第6話 清楚系邪教シスター

 その怪物少女は、教会のシスターっぽい、黒い服を着ていた。


 灰色の長髪をまっすぐに流し、碧眼に、スラリとした体つき。服には太ももが露出する深いスリットが入っていて、首には魚を囲う触手のペンダント、耳には牙のイヤリング。


 もっとも特徴的なのは、スカートの後ろ側から、魚の尾ひれっぽいものが覗いていることだろう。


怪物少女は体の一部が異形のことが多い。この子はさしずめ、尾ひれシスターだ。


「こんばんわ」


 俺が先手を打って挨拶すると、少女はビクッと反応する。


「だ、誰ですか! 名を名乗りなさい!」


 尾ひれシスターな少女は、睨み顔で俺を見た。その手は力が込められている。多分何かの魔術が準備されているのだろう。地味に命の危機という訳だ。


 俺は微笑みを崩さず、肩を竦める。


「そうビクビクしないでくれ。俺は単なる人間。怪物少女の君がその気になれば、一秒で殺せる相手だ。だから肩の力を抜いて話さないか?」


「あいにくと、そうやって油断させようとしてくる相手に、ろくな経験がありませんので」


 尾ひれシスターは俺を睨みつけてくる。俺は、マジで? と自分の言動を振り返り、判断する。威厳重視で、暗がりの中ランプに照らされ足を組んで、そっと語り掛けてくる奴……。


 あ、ダメだねこれ。


「確かに怪しいわ。ごめん仕切り直させて」


「えっ、初めてのパターンです」


 俺は深呼吸してから、親しさを意識してやり直す。


「えっとね、アレなんだよ。俺今日付けでここの魔導教授になったもんだからさ、適切なテンションが分かってなくて。あ、魔導教授ですよろしく」


「えぇ……? ……うーん。確かにその、怪しさは薄れましたが、……あなたが、教授ですか……」


 尾ひれシスターは怪訝そうな目つきで俺を見つめている。俺は「あ、威厳なさ過ぎた? じゃあ取り戻して」と咳払いして、微笑みと共に語り掛ける。


「ともかく、俺がここの教授だ。よろしくね」


「……分かりました。もろもろの判断は先送りにするとして、一旦対話を行いましょう。では、私も仕切り直させていただきます」


 こほん、と軽く咳払いをして、尾ひれシスターは言った。


「私は、ダニカ、と申します。調査のために来ました。ここは、あなたが解放されたのですか? 教授」


 解放? ……ああ、そういえば、ゲームの冒頭で、教授が銀の鍵で大学を解放していたっけ。最初は霧に包まれていて、大学には誰も入れなかった、みたいな設定があったはず。


 俺は適当にいなすことに決める。


「俺ではないかな。けど、誰が解放したかは把握してる。その人は死に、俺が後任になった」


「……重要そうな話に聞こえますが、こんなにあっさり話してもいいことなんですか?」


「口が軽いわけじゃない。重要な話じゃないだけだ。見くびらないでくれると嬉しい」


 だって元教授、チュートリアルで頓死してんだもん。俺の村巻き込んで。多少こき下ろすくらいの権利はあるはずだ。


 俺がそう返すと、尾ひれシスターことダニカは「そう、ですか」とまだ不信感が拭えない様子でいる。


 大学、作中でも結構重要な場所だったんだったか。それがずっと立ち入り禁止状態で、いきなり解放されてみんな慌てて様子を見に来た、みたいな感じだったはず。


 ダニカは胸元のペンダントを撫でながら、俺を厳しい目で見つめている。きっと信用できる人間なのかどうかを見定めようとしているのだろう。荒らされては堪らない、という目だ。


 俺は息を落とし、問いかける。


「簡単に信用はしてもらえないらしいな。どうすればいいと思う?」


「う、わ、私も困っているんです。上から様子を見に行って、信用できる者が管理していないようなら奪ってしまえ、と言われているので」


「なかなか過激なことを言う上司だ。いつの世も上には困らされるよな……」


「そうなんですよ。いっつも無茶ばっかり言ってきて……じゃなくてですね」


 クソ、同調して警戒心を解く作戦は失敗か。


 ダニカは難しい目で俺を見つめている。先ほどのような警戒と不審の色は薄れ、「あんまり乱暴はしたくないけどどうしよう」みたいな顔だ。チョロいわ~。チョロかわ。


 ということで、新たに追加された推し、ダニカちゃんである。


 ダニカ。割と大きめの組織の中級管理職ポジの少女だ。上からも下からもせっつかれる可哀想な子で、鬱憤を抱えながら頑張っているのが愛おしい。


 メインストーリーvol.1のメインヒロインと言ってもいい子で、常に教授のサポートをしてくれる健気な子なのである。今の内に仲良くなりたいな。


 という感じなので、俺は一緒にダニカと考える。メインストーリーではどうしてたっけ。


「つまり、俺が信用できると分かれば良いわけだ」


 俺が言うと「そ、そうです」と頷く。牙のイヤリングが揺れている。シスター服が逆に作用してメチャクチャ邪教っぽい格好だなと思う。


「で、俺が信用できるってことは、つまる話『君の陣営に、俺が敵対しないことが分かる』っていう話だと思うんだよな」


「は、はい! それが分かれば私も安心できます」


 目的が一致した! とばかり目を輝かせるダニカ。邪教のわりに慈悲の心がある感じが可愛いんだよな。表情が全体的に清楚と言うか。うーんこの清楚系邪教シスター。


 俺は「じゃあ」と提案する。


「一緒に共通の敵倒さないか?」


「はい?」


 直後、不可視の攻撃が壁を破壊した。


「ッ! 誰ですかッ!?」


 ダニカが鋭く問う。するとその人物は、悠然と煙の中から現れた。


「あらあら。これは、我らが天空都市の憎むべき敵、海上都市の司祭、ダニカさんじゃありませんの」


 まず目に飛び込んできたのは、その黄色尽くしの衣装だろう。


 金髪ドリル。黄色のドレス。真っ白な肌に、アクセントとして紫の瞳。胸部に豊かなふくらみ。


 見るからにお嬢様、という格好の少女だった。手にはマイクを持ち、耳には牛型のイヤリングをしている。


 その姿に、ダニカは厳しい顔をした。


「あなたまで来たんですね……!」


「ごきげんよう、ダニカ。それに―――あなたは知らない顔ですわね。見たところ人間のようですけれど、こんなところにいては危険ですわよ?」


 黄色お嬢様はクスクス笑う。次の瞬間、地面や壁が強打されたように砕かれる。


 それはまるで、見えない触手が地面を叩いたかのようだった。黄色お嬢様は言う。


「何せ、これから始まるのは、怪物同士の領土争い。巻き込まれたら、人間ごときあっさり死んでしまいますわ」


「争わない、と言う選択肢はないようですね」


「あら、悠長なことを言いますのね、ダニカ。お互い手ぶらで帰ってくるなと言われている身でしょう? そんな状況でわたくしとあなたが出会ってしまえば、こうもなりますわ」


 クスクスと笑って、黄色お嬢様はそう言った。見事な悪役ムーブだ。これがここから教授ラブ勢に加わるとは誰が予想するのか。


 まぁ人間ごときに逃げろって言ってくれる時点で、この世界基準だとかなり優しい方になるんだけどな。悪役登場決めといてこの初対面は優しすぎる。


 とはいえ、今回は致し方ない。


 無論俺の推しの怪物少女の一人だが、今回は話の都合が悪い。申し訳ないが敵になってもらおう。壁壊しやがったし。


 いがみ合う二人の怪物少女。どちらも強力な力を持つ。俺にできるのは交渉だけ。ならば個人で武力を持たない俺にできることは、二人の仲裁ではなく、肩入れだ。


「ダニカ」


 俺は言う。


「都合のいいことに、共通の敵が現れたみたいだ。今回は手を組んで、彼女を倒すことにしよう」


「はいッ? あなたは人間でしょう? 教授、と言いましたが、戦えるのですか?」


「戦えない」


「っ!? なら」


「けど、君のフォローと指揮ならできる。君と彼女は、素の実力なら互角か―――少し劣る。君はこのままだと負けかねない。違うか?」


「……!」


 俺の言葉に、ダニカは歯を食いしばる。ダニカ自身が自覚していたことだ。実際、キャラ性能は黄色お嬢様の方が上。このままやり合えばダニカが負ける。


 だから、俺はこう続けた。


「それを、俺が圧倒的な勝利に変えて見せる。君はあっさりと勝利する。約束しよう。この場で勝つのは、君だ」


「……」


 ダニカは、俺を底知れないものを見る目で見つめている。俺は朗らかに笑いかけた。


「邪魔だと思うなら無視してくれればいい。けれど一度、俺を信用してみて欲しいんだ。その戦果でもって俺は俺の信用を証明する。どうだ?」


「……良いでしょう。教授、あなたが言う通り、この場は劣勢です。そのまま挑んでも負ける戦いなら、あなたに賭けるのも悪く選択ではないです」


「よかった」


 俺はほっと胸をなでおろし、黄色お嬢様に言う。


「ということなので、心配ご無用だ。俺のことはダニカが守ってくれる。ただ、君が負けた後もそう君に都合の悪いようにはしないから、安心して負けてくれ」


「ふふ、ふふふふふふっ! 人間の癖に、言うじゃありませんか。良いでしょう。受けて立ちますわ。ダニカ。それに、教授、でしたわね」


 黄色のスカートを翻し、金髪ドリルをなびかせて、敵たる怪物少女は言った。


「掛ってきなさい。天空都市の『黄衣の歌姫』ハミングが、あなた方二人を撫で潰して差し上げますわ」


「教授、下がっていてくださいね。私たちの一撃は、人間には耐えられませんから」


 怪物少女二人が睨み合う。俺はゲーム画面を広げて、「さ、戦闘開始だ」とゲーム画面のボタンをタップした。











―――――――――――――――――――――――


New!


名前:ダニカ

所属:海上都市ルルイエ/インスマウス教会

二つ名:ルルイエの司祭

あだ名:尾ひれシスター、清楚系邪教シスター

外見: 灰色の長髪に青の目、しなやかな体躯をした少女。深くスリットの入った黒い礼服を着て、魚と触手が描かれたペンダント、牙のイヤリングを付けている。スカートの端から尾ひれが揺れている。

特殊能力:『砲撃支援をつなぐ窓』:指定の範囲に氷の砲撃が刺さる。範囲が広い。

通常能力:『霧を呼びます』:味方の周囲に霧を発生させて敵の攻撃の命中率を下げる。

攻撃属性:混沌

防御属性:霧(☆3以上で解放。解放前は『物理』)



イメージ画像

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