第2話 え!? 俺の村チュートリアル失敗で滅んだの!?

 『ケイオスシーカー!』というソシャゲに、前世の俺はハマっていた。


 どんなゲームだったのかというと、かなり人気でちょくちょくSNSのトレンド入りするようなゲームだった。可愛い女の子を指揮して云々、みたいなアレだ。


 スキルを打つだけの簡単操作でも十分に遊べるし、エンドコンテンツでもやり込める。本当にいいゲームだったのだ。死ぬほどハマっていた。


 ……具体的には、廃課金になるくらい。エンドコンテンツで世界ランカーになるくらい。


 ともかくそんな『ケイオスシーカー!』というゲームなのだが、特筆すべきは怪物少女というキャラたちと、鬱展開だ。


 怪物少女。異形を体に秘めた、怪物たちの主である少女。同時に、ガチャで当てて操作キャラにできるキャラクター達。


 キャラがもうみんな本当に可愛いのだ。全員俺の推しだった。可愛すぎて給料全部課金していたくらいだ。全キャラ持ってたし全キャラ完凸してたほど。


 そしてそんなキャラたちが、容赦なく曇らされる鬱展開。


 鬱展開が濃いほど、救済が映える。そういうのがコンセプトにあった作品だった。怪物少女、という設定もまた性癖が尖っていて、救い甲斐があった……。


 という懐古話はさておき。


「……状況を整理しよう」


 すぐにでも逃げ出そう、と考えていたはずの俺は、その場で正体不明だった死体を見つめる。


「この世界は『ケイオスシーカー!』の世界だ。あの世界、というかこの世界では、怪物に襲われる、なんてザラだ。そういう話はよくある」


 仕方ない。事故みたいなもんだ。この世界なら、怪物に殺されるモブなんて掃いて捨てるほどいる。むしろ唯一生き残った俺の悪運に感謝したいレベル。


 が、滅ぼされる、まで行くと話は別だ。


 殺されるモブはいくらでもいるが、滅ぼされるモブというのはあんまりいない。そういうのは大抵主人公が救うからだ。


 主人公、『魔導教授』。通称「教授」。


 だが、主人公である教授は死んでいる。教授が死んでいるということは、失敗したためだろう。救済失敗。教授は死に、俺の村は救われなかった。


「……それと、もう一つ」


 俺は『ケイオスシーカー!』というゲームが大好きだ。どのくらい大好きかと言うと、ストーリー全部何周もして、丸暗記したほど。


 だから分かる。俺の村がどのイベントで襲われる村なのか。


 俺は形容しがたいクソデカ感情を、ため息とともに垂れ流した。


「チュートリアルイベントで死んでんじゃねぇよ教授……」


 いや、嫌いだったよ? この村。ほとんど奴隷扱いだったしさ。みんな嫌いだったさ。


 けど、けどさ、死んで欲しいなんて思ってなかったって。大人だしさ。大切な人を殺したクソ野郎でもなければ、死ねだなんて俺は思えないって。


「……。はぁ。ま、それはいいや。うん」


 俺は僅かな疑問を教授の死体に向けた後、しょぼくれた目でアーティファクトを観察する。


 チュートリアルイベントの癖に割と持ち物揃ってんなこいつ。ザコ主人公の癖に。チュートリアル失敗の癖に。


 内容はまず服、金。移動方法として銀の鍵に、指輪……。


「この指輪、確かサポートキャラを呼び出すための奴だよな……」


 俺は手に取り、まじまじと見つめた。宝石をつけた指輪。宝石は黒光りし、いくつか赤い線が走っている。


 すると、目の前に影が掛かった。


 見上げる。そこには、ニンマリと笑う少女の姿があった。


「アハ! こんにちは。そろそろコンバンワというべき時間かな? 運よく気付いてくれて助かったよ。君が立ち去ったらどうしようかと思っていたところさ」


 俺はその、ゲームの記憶通りの姿に、表情を引きつらせる。


 そこに居たのは漆黒の長髪をした、真っ赤な瞳の、小柄な少女だった。


 深紅のベレー帽をかぶり、時計の長針短針を思わせるヘアピンをつけ、長髪を腰の辺りで時計を模した髪飾りでまとめている。胸元に懐中時計の鎖が垂らした、時計尽くしの少女。


 チックタック、と音が聞こえそうなほど、一定のリズムで黒髪をまとめる時計の髪飾りが揺れている。まるで振り子時計のようだ。


 纏う服は黒を基調としたブレザーで、スカートはお洒落なチェック柄。実に都会っ子な雰囲気の美少女の姿に「おぉ……」と俺は気圧される。


 ―――『ケイオスシーカー!』のサポートキャラ、クロ。


 常にどこか超然としていて、身近でありながら謎に満ちたヒロインだ。チャームポイントは意地悪なところと、それを自分で気にしているところ。


 そんな彼女が現実として目の前に立っているのだから、ガチ勢もガチ勢だった俺の感動は筆舌に尽くしがたいというもの。


「このまま死体と一緒に埋められてしまうのでは、と心配だったよ。何せこの新米教授は、ボクの貸し出した怪物たちをほとんどまともに使えなかった。結果はこの通りさ」


 時計尽くしの美少女ことクロは、まくしたてるように語る。それを見ながら、俺は思い出す。


 チュートリアルのユニットって、唯一怪物少女じゃないんだよな。ガチャ引いて初めて怪物少女が味方ユニットに加わる。


 ちなみにガチャもクロが演出画面に出てきて魔術っぽいことをして連れてくる形式だ。なのでガチャ結果が悪いと、みんなクロの所為にするのが通例だったりする。


「とんだ災難だったよ。ま、人間なんてこの程度か、とも思ったけれどね。しかし、それはそうとボクにはこの通り実体がないものでね。マスターがいないと何もできない」


 クロは演技がかった所作で、そんな風に語る。試しに指輪を服の上に置くと、その姿が見えなくなった。もう一度手に取る。見えるようになる。


「……びっくりした。幻覚じゃないからね? このまま立ち去るのはやめておくれよ?」


 メチャクチャ焦った顔してて笑う。俺は少し気が抜けて、少し笑っていた。


「な、何だい。何がおかしいって言うのさ」


「いや、すっげー黒幕みたいな話しぶりしてるのに、冷や汗かいて焦ってるもんだから」


「バカにしてるのかな? 人間ごときが」


「違うよ。ただ、この有り様だから、人と話せて安心したんだ。早いところ逃げないとだしな」


「……なるほど。まぁ、同情しないでもないさ。今回は災難だったね」


「この世界の過酷さは分かってる。驚いたけど、それだけだ」


 俺はため息を吐いてから、立ち上がった。するとクロが「さて」と俺に話しかけてきた。


「ではここで、自己紹介をさせてもらおう。ボクはクロ。本来は彼、魔導教授をサポートし、その探求をより円滑に進めるのが役目だった」


 知ってる。推しの一人だ。


「……だった、ね」


「その通り。魔導教授は死んだ。呆気ないことに最初の活動でね。しかもボクは、この通り実体のない存在だ。その指輪に憑いている精霊のような存在でね。自分では動けない」


「俺に運べって言いたいのか? 元ある場所とか」


「アハハッ! いいや、そんなことは求めないさ。ボクは実のところ、君のことを買っている。でもなければ、人間ごときにこうして自己紹介などしないよ」


「おぉ?」


 ゲームでのクロは中々のナマイキキャラだったので、こういう物言いは新鮮だった。というか冷静に考えると、推しが目の前で自分に向かって話しかけてくるのすごいな。感動。


 ん? 推しが? 目の前で?


「君、新しい魔導教授にならないかい?」


「え?」


 俺は一つの気付きとクロのオファーが重なって、キョトンとする。


「君、銀の鍵を使っただろう。何の説明もなしに。どうしてそんなことが出来たんだい? 呪文はどこで知った? こんな辺境の片田舎で知れるものでもないはずだ」


「あ、えーっと、だな。それは、その」


 俺がどう説明したものかと考えていると、「ああ、いや」とクロは首を振る。


「ボクは別に君の秘密を暴こうというのではないよ。秘密は守られてこそ価値がある。とはいえ、人間ごときにそうたいした秘密がありうるとも思っていないけれど」


 クロはあざ笑うように言う。ううむ、ゲーム通りのクロ節だ。ナマイキかわいい。分からせたい。


 ただ、とクロは続ける。


「ボクはその、君が抱える秘密には、魔導教授と比肩する価値があるのではないかと、そう思った、という話さ」


「……」


 俺はポカンと口を開け、その意味を考える。


「……俺、魔導教授になれって言われてる?」


「初めからそう言っているよ」


「マジ?」


「君の言葉遣いは聞きなれないね……。ともかく、本当さ。嘘でこんな事は言わないよ」


 どうだい? と求められる。俺はあまりに突然の申し出に、何度かまばたきをした。


 いや、確かに拾ったアイテムが主人公である教授のものだと分かったときに、「もしかしたら本編に関われるかも」と思ったよ。何人か推しに会えるかもって。


 けど、まさか「主人公死んだし、次の主人公、君ね」と言われるとは思うまい。


 俺は考える。村は全滅。そもそも俺は村の農奴も同然だ。捨てるものは何もない。


 俺はクロを見る。クロの手を取った先に何があるのかを見る。思い出すのは、『ケイオスシーカー!』のストーリー。推しの怪物少女たち。


 怪物少女たちは、初めは小さな困りごとを抱えた状態でいる。だが段々と大きな問題を抱え始め、最後にはどうしようもなくなる。


 曇らせに続く曇らせ。鬱展開に続く鬱展開。それを救うのが主人公である教授だ。


 ……でもさ。その教授、死んだよね。


 誰が怪物少女たちのこと救うの? 全員俺の推しなんですけど。


「……」


 俺はたら……と冷や汗をかく。あ、これ千載一遇のチャンス程度の決断じゃないわ。「はい」か「Yes」かくらいの質問だわ。迷う必要がないくらいの天秤の傾き方してるわ。


 断っても路頭に迷うだけ。頷けばとりあえず住居と食い扶持と、推したちに会える機会、あと推しを救える可能性が得られる。


 俺はクロの小さな手を両手で握って言った。


「末永くよろしくお願いします!!!」


「えっ、そこまで魅力的な申し出だった? びっくりしちゃった」


 クロは突如としてへりくだった俺を見て、キョトンと目を丸くしていた。










―――――――――――――――――――――――




New!


名前:クロ

あだ名:時計尽くしの美少女

外見: 漆黒の髪を長く伸ばし、赤い目をした小柄な少女。深紅のベレー帽をかぶり、長い髪の先端には時計の髪留めが、前髪には時計の針を思わせるヘアピンを付けている。常に懐中時計を右手に巻き付けていてカパカパさせるのが癖。


イメージ画像↓

https://kakuyomu.jp/users/Ichimori_nyaru666/news/16817330658275832771

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