第三章 智
第三章
彼は屋上が好きらしい。理由は彼が異星人だからだ。でもどう関係があるのだろうか。私は彼に尋ねたことがある。
「なんでいつも屋上にいるの?」
彼は空を見上げながら言った。
「雲に近いでしょ」
「うん」
「だから好き。雲の上に行きたいから」
「雲の上? 宇宙のこと?」
「違う。雲の上」
「あなたの他に誰かいるの?」
「うん。一番偉い人と他の僕と同じような人たちがいる」
私は彼の宇宙船が雲の上にあるのだと信じていた。
「なんで地上に降りてきてるの?」
「もう戻れないから」
彼は悲観しながら言った。
「戻れないって?」
私は全てについて疑問を持っていた。疑問を持てば問いかけずにはいられない。
「まず戻る術がないんだ。昔はあった。自由に行き来してた。でももうないんだ」
彼は肩甲骨を回しながら言った。
「それに人って面白いし」
彼は私を見ながら笑いかけた。それに私は応じるように答えた。
「人って言ったって数えるほどしかいないじゃん」
彼は文字を書くことが好きらしかった。ノートにペンを置いては滑らせていた。その時、彼は真剣な表情を浮かべ心底優越感に浸ったような目をしていた。私は彼の物語読みたかったが読ませてはくれなかった。誰にも読ませることはないらしい。
何回頼んでも彼が折れることはなかった。だが一度何文か読んでもらったことがある。それは私には理解できないものだった。驚いたなどでは決してない。私の理解力が足りなかったわけでもない。日本語以外の文だったわけでもない。ただ理解できなかった。彼は文を読み始めた。
「もしイカロスが近づきすぎなければ彼は我々と同じになっていたかもしれない。イカロスは自分から近づいたと話があるがもしかしたら何かに追われていたのかもしれない。それではあまりにイカロスが可哀想ではないか」
意味がわからなかった。イカロスのくだりはなんとなく理解できるが父とはなんだ。私は神話やなんやらに詳しいわけでもない。まずイカロスが神話の類なのか伝説の類なのかもわからないほどだ。彼な翼が生えた人間なのか、鳥人間なのかもわからない。そもそも本が存在しないのだ。書物は全て燃えてしまった。私は先ほど言ったように問いかけずにはいられないのだ。
「どういう意味なの?」
「イカロスは帰りたかったってこと」
「あぁそういうこと」
私は納得した。それ以上問う意味もなかった。
「昔話をひとつしてあげよう。そこまで昔なわけじゃないが」
彼は言った。その日以来、彼に会うことはなかった。教室の窓から見える彼の姿は鮮明に脳裏に焼き付いていた。意味もなく毎日そこに訪れ、窓から彼を見ていた。誰もいない教室で。蝉の声が静かになった頃、彼は姿が見えなくなった。私は屋上へと向かったがそこに彼はいなかった。消えることは慣れていた。彼は異星人だ。自分の星に帰ったのだろう。それが普通よ私に理解できる結論だった。肩甲骨を回した。風が吹くことはなかった。
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