第2話 中庭でオシャレなお茶会
「ん、ん~~」
苦し気に目を開ける洋太。気を失ったのか、気付くとうつ伏せで倒れていた。
「なんだ、此処」
視界に映るのは見たことも無い室内。ベッドや家具が置かれ、豪華という言葉が似合う部屋だった。
ボーっとした頭で自分の横を見る。そこには同じようにうつ伏せで倒れているマナがいた。それを見た瞬間、洋太の頭は覚醒し慌ててマナの身体を揺さぶった。
「おい、マナ! 大丈夫か、おい!!」
するとすぐに反応があった。
「あれ、洋太?」
目を開けて周りを見る。
「アタシたち、鏡の中に引きずり込まれて、それから」
不安そうに眉を寄せるマナ。
「ここが何処かなんてどうでもいい。早く帰ろう」
そう言って洋太は後ろを振り向いて、自分たちが出てきた鏡に手を置く。
「あれ? なんで」
「どうしたの?」
「鏡に、入れない」
先ほどと同じようにしているにもかかわらず、鏡は波打たないまま冷たく硬い感触を伝えていた。
2人で鏡面の至る所を触るが、全く反応がない。
「どうしよう」
マナが泣きそうな表情で洋太を見る。
「…………」
どうしようもなく、洋太も不安そうに鏡を眺めるしかなかった。
どのくらいの時間が経ったのか、突然彼らの後ろで音がした。
ガチャリという扉が開く音。その音に敏感に反応し、洋太とマナは勢いよく振り向く。
「ど、どなたですか?」
そこにはマナたちと同い年くらいの女の子が立っていた。
「お、俺たちは、その」
「怪しい者じゃなくて」
しどろもどろになりながら事情を説明しようとするが、うまく言葉が見つからない。
3人が見つめ合ったまま動けないでいると、4人目の人物が現れた。
「エリーナお嬢様、どうかされましたか?」
女の子の後ろから覗くように現われた大人の女性は、2人と目が合うと強い口調で起こり始めた。
「貴方たちは誰ですか? ここをお嬢様の寝室だと理解して侵入したのですね」
「いや、俺たちは迷っただけで」
「言い訳無用ッ! 迷ったなどと嘘を吐きおって、子供と言えど許されぬ。衛兵、衛
兵!」
こうして2人は問答無用で捕らえられた。そしてそのまま狭い部屋に連れていか
れ、尋問が始まった。
「それで、お前たちは二ホンの学校から鏡を使って来て、ここは異世界だと?」
そこにはテーブルが1つと椅子が3つだけという空間で、洋太とマナは並んで座り、テーブルを挟んで先ほどの女性が座っていた。
「そんな話し、信じられる訳がないだろう。もう少しマシな嘘は吐けないのか?」
呆れたように女性は自分の額を抑える。
「嘘と言われても本当の事なんです」
「信じてください」
彼らは必死に説明を繰り返すが、どうにも信じてくれない。
「子供だから優しく聞いているんだぞ、私は」
嘘をついている子供を
「もう1度聞くぞ? これが最後だ。なぜお嬢様の部屋に居た?」
3度目の同じ質問。だが、同じことを説明するしかなかった。
代表して洋太が喋ろうとしたとき、部屋の外から声がした。
「おやめください。今は取り調べ中ですので」
「そこをどきなさい。私はミレアに用があるのです」
ガヤガヤと声が近づいて来ると、扉が開けられた。そこに現れたのは豪奢なドレスを身に纏った女性だった。
「な、なにをしておられるのですか、アイリス様! 衛兵は何をやっている。早くアイリス様を――」
「ミレア」
名前を呼び、それ以上喋ることを許さなかった。
「例えどんな事情があろうと、子供たちに対して尋問は相応しくないとお願いしたはずです」
それは凛とした言葉だった。
「お言葉ですが、私も子供相手に優しくしているつもりです。しかし、この2名は本当の事を何1つ話さず、自分たちは異世界から来たと言っているのです」
アイリス様と呼ばれている女性は洋太とマナに視線を向ける。
「本当にあなたたちは異世界から来たの?」
優しく微笑みながら問う。
「本当です。俺たち本当に別の世界から来たんです」
「学校の鏡に引きずり込まれて、気付いたら部屋にいたんです」
2人の目を無言で見つめ、答えを出した。
「私はこの子たちを信じます。何かあれば私が責任を負います」
「ち、ちょっと待ってください。信じるのですか!?」
ミレアは驚いて立ち上がる。
「もちろんです。私だって1人の母、子供が嘘を吐いていれば気付きます」
「ですが」
「大丈夫です。さぁ、こんなところ出ましょう」
と、洋太たちを促しながら外に出た。
「ごめんなさいね。でも、ミレアも仕事だから。解ってあげて?」
何とも答えられず、黙って頷く2人。
「ふふふ、ところで貴方たちのお名前はなんていうの?」
「洋太、です」
「マナです」
「ヨウタ君とマナちゃんね。私のことはアイリスと呼んでね」
どこまでも優しく語りかけるアイリス。
「2人は別の世界から来たのよね? それなら、その世界の事を話してもらえないかしら。娘もきっと喜ぶわ」
緊張を和らげるようにアイリスは喋り続け、洋太とマナはその後に付いて行く。
そして連れてこられたのは中庭だった。色とりどりの花が咲き乱れ、中庭を飾っている。
その中心に白いテーブルが鎮座していた。まるで絵画の中の光景にマナは見とれ、感嘆の溜息を吐いていた。
「さぁ、お茶にしましょう。美味しいお菓子も用意してあるの」
席に案内されるまま席に着き、3人でのお茶会が始まった。
「なぁ、一応助かったんだよな。俺たち」
洋太は小さい声でマナに耳打ちをする。
「多分ね。でもこれからどうしようか」
その間にもアイリスは淀みなくお茶を淹れていく。ポットにお湯を入れると、途端に辺りに香りが満ちる。
普段ジュースしか飲まない洋太であっても、その香りが鼻を通り抜けると同時に、良い匂いだと感じるほどだった。
「どうぞ。砂糖と牛乳もあるから使ってね」
差し出されたカップを受け取る。カップの中には琥珀色の液体が揺れながら湯気をたてていた。
「「いただきます」」
恐る恐る飲んでみると、紅茶のようだが違う風味を感じた。決して苦いわけではなく、渋いわけでもない。しかし、どことなくコーヒーのような香ばしさの残る後味だった。
紅茶やコーヒーを飲むときは砂糖と牛乳が欠かせないマナだったが、不思議とこのお茶は砂糖と牛乳を必要としなかった。
「お菓子もどうぞ。先ほど作ったばかりだから温かいはずですよ」
皿に乗っているクッキーを1つ貰う。1口齧るとサクサクとした食感が心地よく、ほのかな温かさと甘さが心を癒してくれた。
「美味しい」
マナが言うと、アイリスは嬉しそうに目を細めて微笑んだ。
「それは良かった。いっぱい食べてね」
アイリスもお茶を飲みながら2人の客人を見守った。
そしてカップの中身が無くなるころ、アイリスは優しく尋ねる。
「聞いていいかしら。鏡に引きずり込まれた時の事を教えてもらえる? もしかしたら帰り方が分かるかも知れないわ」
お茶とクッキーの効果でだいぶ落ち着いたらしく、事の始まりから丁寧に説明できた。
「そう。鏡に手を付いたら抜けなくなって、引きずり込まれたのね」
何かを考えるように黙るアイリス。とその時、人影が現われた。
「お母様。本日のお勉強が終わりました」
そこには、マナがたちと同い年くらいの少女が立っていた。金色の髪とふわふわとしたドレス。おとぎの国から飛び出してきたと言っても過言ではない姿。
そして彼女は、洋太とマナが出てきた鏡の持ち主の少女でもあった。
「あらエリーナ、お疲れ様。あなたにもお茶を淹れましょうね」
そう言ってお茶を淹れ始めるアイリス。
エリーナも席に着くが、どことなく気まずい雰囲気が流れていた。
自分の部屋にいつの間にか居た人間が、今度は目の前に居るのだから、気軽に話しかける気も起きないのだろう。
洋太たちとしても、仕方ないという部分もあるがいたたまれないのは同じ気持ちだった。
沈黙のまま2分が立った頃、マナが沈黙を破った。
「……あの、さっきは驚かせてごめんなさい。悪気は無かったんだけど、本当にごめんなさい」
マナが謝罪と共に頭を下げ、洋太もそれに従う形で頭を下げた。
その光景を見たエリーナは、アワアワと動揺しながら手を振った。
「き、気にしないでください。確かに最初は驚きましたけど、事情は聞きましたから」
ぎこちなくはあるが、お互いに
「それで、その時の記事はどうなったんですか?」
「なんと大好評。3か月連続で記事にしても足りなくて、結局毎月になっちゃったの」
「うふふ。是非読んでみたいです」
クラス新聞の話しはエリーナに大変ウケた。恋愛相談の話しや、失敗談などは彼女を大いに笑顔にさせるには十分だった。
1時間ほどの間でマナとエリーナはすっかりと仲良くなっていた。
「では、何か記事になるような話があれば、マナさんたちの新聞に載せてもらえるんですね!?」
「もっちろん! でも、ちょっとやそっとの話しじゃクラス新聞には載せられないよ」
どこの世界でも、女子2人の会話に器用に混ざれる男子は少ない。洋太もただ大人しくお茶とお菓子を食べながら時間を過ごしていたが、気になる事があった。
「なぁ。俺たち帰れるのか?」
クラス新聞の記事は必要だが、日本に帰ることが出来なければ元も子もない。
「あっ」
すっかり忘れていたらしいマナが、現実に連れ戻された声を上げた。
「その事なのですが、思い当たることがあります」
今まで黙って子供たちの話しを横で聞いていたアイリスが告げる。
「あなたたちの世界に帰る方法は、私たち大人が考えます。だから2人は気にしなくても大丈夫よ。方法が分かるまで、エリーナと遊んであげて?」
あくまで優しく、不安にさせない声だった。
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