第13話 Serenade(13)

「萌は確かにつらい思いをして生きてきたと思う。 父親が責任を取ってくれたら、こんなことにならなかったんじゃないかって思う気持ちもわかる。 でも。 この人生だったから・・おれは萌と出会えたと思うから、」



斯波の言葉はまっすぐだった。



萌香は彼の言葉に鳥肌が立つ思いだった。




大きな瞳から涙がポロポロと零れ落ちた。





確かに。



その後、もしあの人が認知をしてくれて



経済的に援助もしてもらったとしたら



あたしはあんな最低の生活を送ることもなかった。



母から逃げ出したいとも思わなかっただろう。



この運命を振り切りたくて、なりふりかまわず生きてきた。




その道が



今につながる。



彼に出会えて、その時の不幸を超えるほどの幸せを今は手に入れている。



志藤はふっと微笑んだ。




「・・いろいろ悩むより。 斯波にまず一番に相談すべきやったな。」



見透かされたように言われて、



「い、いや・・おれは! 萌香がもう誰も憎んだりしない人生を送ってほしいだけですから・・」



またいつものように照れてぶっきらぼうにそう言った。







その晩萌香は



ベッドに入っていくと、すぐに斯波に抱きついた。



「・・ん?」



少しウトウトしていた彼はそれに気づいて目を開けた。



萌香は何も言わずに力を込めて彼の背中に手を回した。



「萌・・」



彼女の掌からその切なさが伝わる。



「怖い・・」



弱音を吐かない彼女が言うセリフとは思えなかった。



「怖くない。 何も変わらない。 何があっても・・おれは萌香を守る。」




斯波は彼女の全てを抱きしめるようにその手に力を込めた。




「今日。 あたしも連れて行ってくださいませんか。」



萌香は決心したように翌朝、志藤にそう告げた。



「え・・」



「津村さんとの仕事は。 お断りしなくても結構です。 あたしは大丈夫です、」



一晩たって、彼女は昨日の様子とは一変したようにサッパリとした表情でそう言った。



「いいの?」



志藤は彼女の顔色を伺ってしまった。



「はい。 どんなに一生懸命フタをしようと思っても。 あの過去はあたしのものですから。 それは津村さんが現れても変わらないことです。」



萌香は無表情な様子でそう言った。



「彼が。 いてくれますから。 彼と・・翔がいる限り、あたしは何があっても前を見て生きていけます、」



いつもの彼女の『強い』瞳だった。




萌香があまりにも普通に現れたので、津村の方が驚いてしまっていた。



そして、昨日のことには一切触れずに仕事の話を進めた。



志藤も萌香の様子が気になって



正直、仕事の話どころではなかった。


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