親子の対面

修二、里美夫婦に男児が誕生した。

新たな命の誕生による幸せな雰囲気とは異なり、周囲は緊迫した空気が漂っている。


「出血が止まらないって何だよ…産まれたんだよな?」

「お父さんは廊下に!」

「収縮剤用意して!保冷剤も!」

「お母さん、出血を止める注射しますね。」


医師の強い口調が緊迫感を表していた。

長時間の陣痛、そして出産を終え体力を消耗している里美はぐったりとしたままわずかに頷く。

別の看護師も保冷剤を持ってやってきた。


「お母さん!ちょっと冷たいと思うんですけど、お腹に保冷剤乗せますよ。子宮を収縮させる為なので頑張ってください。」

「…フワフワする。修二く…」

「旦那さん、廊下にいますよ。」

「私もう、ダメなのかな…赤ちゃん、まだ抱けてないよ…」

「赤ちゃんも頑張ってますよ。後で赤ちゃん、抱いてあげましょうね。」


随時返事をしている気力はなく、里美はなすがままだ。

だんだんと意識が薄らいでいく感覚になり、里美は全身に力が入らず勝手に震え、そして身体の冷えを感じる。

目を開けようとしても瞼が重くて開けられず、広い芝生の中で花が舞う夢のようなものを見た。

里美は自身の命がもたないかもしれないと感じた。

誰かの大きな呼びかけで意識を戻される。


「賀城さん、目開けて!出血止めるために子宮のマッサージするけど頑張ってね。お腹押しますよー!」

「んあっ!!痛っ!あっ、痛っーーいーー!」


強く腹を押され、再び出産を迎えるのかと思うほど痛みにより大声で叫ぶ。

膣内は医師の握り拳が入れられ、腹の上から反対の手で挟まれている。

あまりの痛みに意識は戻ったが、身体が強張り、両目からはポロポロと涙が出る。

咄嗟に呼んだ夫である修二の名前。


「痛いっ!…いたっ、はっ、痛いっ!!いたーーーーっい!…修二っ!」

「先生、賀城さんのご主人呼びますか?」

「そうだね。ご主人に状況説明して大丈夫なら中に入れてあげて。」



分娩室の外、廊下で待つ修二の元に看護師が小走りでやってくる。


「賀城さん、赤ちゃんは呼吸が安定しないので処置中なんですが、ほぼ落ち着いてきています。それから奥さんですが、胎盤を出した後の出血が止まらずに今処置しています。それで…里美さんがご主人を呼んでいます。処置中なのでかなり苦しんでいるんですが、お父さんがもし大丈夫であれば中にどうぞ。」

「もちろん、お願いします。」


再び術衣に着替えて中に入ると看護師が馬乗りになり、里美が激しくお腹を押されて泣き叫ぶ姿に修二は思わず目を背けた。

陣痛とは異なるのであろう痛みに耐え、叫び、泣きじゃくる里美。


「桃瀬、手が冷たすぎる…生きるんだぞ。」


恐らく修二がそばにいる事には気づいていないだろう。

里美の手を握って励ますが、あまりの手の冷たさにこれは深刻な状態なのだと理解した。

腹部を押すため一定のリズムで分娩台が揺れる。

止血のための処置は続いているが、修二は里美の涙を流す目が徐々に虚になり、握る手の力が弱くなって行くのがわかった。


「桃瀬!目、開けろ!頑張れ!まだ赤ちゃん抱いてないだろ!頑張って産んだんだろ!!勘弁してくれよ…このまま死ぬなんてありえないぞ!」

「血圧落ちてます!」

「輸液入れて!…出血が多すぎる。」

「バルーン準備して!…ご主人、これで出血が止まらなければ子宮摘出もあり得ますので、念のため。」

「それは…」


処置を進める医師が汗を拭いながら呟く。

修二は力強く手を握り、その握った手を自身の額に当て無事を祈る。

子宮摘出はできることなら避けたい。

修二の視界が涙で滲む。

叶うことなら二人目、三人目…欲を言えば叶うだけ欲しかった。

しかし、母体である里美の命を救うためには諦めるべきかもしれない。

今、妻である里美の身に修二の母親と同じことが起こっている。

修二の母親は、妹の誕生と引き換えに命を落としたのだ。

その現実を今、再び受け入れなければならないでいた。

「子宮内でバルーンを膨らませて出血箇所を圧迫止血している状態です。これで止まらなければ…」

「…はい」



どのくらいの時間が経過しただろうか。

徐々に里美の顔色が戻ってきたように見える。

里美は意識を失ったままではあるが、出血は止まり一命は取り止めた。


「良かった。出血止まったね、大丈夫そうだ。」


あの山梨での事故の時、一度は里美とお腹の子どもを二人まとめて失うことを覚悟した。

そして今日、再び里美を失うことの不安と恐怖を感じ、自分が生きる上で不可欠な存在であることに気づいた。



『なんとしても守らなければ。』



修二は里美と息子、それぞれ二つの命を守ることへの覚悟を決めた。

徐々に分娩室に落ち着きが戻り、病室に運ばれるまで廊下で待っていると看護師に呼ばれた。


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