強き鼓動

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事故に巻き込まれた里美は病院に運ばれる際に嘔吐した。

妊婦であることを告げると、お腹の子の状態も確認してもらえたが…

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わずかに膨らみがわかる程度の腹部にエコーが当てられると、トクトクと心音がリズムよく聞こえる。


「賀城さん、赤ちゃん大丈夫そうですよ。心拍は確認できます。」

「良かった、ありがとう。」

「見つかったとき、腹部を抱えるような姿勢で倒れていたんです。お母さん赤ちゃんを守っていたんですね。」

「あぁ、そうでしたか…」

「ただ、この爆発事故ですか…頭の裂傷がありますし、骨折もしています。

それだけの威力で飛ばされたか、物がぶつかってきたんでしょう。お腹も打っているかもしれませんし、きちんとした検査はした方が良いと思います。」

「そうだな。」

「では。」


可哀相ではあるが、再びの入院も本人とお腹の子のため。

修二も精一杯サポートするつもりでいた。

すると里美の目がゆっくりと開く。


「……しゅう…じ…くん?」

「大丈夫か?良かったな。」

「…利佳子は?」

「大丈夫、さっき会って話したよ。ちゃんと処置してもらっていたから安心しろ。」

「…そう……私、赤ちゃん守れなかったかも。」

「今、救急隊の人に妊娠中だと話したら簡易的だがエコーで診てくれた。赤ちゃんの心臓はちゃんと動いてたぞ。」

「…そぅ……良かった。」

「順番が来たら病院に運んでくれるそうだ。お前も赤ちゃんも、ちゃんと検査した方がいいだろうって。」

「一緒にいてくれる?」

「大丈夫だ、いるよ。」


里美は不安そうな表情を見せていたが、次第に安堵したのか目を閉じ、涙を流す。

騒がしい周囲の中、 起きているのか眠っているのかわからないが、目を閉じている里美の手を握り安心させる。


「…ごめ、修二っ…ちょっ、吐きそ…」

「ちょっと姿勢起こせるか?仕方ないから地面に吐け。」


里美の髪をまとめて持ってやると、背中をさすり嘔吐を助ける。

修二自身も脳震盪の経験があったが、後に何度か嘔吐を繰り返すことが懸念され身重の里美を思うと一秒でも早い搬送を願った。


「頭打って脳震盪でも起こしたか。桃瀬、お腹を守る姿勢で見つかったらしいぞ、さすが母親だな。」

「はぁ……急に、突然のことだったからね。何が起きたのかよくわからなかったし、覚えてないけど無意識にそうしてたのかも。」



先程の救急隊がやってきて、里美を搬送できる順番がやってきたようだ。


「賀城さん!里美さんですが、これから病院に搬送します。」

「お願いします。たった今、嘔吐してしまって。」

「急ぎましょう、ご主人も一緒にこちらへ。産科のかかりつけの病院はどちらですか?」

「東京の中央病院です。」

「そちらへは搬送できないんですが、万が一の際は病院へ問い合わせることがありますので念のために。」


タオルを口元に当てたまま運ばれる里美。

意識が朦朧とする里美に代わり、修二が応える。

救急車に乗ると十分ほどで搬送先の病院に到着した。


「賀城里美さん、二十七歳。現在妊娠四ヶ月、現地で胎児心拍は確認済み。

左腕骨折と頭部裂傷、現地で処置済み。嘔吐症状あり。」

「腕と頭は処置してあるのね。で、妊娠中。こちらの方がご主人かしら?」

「はい。」

「母子手帳はあります?」

「荷物は何も…ただ、先週の妊婦検診で子宮頸管が短くなっているからと注意を受けていました。」

「わかりました。これから検査を進めていきますね。」

「よろしくお願いします。」


修二は祈るような思いで無事を願う。



病院へ運ばれて、三時間が経過が経過した。

進展のない里美の状況、そして現地と本部の情報を得るため手元のスマホを見つめる。

待っている間、里美についての説明は何もなくひたすら不安な時間が過ぎていた。

先の爆発事故で何百人もの職員が運ばれてきているため、自分ばかりが周囲を通り過ぎる看護師、医師に経過を求めることは控えるべきと判断したのだ。

病院側もバタついているのだろう、修二は時間がかかるのも納得できた。

何時間経過しただろうか、看護師から呼ばれる。


「賀城里美さんのご主人、いらっしゃいますか?」

「はい。」


「症状としては脳震盪を起こしたようで、現地での嘔吐もそれによるものでしょう。

こちらに到着してからも、二度の嘔吐がありました。

骨折と頭部裂傷については、こちらできちんと処置を終えました。

それから、お腹の赤ちゃんについては心拍の確認もできて元気です。

エコーで詳しく診たところ、胎盤が剥がれたりということもなく症状は特にありません。

本来ご帰宅いただいても大丈夫なのですが、妊婦さんであることと脳震盪を起こしているので一泊入院いただいても構いません。どうしましょう?」

「自分は付いて入院できるんですか?」

「特別に、今回は大丈夫ですよ。」

「では一泊入院でお願いします。」

「承知しました。おそらく大丈夫だと思うのですが、短期間に再度脳震盪を起こすと、脳に障害が出る場合がありますので数週間はお気をつけ下さいね。」

「わかりました、伝えておきます。」



修二が研究所本部内、里美の所属部署へ電話を入れると、里美の後輩である高木が電話に出た。


「お疲れ様、賀城です。山梨事故の件、そっちにも伝わっていると思うが、詳細来ているか?」

「爆発事故が起きたことは把握できていますが、その後のことは…現地への対応でこちらもバタついている状況でして。死傷者などについてはまだ。はい、青井さんや桃瀬さん…は…」

「青井と桃瀬には事故現場で会えたよ。桃瀬はとりあえず一泊入院して様子を見ることになった。頭の裂傷と腕の骨折、脳震盪があってな。あと、皆にはまだ伝えていなかったと思うんだが桃瀬は妊娠中だ。

その事もあって、とりあえず様子を見ることになった。」

「あれ…そう…だったんですか。自分、知らなくて…青井さんからも聞いていなくてすみません。」

「いや、大丈夫だよ、利佳ちゃんからは連絡入ってるか?現地で会えたんだが、その後は桃瀬に付きっぱなしだったもんで。」

「青井さんについての症状は何も…今はどちらかの病院へ?」

「わからない。頭の怪我とは聞いていて、本人とも会話したよ。でもその後がわからなくてね、こちらも気になっている。」

「こちらもわかりましたら、連絡入れます。」

「悪いな、ありがとう。」


利佳子と真衣の現状は不明だった。

利佳子のことだ、きっと大丈夫だろう。



翌朝

昨晩から、ひたすら眠り続けている里美 。

よく寝るのはいつものことだが、よっぽど疲れたのだろう。

昨日説明をしてくれた看護師が朝食を運んできてくれた。


「そろそろ起こしてあげて、なるべく食べさせてあげてね。この方、お腹に赤ちゃんいるんでしょ?もう少し食べなきゃ、お母さん細いわよ。」

「悪阻が酷かったもので、あっちでずっと入院してたんですよ。」

「大変だったのね…」

「桃瀬?食事だぞ、朝食。起きれるか?」

「……んっ…?」

「よく寝てたな、大丈夫か?」

「ここ…」

「事故は覚えてるよな?」

「…うん。」

「脳震盪を起こしてたらしい。それと、お腹の子の検査もしてもらって、一晩入院して様子を見てたんだ。体調は大丈夫か?」

「今のところは大丈夫そう。ずっといてくれたの?」

「ずっと一緒にいたよ。安心しろ。」

「ありがとう。」


思いの外元気そうで修二は安心した。

しかし看護師の言葉通り、里美の身体の細さが気になり体調面には不安を抱いていた。

そんな状況の中でも本には会話も出来、他人の安否を気にするほどの余裕もあるらしい。


「これ食事、お前の身体が妊婦なのに細いってさ。さっき、ここの看護師が言ってたぞ。」

「ちょっと食べようかな。全部はムリだから、一緒に食べよ?」

「わかった。桃瀬、お腹の子ども、守ってくれてありがとうな。」

「修二くんがいてくれて良かった…まだ妊婦って見ただけじゃわからないもの。」


経過良好とのこと、修二の付き添いのもと、午前中で退院の運びとなった。

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