身体の変化
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晴れて夫婦となった修二と里美。
ようやく初めての胎動を感じつつ、お腹の張りが気になっているこの頃。
産休前、最後になるであろう大きな仕事に追われる日々だが、修二は出張に行くことを反対する。
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「おめでとうございます。」
婚姻届を提出すると、まだまだやらなければならない手続きの多さに二人は驚愕した。
特に苗字が変更になる里美だが、修二についても免許に銀行に、窓口手続きが多いのは同様だった。
里美についても仕事関係では桃瀬姓のまま働く予定だが、運転免許などの公的な物に関してはやはり正式な名前が必要になる。
職場へ取り寄せる書類を手に入れるため、この後は複数のフロアを巡る。
「桃瀬は座って待ってろ。それか上のカフェにでも行ってるか?」
「じゃあ、私カフェで休んでようかな。」
「わかった。終わったら迎えにいくから。」
この建物内には休憩できるようなカフェが併設されていた。
里美は一人カフェへ向かうと、レモンスカッシュを注文して席へ着いた。
(ふぅ…何となくお腹が張ってるような?)
今まで『お腹が張る』という感覚がよく分からなかったが、実際経験してみると突っ張るような感じがあり、すぐにこの感覚だと理解した。
イスに寄りかかり、お腹をさすって張りの落ち着きを促す。
どうしたのだろうか、このお腹では居心地良くないのかと里美は心の中でどこか不安を感じていた。
…
無事に婚姻届を出しに行った帰り、夕飯は外で済ませることにした。
二人が行きつけの日本料理屋。
店内の落ち着いた雰囲気は、子どもが誕生すれば慌ただしくなるであろう日々に向け、貴重な二人きりの残り時間でもあった。
「疲れたぁ、ここも結構久しぶりね。」
「まぁな、色々あったからな。」
「お酒飲んでいいわよ?気つかわないで。私帰り運転するし、どうせ飲めないんだから。」
「いや、ありがたいが酒はいいよ。危ないから運転はダメだ。」
「最近それ言うけどさ、危ないって何なのよ?」
「危ないだろ、事故にでもあったら?」
「大丈夫なのに。」
料理が運ばれて、会話が弾むうちに里美のスマホが鳴る。
里美は折角の二人きりの時間、目の前で鳴る電話に出て良いものか迷ったが、修二が出るよう視線で促す。
「はい、桃瀬です。」
「里美?作ってって言ってあったこと覚えてる?先方に渡すデータのこと。あとはあなたが行くのか別の誰かが行くのか、その報告もまだよ?」
「うん、ごめーん。まだなの。」
「あなたの事情は重々承知しているし、あまり無理させたくはないんだけど。頼むわよ?もう間近なんだから。」
プライベートもなかなか忙しく、色々考えていると決断力の高い里美でさえ決めかねることは多々あるものだ。
今回の出張で行われる予定の実験については危険も伴うことから安易な判断はするべきではないと考えており、万が一の事故を防ぐためにも複数部署との兼ね合いもあるのだ。
「利佳ちゃん?」
「そうそう。アレしたの、これ決めたの?って催促のお電話ですぅ。こっちも色々考えてやってるっつうのに…」
「こればっかりは桃瀬しかできない仕事だからな。」
「そりゃ、そうだけどさ。」
「悩みすぎるなよ、ストレスは妊婦によくないぞ。」
里美は頬杖をついて目を閉じた。
話題を変えようと、修二が話を振った。
「今日、服買いに行けなかったな。意外と時間掛かっちまったし、俺も疲れたよ。」
「まぁ、まだ何とか服は大丈夫よ。家に居る時は修二くんの服でも着てればいいでしょ。」
「もう腹ん中で動くのか?」
「ううん、動いてるのかもしれないけど、まだよくわかんないかな。」
「へぇ、桃瀬は男か女どっちがいいとかあるのか?」
「そうねぇ…まぁ、どっちでも。授かり物だからね。修二くんは?」
「前も言ったかもしれないけど、最初は女の子で。」
「そう、女の子産めるかしら。修二くんの甘やかす姿が目に浮かぶわ。」
里美は修二の「最初は」というワードが気になっていた。
次もあるという事だろうか。
入院からの復帰早々、仕事は待ってはくれない。
しかし今までと違うのは、お腹の中に子どもが宿っているということ。
ふとそう思うだけでお互いに温かい気持ちになるのは、何とも愛おしい存在のお陰だろう。
まだ見ぬわが子に想像膨らむ、それはどこにでもいる夫婦と同じこと。
…
翌日
里美は恥ずかしそうに報告を入れた。
「利佳子、おはよう。あの…昨日籍、入れてきました。」
「あら、やっとね。おめでとう。修二くんは?」
「もう自分の執務室行ったわよ。」
「そう、じゃあ今度直接お祝いしなきゃね。子どもは?順調なの?」
「そうね…まぁまぁかな、元気に育ってるわよ。」
「だいぶ元気になったみたいだし、産休に入るまでまた色々頑張ってもらわないとね。けど無理は止めてもらわないと。」
「わかってるって。お昼、今日この後一緒にどう?時間ある?」
「いいわよ、山梨出張のことも打ち合わせしておきたいし。」
悪阻もまだまだあるものの人並み程度には落ち着き、仕事にもなんとなく集中できるようになってきた。
そのまま二人はカフェへ向かう。
「利佳子、決まった?」
「里美は?私、先注文するわよ。」
「うん、どーぞ。」
カウンターで料理の提供を待っていると、里美は胎動らしきものを感じ下腹部を撫でていた。
「お腹、大丈夫なの?」
「え?あ、うん。今、動いたなーって思って。」
「あら、もうわかるの?お腹の膨らみはまだわからないけれど。」
「お腹はもう結構前から出てるのよ。前に出やすい体格みたい。」
「里美、それだけ?足りるの?」
「うーん、食べすぎると気持ち悪くなるし、まだ悪阻もあるからさ。少なめをちょこちょこ食べる方が良いのよね。」
「そうなの?あまり口出しはしたくないけど、里美は細すぎなのよ。でも確かに何かを食べられるだけ、前よりはだいぶ良さそうね。」
そんな話をしながら料理を受け取る。
里美のトレーには、クロワッサン一つとブラッドオレンジのジュース。
あの壮絶な入院するほどの悪阻を振り返れば、カフェで注文していることでさえ奇跡かもしれない。
食事をしながら間近に迫る出張の打ち合わせを進め、詳細を詰める。
恐らくこれが出産前、最後になるであろう大きな仕事。
この仕事を終えれば、身体と心の負担も少しは減るだろう。
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