衰弱する心

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妊娠六ヵ月の検診を迎え、妊婦らしくお腹も目立つようになってきた里美。

しかし検診で言い渡された結果に涙する。

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修二も一人暮らしの家を払い、里美の住むマンションに入居した。

修二を含む生活を始めるにあたり、候補に上がっていた今の桃瀬名義の隣部屋を契約することはせず、歩美の提案をありがたく受けることにした。


「これから赤ちゃんが産まれるなら、人手があった方がいいでしょ。

私の方が居させてもらってるんだもん。大学も今年で最後だし、今年度中は私も色々手伝うから。」


里美に至っては妊娠五ヶ月終盤、安定期に入り体調も安定してきた。

山梨での事故の負傷による腕のギプスももうすぐ外れるが、その後はリハビリが待っている。

お腹もすっかり妊婦だとわかるような姿になり、先延ばしにしていたマタニティ服もそろそろ本当に必要となっていた。


「なぁ桃瀬、次の火曜休みなんだろ?検診の日、俺もその日は休み取るから。」

「いや、いいわよ。検診だけで休んでもらわなくても。」

「検診もそうなんだが、前に言ってた、そのマタニティ服?買い物に行こうと思ってさ。お前、妊婦にその格好スカートは短すぎだぞ。 」


確かに前のファスナーは無理して締めている状態だし、別タイプのスカートは既にウエストが閉まらないのだ。

私服に至ってはゆったりした服が多いが、仕事で代用できそうな服はない。

自宅では短パンスタイルが多いが、ウエストを閉めずになんとか履いている状況なのを修二も知っていた。


「本当ズボラなんだよなぁ…指輪も買いに行かなきゃな。」

「妊娠中って指輪、外さなきゃ行けないって聞くけど、どうなんだろね?」

「まぁ、サイズが変わることはあるだろうな。後から変わるようならまた直せばいいさ。」


次の休日が楽しみな里美だった。



妊婦健診当日

妊娠六ヶ月に入っていた。


「桃瀬さん結婚されたのね、おめでとう。山梨の事故、大変だったわねぇ。前回、出張があるからって聞いてたから、気になってたのよ。本当良かった。連絡ありがとうね。」

「向こうの病院で検査受けて、赤ちゃんも大丈夫ってことで。連絡だけしておこうと思って。」

「じゃあ診て行きましょう、状態を見るからこっちへ。いつも通り上がってちょうだい。お父さんはちょっと廊下で待っててね。」

「はい。」


下着を脱いで内診台に上がると機械が動き、足が大きく開かれる。

膣内に器具が入り、身体にキュッと力が入る。


「はい、息吐いて…力、抜いてね。」

「ふぅ…ふぅ…」


無言の時間がいつもより長いように感じた。


「最近無理してない?また後で話すけど…ちょっとこの状況はあまり良くないよ?頚管が短いね。」

「え?体調も…落ち着いて。だいぶ調子良いと思ってたんですけど。」

「着替えてエコーで赤ちゃん診ましょう。終わったら隣の部屋にどうぞ。」


一気に不安が押し寄せる。

何か異常でも見つかったのだろうか。

日常では決して無理をしているつもりは無かったのだが、心当たりはあの事故しかない。

あの時、気づかぬうちにお腹の子は苦しい思いをしていたのだろうか。


「私、大丈夫ですか?赤ちゃんも…」

「ちゃんとお話しますから、お父さんも診察室どうぞ。」

「…修二。」

「ん?どうした?」

「桃瀬さん大分お腹出てきましたね、赤ちゃん元気そうで何よりです。」


腹部にジェルを塗りながら無言の医師に対し、看護師が気を遣って声をかける。

里美の不安そうな表情を見て、修二は何かを察した。

医師による腹部エコーが始まると、力強い心音が室内に広がる。


「向こうの病院でもちゃんと見てもらったんだね、胎盤も大丈夫。

赤ちゃんの大きさは、ちょっと小さめだけど問題ないよ。

ただ、前回も話したと思うんだけど子宮頸管がこの時期にしては短いんだよね。今、二.五センチ。このままだと早産になりやすいから本当に気をつけて。トイレとお風呂以外は横になって、お仕事も本当は良くないんだけど、修二さんの場合は厳しいのかな。でも、デスクワーク中心とか、安静にできるようにしてみて。張り止めも出しておくから。」

「安静にしてるしかないんですか?」

「お腹ね、今も張ってるのわかる?これが張ってるって状態、固くなってるでしょ?」

「はい…」

「これが頻繁に来てるときはこちらに連絡して下さい。来週もう一回来てくれるかな?とにかく必要なこと以外は安静に。」


診察室を出ると修二の顔を見ず、お腹に触れながら呟く里美。

そして車に乗り込むと不安な思いが溢れ出し、突然泣き出した。


「参ったわね…どうしよう。」

「とりあえず、言われた通り安静にしてるしかないだろ。」

「あの時、出張に行かなきゃ良かった。最後の大きな仕事だったから、ちゃんと終えたかったのにっ…何もかも上手くいかないの何なのよ…」

「不安だよな、そんなに泣くと苦しくなるぞ。今日はこれで帰ろう。買い物はまた行けるさ。」

「修二くんと病院で赤ちゃんを見れるの楽しみだったのに…

このままじゃ、赤ちゃん…産まれちゃうって…張りとか、全然わからなかった…」

「桃瀬はよく頑張ってるよ。俺も赤ちゃんのことはすごく楽しみだ。だけど桃瀬の事の方がもっと心配だし最近は無理してるように見える。今安静にしないと後悔するんじゃないか?」


里美がこんな状態になるのは珍しく、妊娠中の女性は自分が思う以上いデリケートなのだと感じた。

修二はそっと背中をさすり、落ち着くまでいくらでも待つつもりでいた。


「ずっと辛いことばっかりで…赤ちゃん、できて…予想外だったけど…嬉しかったのに…」

「落ち着けって、苦しくなるぞ。」


嗚咽で苦しそうな里美は案の定、過呼吸を起こしかけておりかなり苦しそうだ。

窓を開けて外の空気に触れて落ち着かせ、身体が硬直している里美の手を握り声をかけて呼吸を誘導する。


「呼吸、ゆっくりだ!ゆっくり。シート倒すぞ、ちょっと落ち着いて休め。そうだ、ゆっくり…息して…」

「はぁっ!息っ、できな…はっ、んあぁ」


リクライニングにし、手を繋ぎながら胸元を落ち着かせるようにゆっくり叩いてやると徐々に落ち着きを取り戻す。

里美は静かに頷いて返事をすると、自分はこんなにも精神的に弱かったのかと目の当たりにした。

過去には両親の死や友人との別れ、人生における屈辱など様々な悲しみに触れてきた。

そのような過去も乗り越えて今に至るが、今は自分だけの命ではないこと。

子どもの命を宿している身として、そして仕事上の立場として、自身に宿る命を守れるのは自身だけという現実が今の里美には重圧だった。


「ちょっとドリンク買ってくるよ、水でいいか?色々と…その、あんまり自分を責めるなよ。仕事も無理しすぎだと思うぞ。」

「あれだけずっと休んで、また?出産したらまた休むんだよ?」


息苦しさからか、里美の閉じた目からは一筋の涙が流れていた。

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