揺れる心

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自身の入院中も仕事のことが気になる里美。

そして退院の日、修二はついにプロポーズをする。

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里美の重い悪阻のため、急遽入院する運びとなったことで修二からも利佳子へ連絡を入れておくことにした。

同じ部署ではないものの、仕事での行動エリアは同じであることが多いらしいし、何よりもプライベートでも付き合いのある古い友人だ。


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利佳ちゃん、お疲れ。桃瀬の入院のこと、色々とすまない。

それから桃瀬の妊娠と入院のことはそろそろ職場にも話そうと思ってる。

家でも寝込んだり、色々とフォローがいる状況だったから俺からも勧められたなら一度入院して休むように伝えた次第だ。

色々とよろしく頼む。

賀城修二

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「修二くん、里美のこと大好きじゃない。愛されてるわね、里美。」


修二からのメールを読んで、利佳子は親友二人の仲の良さが嬉しかった。

夜、面会時間ギリギリに里美の元へ見舞いにやってきた利佳子。


「 里美、体調はどうなの?」

「うぅ…利佳子…」

「はい、これ、食べられそうなら食べなさい。修二くんがね、フルーツゼリーなら里美も喜ぶだろうからって。」

「ありがと。」

「それから、これ。」

「…ん?」


ファイルで閉じられた書類の束を手渡す。

ドサッと重たい紙の束は日本語と英語が混在した資料であり、この程度であれば里美にとって問題のない物だった。


「急ぎじゃないわ。あなた仕事の事を気にしてるだろうから持って来たの。目を通しておく程度で大丈夫よ、無理しない程度にね。」

「うん…うちの後輩たち、トラブってない?」

「今のところは大丈夫なんじゃなくて。とりあえず、桃瀬は体調不良により休暇を取ってるって伝えているわよ。

そうだ、あなた来月の出張、私と一緒に行くことになってるけどどうする?」

「んー、最近体調は良いからどうなんだろ。妊娠を理由に行かれないとは言いたくないのよね。」

「まだ時間はあるから、あなたがもし無理なら高木くんか真衣ちゃんに頼むしかないわね。じゃ、私そろそろ帰るわ。」

「もう帰るの…?」

「面会時間も終わりでしょ。」

「あ、そっか。来てくれてありがとね。」


残念そうな表情を見せる里美。

そして里美のの性格をきちんとわかっている利佳子。

思ったより元気そうで良かったと、胸を撫でおろした。



それから数日、入院の甲斐あってか調子の良い日が続いていた。

普段から多忙な修二だったが、意外にもほぼ毎日里美の元にやってきた。


「明日、退院できるんたろ?良かったな。」

「うん、仕事は明後日から戻るわ。」

「そうか。退院は何時なんだ?俺、明日仕事なんだが。」

「十時なの。でも大丈夫よ、タクシーで帰るから。」

「待て、…十時なら俺が迎えに行くから。」

「え、いいって!」

「いや、俺が運転しないと…他の車じゃ危ないだろ。」

「はぁ?何言ってるの?」

「俺が迎えに行くから、勝手に帰るなよ。」

「…んもぅ、わかったわよ。」


ワケのわからない修二の言い分を受け入れると、ふと真面目な表情へと変わった。

これも修二の過保護な程の里美への愛だろう。


「あとさ、俺たちそろそろ入籍しないか?」

「…え?」

「嫌ならいいんだが。いやぁ、子どもが生まれるだろ。結婚しなくても腹の子は育つし、順調に育てば生まれるだろうけど一般的に子どもには親がいて、その親は夫婦だろ。」

「…んまぁ、そうよね。」


正直なところ、自身の妊娠発覚、悪阻による体調不良で里美はここ数ヶ月気持ち的にいっぱいいっぱいだった。

頭のどこかで分かってはいたが、結婚のことは考えている余裕がなかった。


「俺は桃瀬と一緒になりたいと思ってる。結婚、してくれないか。」

「あの…う、ん…」


恥ずかしそうに返事をする里美の下腹部に手を当てると、優しく撫でる。

それは愛おしそうに、里美とお腹の子を慈しむ。


「今更恥ずかしがることないだろ。退院して、指輪も買いに行かないとな。」

「ん?腹、出てきた?」

「そうなの、ちょっと出てきてるのよ。ほら。」


里美は服を下に引き伸ばすと、僅かに膨らみ始めたお腹を愛おしそうに撫でた。


「男の子か女の子か、まだわかんないよな?」

「そうね、どっちが欲しいとかあるの?」

「いや、どっちでもいいんだが、最初は女の子かな?」

「そう…私、こんなんで母親になれるのかしら。それに仕事のことも。」

「大丈夫だろ。俺らは親に育てられて来ていないが、周りが助けてくれるさ。歩美ちゃんだって優しくていい子だ。俺らが子どもを…みんなで可愛がればいいと思うぞ。桃瀬だけが育てなきゃならないって事じゃない。

まぁ、生まれるまでは腹で育ててもらって、出産も頑張ってもらわなきゃならんけどな。」


ネガティブで不安な気持ちが続くのは、マタニティーブルーっていうやつだろうか。

里美は体調、メンタルがやられていることは間違いなかった。



一週間以上ぶりの出勤日。

職場である研究所のメンバーには、利佳子経由でとりあえず「体調不良」とだけ引き続き伝えられていた。

休みの間、里美は職場のトラブルを大きく恐れていた。

戻った際にそれらの対処をするほどの身体が存在しているのだろうか。

しかし幸いにもこの数週間、大きなトラブルはなかったと聞いている。

すると後輩の真衣が声をかける。


「里美さん!おはようございます!」

「真衣ちゃん、おはよう。急に長く休んじゃって悪かったわね、みんなも。」

「大丈夫なんですか?桃瀬さん、もうすぐ出張もありますけど。」

「はい、これ。出張先で行う実験の追加資料よ。早速だけど、被験者を誰にするか決めて報告してちょうだい。里美、よろしくね。それから、もし行かれないなら早めに決断してくれるかしら。」

「うん、わかってるわ。」

「私、これから執務室でデスクワークしてくるから、よろしく。もう溜まりに溜まっててね。」

「あら…まぁ、そうなるわよね。無理しないように。」

「おっけ!」


元気は里美の取り柄。

しかしこの里美が人の親になるとは、里佳子もまだ想像できずにいた。

久しぶりに軽い返事の里美の声を聞き、利佳子は色々思うことはあったが元気に働けることはとりあえず良いことだろう。

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