第12話 Serenade(12)

「おまえにイヤな思いをさせてまで。 この仕事はしたくない、」



志藤は尚も続けた。



「で・・でも! これは・・志藤さんのお父さまからのお話で。」



萌香は少し冷静になったようで、慌ててハンカチで涙を拭った。




「いや。 そんなんは関係ない。 オヤジには何とか言うておくし。」



「・・・・」



萌香はもうどうしていいかわからない様子だった。



「斯波に。 話す?」



「彼には・・」



もう自分の過去を今さら穿り返したくはなかった。



斯波は全てを知った上で自分を受け入れてはくれたが



父親の話をすれば



どうしてもまたあの頃のことを思い出してしまうし、彼もいい気持ちはしないかもしれない。




だけど。



「もう彼には隠し事はしたくないので。 話します。 志藤さんがご迷惑でなければ・・一緒にウチに来てくださいませんか、」




封印したいことであっても



二度と彼には後ろめたい気持ちを抱きたくない・・



萌香の決心だった。




「・・ウン、」



志藤は小さく頷いた。






斯波はすでに翔を迎えに行って先に帰宅をしていた。



そして



やってきた志藤と共に萌香から思わぬ話を聞かされて、半ば呆然としていた。



「・・ほんま。 偶然って恐ろしいなって思うわ。 もちろん津村さんは栗栖のことは知らないでこの話をもちかけたわけやし。」



志藤がため息混じりにそう言ったが



斯波はいつものように難しい顔をして考え込んでいた。



「・・あたしは。 もう今さら父親だなんて思えないけど。 どうして身寄りのなかった中学生のお母さんを放っておいたのかって・・もう、やりきれない気持ちしかなくて、」



萌香はまた涙ぐんだ。



「子供は。 堕ろしたって・・親から言い聞かされたんやろな。 まさか、今ここでその子に会えるなんて夢にも思わずに・・」



志藤は少しだけ津村の気持ちになった。



「今・・名乗られても。 困るだけやし、」



萌香はとても津村のことを許すことはできないようだった。



その時。



「確かに。 萌にとったら・・お母さんを苦しめた憎い男、としか思えないだろうけど。 お母さんはどうだろうか、」



斯波がいつものようにボソボソといった口調でようやく言葉を発した。



「え・・」



萌香は斯波を見た。



「ホント。 海外に留学してしまったとはいえ。 その人の実家は知っていたわけだし。 その後、萌香を連れて会いに行こうと思えばいつでもできたはず。 責任を取ってもらおうと思えば・・できたは。 でもお母さんはそれをしなかった。 萌の父親の話を聞いた時、本当に好きな人だったんだろうなって感じた。 そのあとつらい仕事に身を落としても、その人に縋ろうとしなかったわけで。 憎んで別れた人じゃないんだから・・特別な思いはあるはず、」



「清四郎さん・・」



「萌の一存で。 その人をお母さんに会わせないのは・・・。 ダメなんじゃないだろうか。  きちんとお母さんにも話をして、その上で決めてもらうことなんじゃないだろうか、」



斯波は翔を膝に抱きながら、真剣にそう言った。

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