最愛の夫
日本を離れる前、直前になって何者かに撃たれた身体。
約十二時間のフライト中、持参していた頭痛薬を服用し痛みを取り除こうとしたものの、あまりの痛みで効果は感じられず息も絶え絶えに現地へ到着すると安堵感からか空港で意識を失った。
所持していた公務用パスポートにより身分を確認されたのだろう、気づいた時には病院のベッドで横になっていた。
既に手術を終え、自身で施していた止血は正しかったと後に医師から聞いた。
職業柄そのような処置方法は学んでいたが、実際に行う事は初めてであり、まさか自分に行うことになるとは思ってもいなかった。
命が助かっただけ良かったが、何のためにドイツへ渡ってきたのか自分の不甲斐なさに腹が立つ。
妻である身重の里美にどんな思いをさせて日本を離れたか、どれだけ家族三人一緒にいたかっただろうか。
何としてでも生きて帰らねば。
そして、これから誕生する双子のためにも。
…
腰がズーンと痛み、お腹が痛いのか、腰が痛いのか、とにかく下腹部が重く痛む。
たまに失いそうになる意識を何とか保ち、吹き出す冷や汗を拭いながらまずは亮二の世話に努める。
しかし里美もダイニングまでは来たものの、亮二の離乳食を用意して食べさせる余裕はない。
「お姉ちゃん、亮くんの朝ごはんパンがゆでいい?」
「うん、ありがとう…あとバナナあったわよね?それも一緒にお願いしていい?」
朝の離乳食を歩美が食べさせてくれている。
「歩美、色々とありがとうね。仕事も大変なのにこっちの都合に巻き込んじゃって申し訳ないわ。今度ちゃんとお礼するから。」
「…気にしないで、こういう時だもん。それより大丈夫なの?修二さんに連絡は入れたのよね?」
「そうね…このくらいの痛みだと、すぐ産まれるってのないと思うんだけどね。
病院行くってなったら、亮二も連れて行くからっ…家のこと色々頼むわ…はぁー…もう、痛くて…キツい…」
前回の検診時のとおり、医師と看護師の配慮で万が一の場合は亮二を連れて入院することについては許可を得ていた。
利佳子にも連絡を入れる。
平日の朝、出勤前に連絡を入れた所で気を遣わせてしまうだろうが念のための連絡だ。
前かがみになりながら、呼吸で痛みを逃す。
「もう、これ本当に陣痛だわ…」
「修二さんから連絡は?」
「いや、まだ…」
「何やってんのよ…もう本陣痛でしょう?修二さん、心配じゃないのかしらね?」
「そうね…色々あるんじゃないの?時差だってあるだろうし。これ前駆陣痛だと思ってたけど、もう痛み付いてきてる気がするし…もう本陣痛よね。はぁ…病院もう一回連絡入れておこうかな。」
経産婦であれど、前駆陣痛と本陣痛の判断はなかなか難しい。
自分でスプーンを持ち、ガチャガチャとお皿の中を混ぜる亮二は朝から手も顔も周囲もグチャグチャだ。
「はぁ…もう、食べてくれれば好きにしていいから…」
…
その頃
「…メール?桃瀬か?」
————————————
おはよう。みんな元気か?
付き添えないのが心苦しいが、無事を祈るよ。
きっと可愛い娘、二人の写真待っているよ。
病院を信じて、周りに助けてもらって、頑張れ。
————————————
送信を完了すると、とある考えが浮かんだ。
修二は早急に日本に立つ準備をして空港へと向かう。
メールを送信したその地はロシア、ウラジオストクだった。
…
歩美は出勤のため家を離れ、部屋には里美と亮二の親子二人。
かなり痛みはあるものの、間隔が不規則だ。
「 はっ、はっ、ふーっ…痛いっ…ふーっ、ふぅー…」
「すみません、賀城です。痛み…強くなって…きてて…」
「辛そうね?何分間隔で?」
「まだ十五分とか二十分とか、間隔…不規則なんですけど、痛くて…っ」
「痛そうではあるんだけど…まだ間隔が開いてるみたいね。経産婦さんだし十分間隔になってからまた連絡もらえるかしら?でも破水したらすぐにね。」
「わかりました…っ、また。」
確かに行って帰される、その移動の負担を避けるならばギリギリまで耐えた方が良いのはわかる。
「まだ、家にいてって。十分でまた連絡してって。」
「この痛みでもダメなの?」
「はぁっ、痛いっ!はぁっ…痛いよ!はぁ…あ…はぁっ…」
歩美はいつか自分も経験するかもしれない姉の姿にどうするのが一番良いものか迷いつつ、腰を摩り励ます。
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