まだ見ぬ我が子

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出張先での事故に巻き込まれた身重の里美。

信頼の置ける利佳子も同伴だったが、二人ともが負傷した。

修二も急遽東京から駆けつけたが…

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山梨出張当日


「桃瀬、今日本当に無理するなよ。車も気をつけろよ。」

「わかってるわ、行ってきます。歩美も、私しばらく不在になるけどよろしくね。」


東京に残り、普段通り大学へと通う歩美へ声をかけて家を出る。

ついに準備を続けてきた山梨での実験当日。

里美のサポートとして出張同伴を引き受けてくれた真衣を車に乗せて、現地へ向かう。


「あの、里美さん?」

「ん?」

「里美さんのお腹の子のこと知ってるのって、私以外に誰かいるんですか?」

「ちゃんとした報告は、まだ利佳子と真衣ちゃんにしか話してないのよ。」

「それって大丈夫なんですか?仕事中に何かあっても利佳子さんや賀城さんがいつもいるわけじゃないじゃないですか。」

「そうね、妊娠初期ってさ、何があるかわからないのよ。遺伝的な原因で赤ちゃんが死んじゃうこともあるし、妊娠すればちゃんと産まれるってわけじゃないの。だからまだ話してないのよ。でも確かにそろそろ安定期にも入るし、ちゃんとみんなにも報告しないとね。」

「私も色々と心配なので…余計な口出ししちゃってすみません。」

「大丈夫よ。ありがとうね、真衣ちゃん。」


数時間かけて現地に到着すると、利佳子もすでに到着していた。

周囲は巨大な機材が組み立てられており、いよいよ本番なのだと里美も気を引き締めた。

多数の職員の中からこちらへ向かってくる見慣れた制服姿の女性、利佳子だ。


「おはよう。里美、真衣。そういえば、修二くんから連絡もらってるわよ。この間の検診、あまり良くなかったって聞いてるけど、里美何で黙ってたの?

あなたの身体のことは私にはわからないの。くれぐれも無理しないように気をつけてちょうだいね。」

「あ…う、それはわかってる。もう私もこれ以上仕事は休んでいられないし、無理しなければ大丈夫かなって。もう真衣ちゃんも、準備入ってるわ。こっちで、諸々完了したら引き継ぎよろしく。」

「はぁ…わかったわ。今日はよろしくね。」


それぞれのポジションにつく。

事前準幅も終了し、いよいよ本番。


利佳子「スタート」


順調に各セクションのやり取りが進み、予定通りの作業が行われている。

今日の実験に向け里美たちの関東東京支部を始め、日本中各地から施設関係者が集まっており、海外の関連施設協力者も何名か参加していた。

すると、無線で何やら異変が発生していると報告が入る。

そして大きな爆風が起こった。

周囲を吹き飛ばすほどの。



建物も人も爆破により吹き飛ばされ、周囲は混乱状態。

通常通り勤務にあたっていた修二の元へも事故の情報が入り、同僚と共に現地に急ぐ。


「賀城さん、うちの職員たち大丈夫でしょうか。」

「知らねーよ。…てか、事故ってなんだよ!桃瀬のやつ、死ぬとか本当に勘弁だぞ。」


修二の気掛かりは同僚や後輩より、まずは里美の存在だった。

まさに公私混同状態、修二はいつもの冷静さを欠き動揺を抑えられずにいた。

気になるのは周囲にまだ妊娠の事実をほぼ伝えていないこと、そして安定期前であること。

修二が東京から山梨まで数時間かけて現地に向かうと、辺りは混乱の真っ最中。

救急隊の処置を受け終えた人があちらこちらにいる。

噂によると、どうやら地中から排出されていたガスに引火したことが原因らしい。


「あれは…」

「利佳ちゃん!大丈夫か?ケガは?」

「わからないけど、頭を打った気がする、視界がグラグラするから。…里美は?他の皆は?」

「いや、わからない。うちの職員はまだ他に見つけられてない。

この混乱だからな、まだどこかで倒れてるか埋まってるか運良く処置を受けられているかだな。」


周囲のできる限りの処置を修二も行うが、正直心ここにあらずの状態。

いつも冷静沈着な修二も呼吸が落ち着かず、手の震えが止まらずにいた。


「ふぅ…」


目を閉じて深呼吸をし、一度心を落ち着ける。

結婚したばかり、幸せ真っ只中だったはずのこの事故だ。

妻だけでなくまだ見ぬ子どもまで一緒に失うことなど、普段あまり心を乱さない修二でさえ万が一の場合にはメンタルが崩壊する事は安易に想像がついた。

修二は不安な心のまま現地での対応をしつつ、里美の姿を探していた。



救急隊の一人が去った、地面に横になった状態の一人の女性。


「…桃瀬!!すみません!この人の状態は?」

「頭部の裂傷と左腕は骨折です。

この規模の事故ですから、恐らく頭を打っているのだと…お知り合いですか?」

「妻です。今、妊娠中なんですけど、状態は!?」

「妊娠中ですか、エコー持ってきて!今、何週とかわかります?」

「えっと、四ヶ月?週はちょっと…」

「わかりました。こちらの方お名前は?」

「賀城里美、職場では桃瀬里美です。」


里美の額から流れる血液と、ありもしない方向へと向いている左腕。

なんとも痛々しいが、それよりも気になるのは里美の身体と何よりもお腹の子どものこと。

里美の身体に大きな布がかけられ、スカートのファスナーが緩められると腹部に簡易エコーが当てられた。

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