


「ともかく」


 ハミングは言う。


「実に充実した時間でしたわ、教授。あなたのような豊かな知性に出会えたことに敬意を。あなたの様な人がいるなら、人間も侮ったものではないのかもしれませんね」


 僅かに笑って、ハミングは続ける。


「天空都市は知識と風を尊びます。帰ったら上に『大学にはすでに主あり、手出し無用』と告げておきますわ。一応確認ですが、教授はわたくしを無下にしませんわよね?」


「もちろんだ、ハミング。困ったことがあればいつでも言いに来てくれ。今回は少しお灸を据える形になったけど、俺は君の味方だ」


「あら、嬉しいお言葉。ではそのようにいたしますので。良ければ近い内にでも、天空都市にも遊びに来てくださいましね?」


「是非行かせてもらうよ」


「では、ごきげんよう」


 ハミングの周りに、風が渦巻く。それは黄色い残滓を残して、影も形も失せた。帰った、というところだろうか。ハミングの退散こんなだったんだ。実物を見て感動してしまう。


 すると、ダニカも近寄ってくる。


「あ、あの。驚きました。それと、ありがとうございました。私も、上には問題ない旨、伝えておきます」


「うん、ありがとう」


「それと、ですね。ハミングに『困ったことがあればいつでも言いに来て』っておっしゃっていましたが、その、私にも、同じ風に言っていただけるのでしょうか……?」


 不安そうに言うダニカに、俺は「もちろん」と頷く。するとダニカはパァッと表情を明るくして、こう言った。


「でしたら、後日正式に、またお伺いしますねっ。今後とも、よろしくお願いいたします、教授!」


「ああ。……と、そうだ。そっちにも協力するから、こっちも頼みごとがある時は頼って良いかな?」


「はいっ。もちろんです。あなたが本物の教授だと確信できましたので、何かありましたらいつでも伺います!」


 ダニカは終始ニコニコだ。っていうか、クロが言ってた通り、教授って何か怪物少女たちにとって何らかの権威チックな存在らしい。無理なこと以外なら聞いてくれそうだ。


「では、失礼しますね! あ! この部屋の戦闘痕ですが、修繕費用はこちらで持ちますので、ご心配なさらずに!」


 言って、ダニカは小走りでここを後にした。地味に心配してたから、直してもらえると分かって一安心だ。


 それに、これでクロの言っていた、ガチャに必要な協力者、というのも集まったということで良いだろう。俺はホクホク顔で、隅っこに居たクロを見る。


 クロは後ろ髪の時計の髪飾りをチックタックと動かしながら、俺の方に近づいてくる。それから俺にこう言った。


「……毎度のように、鮮やかに解決してくれたものだね。そんなマスターに、一つ聞きたいことがあるんだ。……君、何者?」


「農家」


「それはもういいよ! イジって悪かったね! もう!」


 俺は声を上げて笑う。











―――――――――――――――――――――――


New!


名前:ハミング

所属:天空都市カルコサ/黄色の王室イエロー・ロイヤリティ

二つ名:黄衣の歌姫

あだ名:黄色お嬢様

外見: 紫の目に長い金髪、黄色のドレスを身に纏った少女。巨乳。左耳にはおうし座のピアスを付けている。常に持参しているマイクの底に、黄色の印が刻まれている。

特殊能力:黄色の歌:自分を中心に広い範囲で敵を爆発させる歌を歌う

通常能力:『この一撃が見えるかしら?』:不可視の触手による範囲攻撃を行う

攻撃属性:闇

防御属性:混沌(☆3以上で解放。解放前は『物理』)



イメージ画像

https://kakuyomu.jp/users/Ichimori_nyaru666/news/16817330658345844967

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