バースプラン

修二が里美と亮二の元を離れて初めての妊婦健診も、あと何回だろうか。

胎動が激しい。

初期のうちに早産を防ぐための処置を受けていたが、その具合があまり良くない事が発覚して以降、早めの陣痛がくることを覚悟していたがなかなかそれは訪れなかった。


双子のあまりの暴れん坊ぶりは本当に女の子なのかと疑いたくなるほどであり、特にいつもお腹の左下辺りで暴れている子についてはきっと活発な子なのだろうと想像できた。

お腹の中で肋骨を蹴られたかと思えば、足の付け根付近にも衝撃をくらう。

双子なのだから胎動が激しいのも当然なのだが、このまま破水して産まれてしまうのではと不安もあった。

妊娠後期で腹も更に膨らみ、ただでさえトイレが近いのにそこへ刺激が加わり今にも漏れそうな感覚に襲われる。

後期に入り、より頻繁に行われる検診。


「賀城さん、あれから調子は?」

「薬が効いてるみたいで、張りはだいぶ…」

「状態も変わりないね。大丈夫そう、赤ちゃん大きくなってるよ。今日は採血していって。…他に何か気になることは?」

「えぇ、出産不安のこともそうなんですけど。……下から産むのってやっぱり無理なんでしょうか。」

「やっぱり経膣分娩、諦めきれない?」

「やっぱりできるなら下から産めた方がいいなって思って。一人目の時、思っていたよりも早く身体も元に戻れたのもあって…

術後の痛みのことを聞いたことがあるんですけど、それがトラウマになったっていう話を友人からも聞いてしまって。」


エコーのため腹を出しジェルを塗布される。

里美はバースプランの提出時に可能であれば経腟分娩を希望していたが、医師からは一人目が頭から産まれる形でないと許可できないと説明を受けていた。

話をした当時は一人が逆子であったため、帝王切開の予定で手術日もすでに決まっていたのだ。


「そうだねぇ…自然分娩でいく?今の赤ちゃんたちの状態なら許可できそうだけど。」

「良かった…」

「今の赤ちゃんたちの位置だと自然分娩でもいけそうだけど、帝王切開での出産の方が赤ちゃんにもママにも安心だよ。

お腹切るから経膣分娩よりは回復に時間かかるけどどうします?」

「夫が海外勤務になりまして、出産の時も戻って来られないんです。少しでも私が早く回復しないといけなくて…その為にもなるべく早く回復できる方法で産みたいんです。」


しかし双子となると、亮二の妊娠出産時とは色々と異なる。


「少しでも危険があれば帝王切開に切り替えますよ。ご主人、当日来られないの?上のお子さんはご実家へ?」

「そのことで…うちの夫婦は両親とも他界していまして、親戚はいますけど…上の子を一緒に入院に付き添わせたいんですが、可能でしょうか…」

「そうねぇ…」


医師はカルテに添付された入院資料を確認しながら考えをまとめている。


「賀城さんは…そもそもグレードアップしてファミリールームの個室で予約しているので、お子さんとの同室も大丈夫ですよ。」

「そうでしたっけ…良かった。妹が休みの日は手伝ってくれるので、息子も一緒にお世話になるかと思います。」

「それじゃあ、陣痛を待って自然に産む形で予定しておきましょう。一緒に頑張りましょうね。」


礼を言うとスッキリしない胃と痛む腰を庇いながら退出し、病院を後にする。

車に戻りそのまま利佳子に電話を入れると、とある頼み事をした。


「利佳子、仕事中だよね?ごめん。あのさ…早めに伝えておいた方がいいかと思って。お腹の子たちね、帝王切開じゃなくて自然に陣痛を待って産むことにしたの。」

「あらそう、色々頑張らないとね。修二くんのためにも。」

「でね、あのさ私の出産のとき…利佳子、立ち合ってもらえないかな。」

「私が?」

「うん…妹にも声はかけてあるんだけど、無理かもしれないし。…嫌ならいいの。亮二の時を考えると一人で陣痛に耐えられる気がしなくて、陣痛室にいてくれるだけでも大丈夫だから。」

「時間帯にもよると思うけど…なるべく努力するわ。」

「利佳子も自分の事があるし、不安に思うなら大丈夫。自分のことを優先してもらって良いから。本当、できたらでいいの。」


利佳子も年明けには子を産む。

自身がこれから経験することに付き添わせ、不安にさせてしまうのなら申し訳ないことだ。

しかし、昔から頼れる存在が近くにいる事は頼もしいに決まっている。

自身に宿った命。

無事に二人を産むための準備は着々と進んでいた。

しかし三人を里美自身の手で育て上げる、その自信については持つことができなかった。

きちんと健康と安全を守り、日々の成長を見守ることは母親として責任だと思う。

仕事では後輩から慕われ、仕事でも評価され決断力のある里美も本当の所、とても心は弱いのだ。

守るべきものは守る。

双子が生まれる日が迫る今、里美の心は変わり始めていた。



某日深夜


「痛ったぁ…」


腹部が張りジワジワと痛む。

ここ最近の張りとは異なる、痛みを伴うお腹の張り。

隣ではスースーと両腕を上げながら亮二が眠っている。

蹴り飛ばされたブランケットを掛け直すと、おしゃぶりを加えた口がモグモグと動く。

痛いが、気のせいのようにも感じる。

計ってみると二十分間隔で訪れる痛みと張り。

しかしながら出産経験のある身としては、この痛みはまだまだ我慢できる程度であり前駆陣痛の可能性もあり何とも言えなかった。


それに予定日まで一ヶ月ちょっとだが、産まれるまでにはまだ早い。

双子妊婦には安定期などなく、前回の妊娠経験もあり常に気を張っていたが、今のこの痛みが意外にも定期的に来ていることに対し、里美は心のどこかで『このまま出産になる』という確信があった。

深夜ということもあり、なんとなく利佳子には連絡を入れにくい。

里美も眠りについておきたかったが、やはり痛みが邪魔をする。

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