変わる身体

両胸が石のように固く痛み、そして元の大きさに戻ろうとする子宮の収縮による痛みで目が覚めた。

子どもを出産したことで、やっとうつ伏せで寝られることが嬉しかったが、起きるとブラとパジャマが濡れていた。


「何…これ?母乳ってことなの?痛たっ…」


母乳の出る場がなく、胸が張っていたのだ。

触れるととても固く痛みがある。

出せば痛みもなくなるのは何となくわかったが、出し方がわからない。

パンパンに張った胸の根元部分から乳首に向かい押し出す様に圧をかけてみるが、あまりの痛さにこれ以上は限界を感じた。

ちょうど良いタイミングで検温確認に来た看護師に伝える。


「あの、起きたらおっぱいがすごく痛くて…」

「もう張ってきた?早いわね。見せてもらっていいかな?」


パジャマのボタンを外し、大きくパンパンに張った乳房を出す。

タオルを胸の下に当てて、乳首をしごかれる。


「本当だわ。だいぶ張って痛そうね。身体がしっかり母乳作ってくれてるわ。乳腺開通しましょうね。」

「痛ぁっ…」

「妊娠中、おっぱいマッサージはしてた?」

「してないです。切迫早産だとしない方がいいって…」

「今回が初めての出産よね?初めてだと乳腺も開通してないから痛いかもしれないんだけど…

こうやってね、自分で乳首を引っ張ったり押し込んだりして…人差し指と親指で挟んだら絞り出すように出してみて、乳首だけでいいのよ。ほら、ちょっとずつ出る量が増えてきたでしょ?」


張って痛い胸と乳首をこねくり回されるのはたまったもんじゃない。

しかし次第に固かった乳首も柔らかくなり、絞り出すように動かすと徐々に白い液体が溢れ出て、次第にシャワーのように母乳が飛び出した。


「ほら、おっぱいもだんだん柔らかくなってきたよ。張りもなくなって痛みも楽になってきたんじゃない?赤ちゃんはまだ小さくてママのおっぱいを直接飲むのは難しいから、こうやって自分で搾乳して届けてね。」

「はい、だいぶ痛みはなくなってきました…あとは練習ですよね。」

「そうね、頑張って。授乳前におっぱい全体を上下に揺らしてマッサージすると良いわよ。」


胸の膨らみの根元から搾り出すのではなく、乳首を搾るだけで母乳が出てくるというのは意外だった。



その日の夕方、修二は仕事を終えて面会にやってきた。


「よっ!もうすっかり元気か?」

「なんか来るの早くない?ちゃんと仕事終わらせたの?」

「まぁな、やる事は色々あるが、家族も大事だろ。今は尚更だよ。ほら、これ。」


差し出されたのはたくさんのカスミソウの中に三本のバラが入った花束。


「ん…?どうしたのよ、これ?」

「出産祝い。あと…これ。」

「あ、これって…」


ベッドの縁に腰を掛け、手渡されたのはあの時のジュエリーショップの小さな紙袋。

あの時、二人で買いに行った指輪だった。

目まぐるしく生活が変わったことで、あの日の出来事が何ヶ月も前の事のように感じらる。


「ありがとう…花、修二くんが一人で選んだの?」

「そうだけど…変か?まぁ、もちろん店の人にも相談したけどな。」

「…そう、嬉しい。」

「桃瀬、手出して。指輪着けよう。」

「プっ…こういう時は左手だろ?相変わらず、何というか…」


修二はなぜか両手を出した里美の動きに笑いが込み上げると、右手を下ろし左手の薬指に指輪をはめる。


「やっぱピッタリじゃん。あの時作りに行って良かったよ。少しでも早く一緒に付けたいじゃん。」

「ありがと…あんまり、体重も増えなかったものね。すごくキレイで可愛いわね。」

「俺のも頼む。」


これでやっと夫婦になれた気がした。

婚姻届を提出しただけで新居での生活が始まったわけでもなく、全く新鮮味は無かったがいずれは結婚式も視野に入れている。

それが半年後なのか一年後なのかは分からないが、夫婦の始まりとしての思い出は残したいと思っていた。


「あと…でさ、名前どうする?赤ちゃんの。」

「そうなんだよな…どうするか?」


名前の話は出ていたものの、いつも決定までは辿り着かずにいたのだ。


「私ね、前向きな意味の名前がいいなと思ってるの。あとは元々十二月生まれの予定だったし、それを忘れないように冬をイメージした名前もいいかなって。秋生まれになっちゃったけどね。」

「俺は『修』か『二』の字を使ってもらえたら嬉しいんだけど。」

「そうねぇ…男の子だし父親の名前から一文字もらって継ぐのも確かに良いわよね。」

「ほら、いいだろ?俺の字を一文字使ってもらえたら嬉しいと思ってる。俺は仕事柄いつ、身の危険に侵されるかわからないからな。

俺の意志を引き継いでもらって、ママを守ってもらえれば嬉しいんだが。」

「産まれたばっかりで縁起でもないこと言わないでくれる?」

「まぁな。親になった以上、そうならないよう責任を持たなきゃならないんだが。」


笑い事では済まされないのだが実際、修二がそのような職業であり立場であることは里美も理解していた。


「まぁ、名前の由来としては悪くないのかな。男の子だし修二くんの案でいく?うーん…何だろ。しゅういち?しゅうや、しゅう…りゅうじ、ゆうじ、りゅういち、りょうじ…」

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