第14話 Serenade(14)

「じゃあ・・あとは。 事業部の責任者に任せますので。 次の打ち合わせは・・」



志藤が手帳を辿っている時、



「・・あの、」



萌香は津村に思い切って声をかけた。




「え・・」



津村もドキンとした表情で彼女を見る。



「・・昨日の。 母に会わせて欲しい、というお話ですが。」



萌香はいきなり本題に入ってきた。



「え、ええ・・」



「その前に津村さんにお話をしたいことがあります、」



志藤はその空気を察して



「あ、おれ。 出てくるわ、」



と、慌ててファイルをまとめ始めた。



「いいえ。 志藤取締役も、ここに。」



萌香は幾分かぶせ気味にそう言った。




そして、津村を真正面から見詰めて



「・・あなたと別れてからの母の話をしておく必要があります。」



姿勢をスッと正した。




「あたしは。 5歳まで施設で育ちました。 若すぎた母ひとりであたしを育てることができなかったからです。 そして母が成人した時、あたしを引き取りに来たそうです。 その時のことをあたしはあまりおぼえていません、」



津村は明らかに動揺したような表情を見せた。



「それからは。 母子二人で生活をするため、母はスナックで働き始めました。 でもそれは表向きで。 母は店で客相手に売春をしてました。」



萌香は全く顔色を変えずに津村に衝撃の事実を伝えた。



「えっ・・」



明らかに彼の顔色が変わる。



「あたしを引き取りはしましたが。 実際はほったらかしで。 夜中にいないこともよくあったし、あたしが寝ている部屋に平気で客を連れ込んだりもしました。 それが・・当たり前のようになっていましたけど。 あたしも14の時に、母の客に襲われて。 その時に・・全ての心を失いました、」



ものすごい大変な話を



まるで普通の思い出話のようにする萌香に



もう津村は言葉を発することもできなかった。



「あたしも。 身体を売って勉強をするためのお金を稼ぎました。 こんなところから一日も早く逃げ出したかったから。 そのためにはお金と学歴が必要やって・・思いましたから。 だんだんとそんなことも何とも思わなくなって、」



萌香は淡々と話をした。



「そして。 高校生になったころ。 大変なお金持ちの愛人になって。 家を飛び出しました。 一流の大学も出してもらって、ホクトのような一流企業にも就職できて。 それから、もっともっとたくさんのことがありましたが、そんなあたしを助けてくれたのは。 志藤取締役やクラシック事業部のみなさんでした。 最低の生活をしていたあたしの目を覚まさせてくれました、」



彼女は全てを津村に話すつもりだったんだ・・


志藤は萌香をじっと見た。



「母とも。 しばらくは音信不通でしたが。 数年前に病気をして。 東京に来てもらいました。 今は、志藤さんの紹介で料亭の仲居をしています。 母もようやくまともな生活を始めたんです。 ・・本当にとんでもない母親やってずっと思っていましたけど。 自分が母が愛した人の子供だと知って・・母の悲しさがわかるようになりました。 あの人は。 あたしに一度だって相手の人の悪口は言ったことはなかったし。 もうあたしは父親のことはわからないままでもいいって、ずっと思っていました、」



時折言葉を詰まらせながら萌香は必死に自分を押さえていた。



「・・津村さんと会ったことは。 偶然ではありますが。 正直、いまさら、という気持ちもあります。 母のその最低な生活をお聞きになっても。 母に会う勇気はありますか? たぶんあなたの知っている母では・・もうないでしょうから、」



口をぎゅっと結んだ。



そうしないと、とめどもなく涙がこぼれてしまいそうだったから。



津村は目を閉じ、そして彼も唇をかみ締めた。


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