新生活の始まり

「お姉ちゃん、亮二くんそろそろ退院よね?」

「そうね、お陰様で。」

「仕事、すぐ復帰するの?」

「まぁ、いずれはね。三年は本来OKなんだけど、そんなに休んではいられないわよね。立場的なものもあるし。」

「そう…まさか、このまま仕事辞めたりしないよなって思って。」

「でも、今もたまに本部には顔出してるのよ?産休育休とはいえ、長期休暇取ってそのまま出勤なんて恐ろしいわよ。」

「へぇ…色々頼ってね?私はさ、お姉ちゃんの仕事を頑張ってる姿をこれからも見ていたいし、この年齢でなかなか凄そうな立場になってるのも凄く憧れだもん。」

「ありがとうね。」



数日後


「ねぇ、明日亮二の退院だけど、予定通り修二くん一緒に行けるのよね?」

「そのつもりだったが…それで構わないか?」

「うん、大丈夫。でさ私…仕事できたら早めに戻りたいと思ってるんだけど良いかな?」

「早めって、どのくらい?」

「できるなら半年以内には…」

「半年って早くないか?誰が亮二を見るんだ?保育園って言ったって、アイツは低体重で生まれてるんだぞ。もう少し俺らで見てあげられないか?」

「不安なのよ。」

「生活費のこと?」

「違う!そんなことじゃなくて、こんな長く休んだら自分の仕事の…今までの経験とか評価とか、全部無くなっちゃうような気がして。」

「上の人たちはそんなこと思わないと思うけど?今だって、 桃瀬を必要としてるのは間違いない。みんなお前を待ってるが、桃瀬の健康な身体がないとどうにもならないだろ。いきなり子育てしながらフル出勤は、キツイと思うぞ?もっと考えてさ、家で育児を始めて、それから一緒に考えようよ。」

「…わかったわ。もう少し考えてみる。」

修二は里美の気持ちもわからなくはないが、最低でも一年は休むものでいると思っていたのだ。



翌日


「賀城さん退院、おめでとうございます。亮二くんもお母さんも、お父さんもここまで頑張りましたね。」

「本当にお世話になりました。」


亮二はまだまだ定期的な健診を必要としていたが、身長も体重も増え、心配されていた消化器官の具合も良好なため無事に退院の運びとなった。


「おっぱい、たくさん吸わせてあげてね。そうすればママのおっぱいももっと沢山出るようになるから、頑張って。」


切迫早産での入院時から一番世話になり、相談に乗ってもらった看護師や医師とも暫しの別れ。

挨拶を済ませると亮二を抱き病院を去ると親子は車に乗り込んだ。

後部座席に設置した新品のチャイルドシートに乗せると、大きな目をパチパチとさせてキョロキョロと不思議そうにしている。

里美が亮二の隣に座り息子を見つめて微笑むと、その姿を運転席からミラー越しに見ていた修二は二人への愛しさが溢れて止まない。

自宅へ着くと、歩美が新しい家族の到着を待ち侘びていた。


「あ!帰ってきた!おかえりなさい!…うわっ、小さいわね。」


笑顔があふれ、亮二の帰りを待ち侘びた歩美が出迎える。

亮二の身体がビクッとなり、静かに泣き出す。


「…うっ、っっ…ほぎゃー!」

「歩美、声が大きわよ!」

「…っ!ごめん!」

「悪いな、歩美ちゃん。まぁ、これから色々と気を遣わせちゃうと思うがよろしくな。」


リビングにいても、テレビが付いていても、誰もが気になる亮二の様子。


「そろそろ授乳してくるわね。」


亮二を抱き上げ、一枚扉を隔てた自室に向かう。

今日は車移動もあり、少々授乳間隔が開いていた。

息子を前に胸を開けると反射的に胸が母乳を作り出してツーンと痛くなる。


「あぁ、おっぱい張って痛いわ…お待たせ。亮二、どうぞ。」


口元に乳首をやるとカプっと加え、うっくうっくと飲み始めた。

すると修二も部屋にやってきた。


「おっ、飲むのもすっかり上手いもんだな。」


修二は授乳の姿を見るのは初めてだった。

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