第11話 Serenade(11)

「栗栖・・?」



志藤は彼女の様子が普通でないような気がした。



「津村さんが・・私の父親ではないか、と。 おっしゃって、」




萌香は激しく動揺していた。



いつも冷静で落ち着いている彼女がこんなにも動揺を表に出すことは珍しいことだった。




「話を・・伺いましたが。 どう考えても、母の話とぴったり合っていて。 間違いないんじゃないかって・・」




「・・うん、」



志藤は頷くことしかできなかった。



みんな引けていなくなった秘書課には



彼女の泣きそうな声だけが響いた。




「・・信じられない気持ちです。 父親なんてもうどうでもいいと思っていましたから。 探そうと思えば簡単に探せたと思います。 でも母も何も言いませんでしたし。 知らないほうが幸せやって思って。 相手の人はあたしが生まれたことさえ知らないと思ったら。 それはもう・・父親ではないって、」



萌香は両手で顔を覆った。



「栗栖・・」



「こんなこと。 言わないで欲しかった。 具体的に父親の対象が現れたりすると。 あたしはきっとあの人を憎んでしまうって。 母とその人は無理やり別れさせられた、と聞きました。 その人もまだ高校生やったし、どうすることもでけへんかったんやろけど、どうして・・もっと探してくれへんかったんやろって。 あたしたちがどんな暮らしをしていたと思ってるんやろって!」




萌香はたくさんのつらい思い出が一気に蘇ってしまったようで



堪えきれずに涙をこぼした。



「もっと・・もっとちゃんとしてくれはったら! お母さんだってあんな仕事しないで済んだかもしれへん。 あたしだって。」



萌香はその事実を津村から告げられた時。



もう頭の中が真っ白で



何も考えられなかった。



その中で津村が最後に告げたのは




「お母さんに。 会わせてもらえませんか、」



その言葉だった。



それで萌香の中の何かが音を立てて崩れた気がした。



「なにかの・・間違いでしょう。 あたしに父親なんかいません。」



呆然としたままそう言って



そのまま背を向けて走り去ってしまった。





「あの地獄のような生活を・・。 なんだと思っているのかって! 簡単に・・過去を取り戻そうとしないで!!」



萌香はデスクを拳で叩いた。



そして嗚咽を漏らして泣いてしまった。




志藤は大きく息をついた。



「この仕事。 断ろうか、」



泣いていた萌香はその言葉にふっと顔を上げた。



「え・・」



「きっとおまえが苦しむ。 おまえは関係なくても・・斯波が関わる。 それはつらいやろ、」



萌香は



『あの時』



愛人だった十和田からの仕事を自分のために断ってくれた志藤のことを思い出してしまった。




「志藤さん・・」




「おれは。 おまえを苦しめたくない。 おれもその話を津村さんから聞かされたときは驚いた。 そして、もしこのことを栗栖やお母さんが知ったら・・どう思うやろかって。 怖かった。 とても言えないと思っていた。 おまえとお母さんが過ごしてきた時間は。 おれにだって到底わからないほどつらく苦しいものやったやろし。 そうなってしまった原因を考えた時。 やっぱりおまえの『父親』の責任は避けられない、と思うから。」



いつものように



志藤は優しい声で



萌香を包み込んだ。

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