昔の恋人
職場に新しく完成した保育園の見学予約の時間まで、里美と亮二はカフェで休憩室する。
その間、顔見知りの職員が里美に気づくと声をかけてきた。
「妊娠中って噂に聞いてたけど、もう産まれてたのね。男の子?この髪のうねり、里美そっくりじゃないの…旦那さんは?ここの町で暮らしてるの?」
同じ大学だった彼女は別の部署での勤務だが、職場内で時々こうして顔を合わせることはあった。
「あー、旦那はここの人なんだけどね。」
「そうなの!?誰?…って、言えないか。」
「ダメって事はないけど…覚えてる?大学の時に付き合ってた人、修二っていうんだけど。」
「あー、わかるよ!まだ続いてたの!?結婚したなら教えてよね。今度お昼一緒にしようよ。」
「いや、大学からずっと付き合ってたわけじゃないんだけどさ、私もずっとドイツに行ってたし。まだ育休なんだけど仕事は戻る準備してるから、また連絡するわ。」
昔から明るい久しぶりに会った彼女は男にもモテたが、結婚どころかどうやら恋人もいない。
お互い学部は違ったが、同い年で明るい彼女とは仲が良かった。
「遅っそいな…あのバカ…本当時間にルーズなんだから。」
…
約束の時刻を二十分過ぎてやってきた修二。
「悪い、悪い!遅くなった!ミーティングのスタートがおしちまってさ。亮二はご機嫌さんかな?」
修二が抱き上げると、泣き出す亮二。
制服を着る父親の姿は初めてだからたろうか、大声で泣きわめく。
本来この場にいるはずのない赤ん坊が大声で泣いているため、周囲の注目を浴びてしまった。
「あの人、賀城さんじゃない…?あの赤ちゃん誰の子?」
「一緒にいるのって、桃瀬さんよね?」
「えっ?あの二人って夫婦なの?子ども?病気で入院してるって聞いたよ?妊娠してたの?」
コソコソと色々と会話も聞こえてきたが特に気にしない。
修二も里美も、結婚・妊娠・出産については実際、職場の近い人にだけ報告をするに留めていた。
「さっきね、電話で上とも相談したんだけど、週三くらいで復帰しようかと思って。」
「そうか、色々忙しくなるな。しっかり保育園も見ておかないと。」
今日の目的でもあった、亮二の預け先、研究所本部内にできた保育施設へと向かうと、案内を受けながら修二が尋ねる。
「思ったよりも広いんですね。今はどのくらいの人が利用を?」
修二が尋ねる。
「今は三人のお子さんが通っていますね。まだ出来たばっかりですから、申し込みもこれから増えるんでしょうね。」
「なるほど…」
保育の環境的には問題なさそうだ。
職場内にあることはかなりの好条件であり、何かあった際にはすぐに駆けつけられることも二人にとって利点だった。
住まいのある地元の保育園を利用するのか、研究所内の保育園を利用するか迷っている二人。
本当にこんな小さい子を預けるのかと悩む部分もあったが、里美は自分のキャリアに対する不安を抱いていた。
低体重で産まれた亮二を考え、その子を預けて仕事をするべきなのだろうか。
後日、夫婦での話し合いの結果。
結論としてはフルタイムでの復帰は先延ばしにすることにし、しばらくは修二の休みの日に合わせて里美が出勤するとイレギュラーな方法をとり生活リズムを作ることにした。
そして上層部もそれを了承した。
…
復帰初日
久しぶりの出勤に不安をのぞかせる様子を見せながらも表情は明るい。
しかし、身支度をしようにも亮二を妊娠中、お腹が目立つまで着ていたはずの制服がキツいのだ。
「なんか緊張するわね。…ん?キツい…?お腹が出てからも着ていたんだから着れるはずよね?」
何とかウエストまでファスナーを上げたものの、今度は胸がつかえてしまいトップスのファスナーを上げることができないのだ。
グズグズと泣き続けている亮二をあやしながら修二が部屋へやってくる。
「もう、参ったわねぇ…」
「おーい、準備できてるか?」
「ねぇ、今までの制服が着れないのよ。」
修二は胸の下まで何とかあげたファスナーの状態を見ると、何とも中途半端で笑いが込み上げた。
「いや桃瀬、妊娠前と同じ服はちょっと無理だろ…」
「笑わないでくれる?妊娠してからも暫くは着られていたんだし着れると思うでしょ?」
「悪い、悪い。だってな、胸だって大きくなっただろ?どう考えたって同じものを着れるわけないよ。」
「仕方ないわ、マタニティー用のスカートで行くしかないわよね。」
「…何を着ていたって可愛いんだから大丈夫だよ。」
不貞腐れた表情をする里美に口付ける。
「…何よ?」
「可愛いから大丈夫。」
「そろそろ行かないと!」
変な雰囲気に飲まれないよう、里美はさっさと出勤することにした。
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