第15話 Serenade(15)

「すべては。 ぼくの弱さだ・・」



長い沈黙の後、ようやく津村は口を開いた。



「両親の大反対にあい、あっという間に海外留学の手はずを進められ静香に何も言えぬまま別れることになって。 子供は中絶させたから、と両親に聞かされました。 正直ぼくもどうしていいかわからなかった。 彼女のことは愛していたけど、17の自分には実際何をすることもできなかった。 大学を卒業して日本に戻ってきたけれど彼女のことはもう終わったと思っていたから。 あの子を傷つけてしまったことを、ずっと負い目に思っていた。 ・・まさか。 そんなことになっていたとは、」



津村は感情を抑えきれず



涙をこぼした。



「すべて・・すべては。 ぼくの責任や。  もう・・どうして償っていいか、」



泣き崩れる津村に



「責任は。 とってもらわなくても結構です。」



萌香はポツリと言った。



「もう。 あたしは幸せですから。 あたしの夫は事業部の本部長をしています斯波です。 彼がいてくれるから・・今までのことも全てわかってあたしを受け入れてくれた彼がいるから、あたしは立ち直れたと思っています。 本当は母にも会ってほしくなかったですが。 彼が母の気持ちを聞いたほうがいいと言うので。 母の過去を全て話して、それでも母に会いたい、というのであれば。 あたしは母に津村さんのことを話します、」



声が震えた。



そして萌香は津村にメモを手渡した。



「あたしの連絡先です。 その気になったら連絡を下さい。 すぐには津村さんも決められないでしょうから。 それほど母のこれまでの生活は・・最低なものでしたから。」



彼はそのメモに手を触れた瞬間



「・・いえ。 ぼくは彼女に会いたい。」



即答した。



「え・・」



萌香は驚いたように彼の顔を見た。



「そして。 心から彼女に謝罪をしたい。 自分の罪を償いたい。」



一気にまくしたてる津村に



「・・どのようにして償いたいと、おっしゃっているかわかりませんが。 今、母は生まれ変わったようにきちんと仕事をしています。 もし、金銭的なことで解決しようとされるのなら。 それは迷惑です。 」



同じような強さの口調で萌香は返した。



「そうじゃなく! ぼくのこれまでの人生の中で。 彼女のことはどうしてもどうしても・・このままにしておいていいのかとずっと思っていたことでした。 あのとき若さゆえに手を尽くせなかった自分が歯がゆくて仕方がない。 彼女を守ってやれなかった自分が! その時間を今はもうとりもどすことはできないですけれど。 このまま彼女に会わずに自分の人生を終えることはできない。」



「ご自分が納得したいから、それだけで会うおつもりですか、」



萌香もだんだん興奮して声を荒げた。



「ぼくが真剣に愛した人だからです! もう・・それしかない。」




津村は頬に伝わった涙を拭おうともせず



まっすぐに萌香を見た。



萌香の中で



何かが弾けた。




それは



自分が生まれる前の二人の絆。



若すぎた二人が愛し合った結果



母は自分を胎内に抱いた。




幼い自分に愛した人の面影を見た母は



施設から自分を引き取った、と話していた。




恨んでも恨み切れないほどの思いを抱いても当然なのに



母は



それをしなかった・・


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