楽しきマタニティライフ

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一時的に帰宅が許され、久しぶりに過ごす自宅。

里美はマタニティ雑誌で出産に向けてのマッサージの存在を知る。

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翌日、昼過ぎに修二と利佳子の二人がやってきた。


「里美、久しぶりね。どうなの、身体は。」

「なんとかね、お陰様で。」

「はい、これ。」

「何よ?」

「退屈なんでしょ?色々、これからの計画とか更新した事なんかの資料。出産しても仕事は続ける予定なんでしょ?頼むわよ桃瀬さん。」

「さすがね、利佳子。」


紙袋に入った、ずっしりとした何かを手渡した親友。

彼女は里美の性格はよく理解していた。



それから一ヶ月

朝の検温のために看護師がやって来た。


「賀城さん、検温の時間ですよ。あらご主人、今日は昼間から来られたのね。そういえばさっき先生が賀城さん調子が良さそうだから一時退院しましょうかって。」

「いいんですか?」

「急だったからお家の事も色々あるでしょうって。けど一時退院だからまたすぐに戻っては来るのよ?絶対安静、外出も控えないと。」

「家に少し帰れるだけでも嬉しいよな。良かったな、桃瀬。」


里美の顔に笑顔が戻り翌日には一時退院となった。



一時帰宅当日

修二の迎えで帰宅する久しぶりの我が家。

妊娠初期から悪阻やら仕事中の事故やら、そして切迫早産で入院ばかりだった。

そのことを含め、さすがの里美もメンタルは崩壊寸前に近かった。


「桃瀬、ちょっと寄りたいところがあるんだ。ほんの少しだけだから。」

「…どこまでいくの?」

「指輪を買いに行こう。」

「え、今から?」

「そうだ。妊娠中って指輪は外すって?桃瀬はむしろ腹以外は少し痩せたくらいだし、今のサイズで大丈夫なんじゃないかと思うんだ。」

「絶対安静って言われてるわよね?」

「他には寄らないよ。決めて注文したらすぐ帰る。」


子どもが誕生すること以外にも、出産に向けて何か楽しみを作ってやることが、修二としてできる里美のサポートだと思ったのだ。


「修二くん?なんか、色々ありがとうね。」

「何が?」

「色々よ。病院来てくれたりもそうだけど、送迎も家のことも、家のことも。」

「家族なんだからやって当たり前のことだろ?家のことは歩美ちゃんだよ。俺は殆どやってないよ。」

「歩美のフォローも、よくやってくれてるわよ。」

「いや、俺は何にも。」


修二は言わないが、友人でも恋人、夫婦でもない女性と暮らすことは気遣いも多く大変なことも多いはずだ。

しかしそれは、里美の妹である歩美にとっても同じであろう。

成人しているとはいえ、学生の身である歩美。

生活費の事に大学の事、日々の声かけなんかも歩美にはまだまだサポートが必要なのだ。

ジュエリーショップに到着すると、カウンターに案内された。


「奥様ご妊娠中ですか?お身体は大丈夫ですか?出産されてからの方がサイズは合いやすいと思いますが…」

「いや、今でいいんだ。」


そう伝えると採寸、好みのデザインの物をチョイスし、迷いに迷いやっと決まった指輪は、とてもシンプルではあるが華があるデザインだった。

ショップでの用を終え再び車に乗り込むと、里美の心は晴れやかだった。


「修二くん、連れてきてくれてありがとうね。」

「ちょっと楽しみができただろ?生まれる頃には完成してるだろうな。」


本当ならこのまま出かけたい場所は色々あった。

この時期ならばそこそこ楽しめているはずのマタニティライフ。

妊娠がわかってから辛いことばかりだったこともあり、少しでも楽しい記憶を残してやりたいと、修二のできる限りのサポートだった。

車の中から通りすがりで見つけたドリンク専門店。

わざわざ戻りテイクアウトして車内で楽しむ。


「このお店知らなかった。お店に入れなくても、こういうのも楽しいわね。」

「無理しない程度にな、楽しい事したいだろ。」

「そうね、ありがと。」


マンションに着くと、すでに夕方を迎えていた。

久しぶりに聞く歩美の元気な通る声。

キッチンに立つ歩美の様子はとても嬉しそうだ。


「お姉ちゃん!おかえり!」

「ちゃんと、やってた?」

「私だよ?あったりまえでしょ?それよりお姉ちゃん、また痩せたんじゃない?お腹大きくなったけど、その身体で産めるの?」

「これでも体重自体は減ってないのよ?」

「帰っては来たが一時帰宅だしまたすぐ病院へは戻るよ。家でも絶対安静なんだ。色々と悪いが、よろしくな。」

「お姉ちゃん、やっぱり仕事も行かれないの?」

「そうなのよね…」

「それも大変よね。必要なことがあれば言ってね。修二さんも。」


泣き虫で小さかった妹も逞しくなったものだと成長を感じ、里美は嬉しくなった。

歩美ももうすぐ叔母になるのだ。



日々自宅安静、毎日家で過ごす事は精神的にもなかなかキツかった。

トイレと風呂以外は横になって生活するよう指示されていたが産前の身、やるべき事は色々と残っている。


「そうだ桃瀬、赤ちゃんの物って買い物しなくちゃいけないよな?」

「そうなのよねぇ。あれこれ色々あるわよ。」

「調子いいうちに買い物行くか、明日休みだし。」


二人は一緒に暮らし始めてから、なるべく休みを合わせるようになった。


「嫌か?」

「嫌じゃないんだけどさ…安静に過ごすようにって言われるのよ?だから外で何かあったら怖いなって。」

「俺が付いてるから大丈夫さ。何かあっても一人で居る時よりはいいんじゃないか?」

「そう、かな…じゃあ明日行こっかな。」

「決まりな。もう風呂入って早く寝よう、先入っていいぞ。」

「ありがとう、そうするわ。」


ここまでの妊娠経過は色々なことがあったが、生まれてくる子どもの物を用意する日が来ると、いよいよその日が近づいてることを実感する。

修二も風呂を終え、リビングで歩美と三人で寛いでいると里美はマタニティ雑誌を読んでいた。


「ねぇ、お姉ちゃん?」

「ん?」

「赤ちゃんって、どっちが生まれるのかまだわかんないの?」

「言ってなかったっけ!?」

「聞いてないわよ!修二さん、知ってたの?」

「いや、悪かったね。さすがにそれは知ってた…かな。」

「ごめん、ごめん、お腹の子は男の子なのよ。」


既にわかっていたが、入院期間が長くすっかり伝えたものだと勘違いしていたのだ。


「俺たちはそろそろ部屋行くか。歩美ちゃんもあまり遅くならないうちに寝なよ。」

「は〜い、おやすみなさい。」

「早く寝なさいよ。」


先に修二が敷いておいてくれた布団に横になると、里美は大きくため息をつく。


「どうした?」

「うぅん、別に…」

「ストレス溜まってるか?」

「ストレスっていうか、もうちょっと楽しいマタニティライフを送りたかったなぁって思ってね。さっきの雑誌に安定期も終わって、苦しさか出てくる頃って書いてあったからさ。」

「安定期ね…それがある方が奇跡なのかもな。」


里美は胎動で動くお腹をツンツンと突っついて遊んでいる。

外から見てもわかる腹部の波打つ動きに、修二も手を添えると突いてみたり軽く押してみたり、まだ見ぬ息子と遊んでいた。


「なぁ、さっき読んでた雑誌の…書いてあったやつ、桃瀬もやるのか?」

「雑誌?どれよ?」

「そこにあるマッサージとか。」

「あれね…早産気味な人はやらない方がいいって書いてあったわよ。」

「んじゃあ、やらないのか。」

「子宮収縮に繋がっちゃうやつは止めたいけど…もう一個の方やってみる?ほら。オイルを使ってマッサージして皮膚を柔らかくしておくんだって。」


何やら残念そうにも見える修二。

里美は先程のマタニティ雑誌をパラパラとめくりページを探す。

それはマタニティ向けのイラスト解説。

イラストではあるが、見てはいけないものを見ている気分である。


「こんな事、自分でやるんだな。」

「パートナーにやってもらってもOKってあるわよ、ほらここ。」

「本当だ。俺やってやろうか?」

「嫌じゃない…?なら、やってみようかな。」

「じゃ、用意して。」


化粧台に入っていたマッサージオイルを持ってくると、里美は恥ずかしそうにタオルケットをかけた。

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