深夜の入院

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妊娠七ヵ月、里美は今までに感じたことのない腹痛に襲われる。

病院へ向かうと、出産予定日までは期間があるにもかかわらず母体の状態は既に出産へ着々と近づいていた。

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先日の妊婦検診以降、仕事は行っていたが安静を基本に、立ち仕事はせずデスクワーク中心の日々。

家では横になっていることが基本の日々となった。

そして翌週、再び診察日。


「前回からあまり変わってないよ。状態、悪くはなってないね。追加の張り止めの薬出しておくからちゃんと飲んでね。」

「良かった…」


状態は悪くなってはいないらしいが、決して良い状態とは言えない事は変わらなかった。

本来引き受けるべき仕事をこなすことのできないもどかしさ、楽しむ余裕のないマタニティライフに涙することもあったが、お腹の子どもは里美のしっかりと子宮内にしがみついている。



数日後、深夜。


「ねぇ、修二くん。」

「…ん?どうした?」

「あのさ、なんか…お腹痛くて…ちょっと良くないと思うのよ。さっきから結構定期的に痛くて。」

「それは、まずいな。我慢できる痛みなのか?」


眠っていた修二には申し訳なかったが、声をかける。

里美の腹に触れ、優しくさする。


「痛みは我慢できるけど、お腹が固くなるからそれが気になって。寝られなくて、これ大丈夫なのかなって。」

「いや良くないだろ。病院、連絡した方がいいぞ。」


修二に言われ病院に連絡を入れると、すぐに来るよう指示を受けた。

深夜であるため、歩美へはダイニングに置き手紙をして家を出る。

ゆっくりと、ゆっくりと歩を進め車に乗り込むと、この後の自分がどうなってしまうのか不安でたまらなかった。

車を走らせていると痛みが増す。


「はぁ…ふぅ…ふぅ…ふぅ…痛い、はぁ…」

「おい?大丈夫か?まさかこのまま産まれたりとか…ないよな?」

「ごめん、シート倒させて…ふーっ、ふーっ」


この痛みに耐えるため楽になれる呼吸や姿勢を探るが、万が一このまま出産を迎えてしまう場合、更なる痛みに襲われるのかと思うと恐怖でしかなかった。

横向きになり、お腹を抱えるような姿勢が楽らしい。

お腹をさすりながら深呼吸を繰り返す。


「いつから痛かった?」

「たまにお腹が固くなる感覚はあったけど、昼間は痛みなんてなかったのよ。さっき目が覚めて痛いかもって思ったら眠れなくなっちゃって。」

「無理するなって言われてただろ?」

「…うん、無理はしてないんだけど。」

「腰が痛いのか?」

「…はぁ、あー痛い。腰、すごく痛いの…」


腰を自身で叩いたり、さすったり、痛みをやり逃す。

足をブラブラさせているのは、気を紛らわせているらしい。

里美は大きめのタオルを持参していた。

痛みで冷や汗が出るらしく、それを口元に当てていると落ち着くようだ。


「また張ってる…ふー…ふぅ…痛いっ…う゛ぅ、ちょっと待って。」

「もうすぐ着くからな、頑張れ。」


病院の駐車場に到着すると、丁度強い張りが里美を襲う来た。

つい数週間前まで張りかどんな感覚なのかなどと言っていたが、さすがにこれは通常ではないと分かる。

子宮の奥がきゅーっと締まるような感覚はまるで、かつての吐き気を伴うほどの生理痛を思い出させる。


「あ…ねぇ、修二くん、どうしよ… 痛いっ」

「これ、まずいんだろ…中まで歩けるか?」

「ちょっと、待って。」


不思議なことに張りがなくなれば何事もなく過ごせていた。

持参した入院バッグを修二が持ち、そのまま里美の身体を補助すると痛みのないうちに歩みを進める。

インターホンを鳴らし院内に入るが、ナースステーションまでがとても遠く感じた。

院内へ促されると、ナースステーションへと進む。


「先程電話を入れました賀城です。」

「あ、賀城さんね、痛み出てきた?今、間隔はどのくらい?」

 「今っ…十五分くらいだと…」

「二十七週っと。先に診察しましょうね、ではこちらに。」


ショーツを脱ぎ言われるがまま内診台に上がると姿勢が倒れ、診察が始まる。

台に登る直前に感じる毎回の恥ずかしさも、今はそれどころでは無い。


「そうねぇ、これじゃあ帰宅して大丈夫とは言えないわね。子宮口が開き始めちゃってるの。入院して収縮を止める薬と、これ以上開かないように点滴入れましょう。」

「待ってよ、嘘でしょ…」

「ご主人…里美さん、まだまだ生まれちゃダメなんだけどもう子宮口が開き始めてるの。点滴で抑えないと赤ちゃん出てきちゃうから、こちらで管理入院になります。」


入院の準備が進み、車椅子で病室まで移動する。

ここまでの状態になると修二に出来る事は既になく、病院に任せるしかなかった。

声をかけ頭を撫でながら励ますと、里美は目元をタオルで抑え痛みに耐える。

そして修二も看護師の見よう見真似で里美の腰をマッサージする。


「桃瀬、大丈夫か?まだ痛いか…薬入れてるからもうすぐ落ち着いて来ると思うってさ、頑張れ。」

「ん゛ぅぅぅ…」

「もし、力入れたくなっても絶対いきまないでね。赤ちゃん、まだ小さいから出てきちゃうからね。」

「そうなったら…どうしたら良いですか?」

「深呼吸して。鼻から吸って口からゆっくり吐いて。ちょっとやってみて?」

「すぅーっ、ふぅーーーーーっ…」

「そうそう、その呼吸法で逃して。いきみたい感じが出てきたらナースコール、ここにあるから呼んでね。」



三十分程すると落ち着いてきた様子が見えた。

ずっと手を繋ぎ、ここ最近落ちていた里美の心を少しでもサポートしたつもりだが、正直出来ていたかどうかはわからない。

様子を見に来た看護師が里美に問いかけた。


「賀城さん、どうかしら。まだ痛み続いてる?」

「落ち着いてきたみたいで、そのまま寝てしまいました。」

「張りが強かったみたいだけど、本陣痛ではなさそうね。」


モニターの用紙を見ながら看護師が確認をするとお腹の状態を確認し、今も張りがある腹部を気にかけた。


「賀城さん、入院の用意は持ってきてるのよね?とりあえずこのまま入院になるので、一度ご主人は帰宅していただいて大丈夫ですよ。また何かあればご連絡します。」

「ありがとうございます、宜しくお願します。」

「はぁ、眠い…今日何曜日だ?」


外はすっかり日が昇り、空が明るくなっていた。

時間的にもこのまま出勤した方が良さそうだ。

修二は出勤時間まで、研究所本部の駐車場で仮眠を取ることにした。

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